11 老夫婦
どれくらい歩いたか、あと少ししたら休憩しようとティナは思った。
キャラバン隊の皆と朝食を食べてから、どれくらい経ったか分からないけど、お腹もすいたし喉も渇いた。川や池があればいいんだけど……。
水を飲めば少しは空腹が紛れるかもしれない。
ガラガラガラ……。
ティナ達の横を馬車が通って行く。
王都へ続く道だからなのか、よく馬車が通っている。
このまま進めば王都なのか聞いてみたいが、馬車を止めるわけにもいかず、馬車が通る時には脇に避けるしかない。
「ねえあなた、一人なの?」
「へ!?」
いきなり頭上から声がして、そちらを振り向くと、馬車が隣に停まっていた。荷台に乗った老婦人がこちらを見ていた。
60代を超えているかもしれない。それほどいい身なりはしていないが穏やかな顔つきだ。
「は、はい一人です。あっ、あの王都へ行くには、この方角で合っていますか?」
「ええ、合っているけど……。親御さんはいないの?」
「はい。でもスーさん……。ペットのスライムと一緒なので一人じゃないです」
「まあスライムがペットだなんて珍しいわね」
ティナの返事に、老婦人は驚いたようだがニコニコと笑顔だ。スーのことを聞いて笑顔を見せた人は初めてだった。
「さっさと乗りな」
「え?」
いきなり御者台から声がした。
そこには老婦人の夫なのか、男性が前を向いたまま手綱を握っている。
「もう、あなたったら。ごめんなさいね、あの人は私の夫なのだけど、ぶっきらぼうなのよ、もう少し言い方があるでしょうにねぇ。あなたみたいな小さな子が一人で王都へ行くと聞いて、心配しているの。王都は遠いわ、ここからなら馬車でも今日中に着くのは無理よ。歩きだったら何日かかるか分からないわ。もし良かったらだけど馬車に乗っていかない?」
「え、あ、でも、スーさんがいるのに……」
いきなりの申し出にティナは嬉しいよりも戸惑ってしまった。
ティナは何一つ持っていない。お金もだけど着ている服もヨレヨレだ。身ぐるみ剥いだって小銭にすらならないだろう。それなのに馬車に乗せてくれるというのだろうか?
「子どもが一人増えたって、変わりゃせん」
「あなたったら、言い方。心配だって言えばいいじゃない」
「ふん」
幌の無い馬車だから、荷台から老婦人が笑いを堪えたような声で夫へ話しかけている。
老人はソッポを向いているが、耳が赤くなっているのが分かった。もしかして照れている?
「夫もああ言っているから乗ってちょうだい。ここで別れたら、あなたが王都まで辿り着けたのか、ずっと心配しなくちゃいけないわ」
「でも、ご迷惑じゃ」
「大丈夫よ。私達も王都へ向かっているの。家が王都にあるのよ、迷惑なんかじゃないわ」
「さっさとしろ。出発できないじゃないか」
「もう、だから言い方。さあ、乗ってちょうだい」
柔らかい笑顔の老婦人が手を差し伸べてくれる。老人も決してこちらを見ないが頷いてくれている。
ティナは嬉しくなってしまった。
「ありがとうございます。スーさんと一緒に乗せてもらいます」
まずスーを抱え上げると荷台に乗せ、老婦人の手を借りて、自分も荷台へと乗り込んだ。
老夫婦の馬車は、キャラバン隊でティナが最後に乗せられた一番小さな馬車よりも、もっと小さい。
老婦人とティナ、スーが乗れば、ほぼ満杯になってしまった。
それに馬ではなくて一頭のロバが引いている。速度も馬の引く馬車よりも随分と遅い。
「まあ、お腹が空いているのね」
「いえ、あの……」
馬車に乗ってすぐ、ティナのお腹が盛大な音を立ててしまい、ティナは恥ずかしさに顔を赤くする。
「こんな物しかないけど、食べてちょうだい」
「あ、ありがとうございます……」
こぶし大の黒パンと水の入った木で出来た水筒を渡された。
「あの、スーさんにパンを半分あげてもいいですか?」
「まあ、スライムちゃんがいたわね。もう1個パンをあげましょうか?」
「いっ、いえ、1個で大丈夫です」
ティナはパンを半分に割ると、スーへと近づける。
スーは嬉しいのか1度フルンと大きく震えると、ティナの手からパンを身体へと取り込む。
「魔獣がペットって聞いてビックリしたけど、大人しいスライムね。それに随分と大きいわ」
老婦人はスーをしげしげと見ながら感心している。
今までスーに食べ物を与えている所や、スーが物を食べるのを見て、嫌悪感を表さない人は初めてだった。
馬車に揺られていると、元々おしゃべりなのか老婦人が色々と話をしてくれた。
自分には息子とその嫁、そして孫が一人いたのだけど、残念なことに息子夫婦は事故で亡くなってしまった。
孫娘が残されてしまったけど、成長し、国境の警備に付いている兵士と結婚し子どもが生まれた。
その赤ちゃんに会いに行き、今はその帰りだということだ。
「私達にひ孫が生まれたのよ。会いに行ってきたの。こんなに小さかったわ」
老婦人が赤ちゃんの大きさを、両手を使って教えてくれる。
よほど嬉しいのか老婦人はニコニコと笑顔だ。
「だからなおさら小さい子どもが一人で歩いているのが気になっちゃったのよ」
来年には成人するのに……。
老婦人の気遣いに、複雑な心境のティナだった。