9 キャラバン隊の始末
ご主人様が気を失ってから既に3時間が経っている。いつ目を覚ますか分からない。
サッサと次を終わらせないと。
村はシルバーモンキーに任せたから、次はキャラバン隊だ。
ご主人様を金のために生贄にしようとした奴らを許すわけにはいかない。
大所帯のキャラバン隊だから、馬車の数は多いし馬車自体も重い。
村から轍が続いている。
全速力で後を追う。
ご主人様には振動がこないように細心の注意を払う。できれば処理が終わるまで眠っていてほしい。
俺は気遣いのできる可愛いペットだから、ご主人様の気分が悪くなるようなものを見せたくない。
(ああ、いた)
数十分も走れば、キャラバン隊に追いつくことができた。思ったよりも早く見つけた。
道から少し離れた開けた場所に馬車が止まっている。
昼飯なのだろう、馬車から降りて皆で食事をしている。
よく見ると円になって食事をしているグループと焚火を使って食事を作っているグループ。皆とは少し離れたところで食事をしている者達がいる。
離れている者達は冒険者達なのだろう。腰に剣を下げているし、ばらけて座っている。
なんて好都合なんだ。
わざわざ馬車を止めて、引きずり下ろす必要がない。手間が省ける。
ご主人様をそっと目立たない窪みに降ろす。
本当は木の上に隠したいのだが、目が覚めたご主人様が木から落ちたら大変だ。
ご主人様を身体から出すと、元の丸い形に戻ったが、頭の瘤は残ったままだ。
シルバーモンキーの母親に触手を食い千切られた痕だ。触手の先が傷になっており、身体に戻すことができない。だが傷が治れば元に戻るだろう。
(さてと、どうしたものか……)
1本の触手を顎に当てて考え込む。スライムに顎は無いが。
触手を振り回して殺すか?
そうなると一度に処理できないし、逃げ回る人族を追い回すのは面倒くさい。
数が多いから逃げられてしまうかもしれない。
まとめて処理できないものか……。
奴らは食事をしているから、食事の中に毒でもいれるか?
それだと調理をしているヤツや、まだ食事をしていない者が毒に気が付いて、食べないで逃げ出すだろう。結局は逃げたヤツを追いかけ回すことになる。やっぱり面倒くさい。
そもそも毒を持っていない。どこから調達してくるか……。
スライムだから元々何も持ってはいない。身体の中にワイバーンはあるが……。
ああそうだ。
思い出した、身体の中にワイバーンの死骸が有るじゃないか。
ニヤリと片頬を上げて笑う(イメージ)。
(やることも決まった。さっさと終わらせるか)
近くの木の枝を飛び上がりながら登って行く。
眼下にキャラバン隊の奴らが見える。
最強スライムの俺様が近くにいるというのに、誰一人として気づいちゃいない。
冒険者も雇っているのに役に立たっていないな、ちゃんと仕事しろ。
(おっ)
近くに座って食事をしていた冒険者の一人が、何かに気づいたのか視線を上げ、目があった。スーのことに気が付いたのだ。
さあどうする? 俺は強いよ。
どの冒険者もスーよりは弱い。それも随分と。まとまって攻撃されても、どうってことはないだろう。
枝から身を乗り出して冒険者を見ていると、冒険者は何も無かったかのように視線を外し、食事に戻ってしまった。
はあ? スライムだからって無視なんかーい。
思わず触手で何も無い空間を叩いてしまった。一人ツッコミをしてしまい、スーは顔を赤くする。
顔がどこか分からない青色のスライムだが。
人族は相手の力量を本能で知ることが出来ないのか? それともスライムを魔獣とは認識していないのか?
木の上とはいえ、間近に魔獣がいるというのに、何も対策をしないなんて信じられない。
まあいいさ、それだけ手間がかからないってことだ。
スーは口を開けると思い切り息を吸い込む。
スライムには黒い二つの目はあるが口は無いし鼻も無い。
物を食べる時は全身を広げ、食べ物に密着して吸収する。呼吸も全身で皮膚呼吸をしているから、わざわざ意識して息を吸う必要はない。
だから空気を取り入れるために、目の下に口もどきを作り、身体が膨れるほどに空気を取り込んだ。
そして眼下の人族に向かって吹きかける。
もちろんご主人様は風上に寝かせているからスーの息がかかることはない。抜かりは無い。
スーの吐く息は、空気だけではなかった。
スーの身体の中にあったワイバーンの血。それを息と共に霧のようにして吐き出したのだ。
レベルアップし、いきなり身体の中に物を収納できるようになったから、使い方は何となくとしか分かってはいない。
だからシルバーモンキーの母親と戦った時に、ワイバーンの骨を使ったが、とっさだったからワイバーン本体から無理やり引き剥がして体外に出した。
だが意識すれば、無理せずに思い通りにすることができる。集中してワイバーンの身体から血液だけを取り出すことが出来た。液体だから難しいかと思ったが簡単だった。
俺の身体ってば有能だな。スーはご満悦だ。
「ぐわあっ」
「何だっ! 何が起こったんだ」
「きゃあぁぁ」
眼下では阿鼻叫喚が起こっている。
スーはピョンピョンと木を飛び移りながら、何度も息を吸い込んでは、ワイバーンの血を霧雨にして人族へと振りまいて行く。
頭上から降って来る血の雨に、人族は何が起こったか分からないまま苦しみもがいている。
ドラゴン種は身体の全てが役に立つ。
爪や牙はもちろんだが、肉や皮、血液さえも。
血液は主に怪我や病を治す薬となる。それこそ高位ドラゴンの血液は、人族の寿命を伸ばすどころか若返らせることすらできると言われている。
製薬すればだけど。
知識のないスーだが、それぐらいは分かる。
ドラゴン種の血は、そのままでは薬としては使えない。
腕のいい薬師が、手間暇かけて何度も何度も精製し、色々な物と調合し、やっと薬として使えるのだ。
何の手も加えていないワイバーンの血は、人族には強すぎる。ただの毒でしかない。それも猛毒だ。
まんべんなく行き届いたかな?
スーは地面へ降りると、ピョンピョンと辺りを見て回る。
ほとんどの人族はもがきながら倒れている。
血が直接皮膚に付くと、火傷のように皮膚が変色し、激痛が走っているようだ。服に付くと服を溶かしはしないが、ちゃんと染み込んで皮膚まで届いているようだ。服を脱ごうとのたうち回っている者がいる。
ワイバーンの血は、いい仕事をしてくれるな。スーは伸び縮みして頷く。
見逃しはいないか?
馬車の中や下に隠れている者や、森の中に逃げ込んだ者はいないか調べて行く。
血の霧は馬車に繋がれた馬にもかかっており、馬も痛みに大暴れしているから、馬車は大きく揺れており、馬車の中に隠れているのは無理だし、下にいれば、とっくに潰されているだろう。
森に逃げ込んだら、すぐに魔獣の餌になるだけだ。
(いたっ!)
スーは円になって食事をしていたグループの中央にいる男に気が付いた。
グループ全員が苦しみにのたうち回っている。男も頭から顔にかけて血を浴びたらしく、髪の毛を掻き毟るようにしてもがいている。
探していたヤツだ。
ご主人様を生贄にすることを決めた隊長だ。
スーは近づいて行く。
ワイバーンの血を全員が浴びたが、だからといって全員が死んでしまうかは分からない。
傷が残るだけで、生き残る者もいるかもしれない。
本当は一人一人に止めを刺してやりたいのだが、いかんせんご主人様がいつ目を覚ますか分からない状態だ。時間が無い。
ご主人様は、自分がキャラバン隊に裏切られていたことを知らない。馬車に乗せてもらっていると恩義すら感じているみたいだ。
こんな場面を見せるわけにはいかない。できるだけ早くここから立ち去らなければ。
だが、こいつだけは駄目だ。確実に息の根を止める。
スーは触手を隊長へと伸ばすのだった。