8 シルバーモンキー視点②
スライムに引っ張られたまま10分ほど走ると森が開け、人族の村へと到着した。
ここが目的地なのだろうか?
今までこの村には来たことはなかった。だって近づけないから。ママや弟も近づかないし、きっと他の魔獣達も近づかないだろう。
(おいっ、モタモタするな、早く来い)
「いや、あの、近づけないんだ」
首を引っ張られるが、俺は立ち止まったまま動かない。
(何だ? もしかして生贄を食べたから村には入れないのか? それとも結界とか護符とかあるのか?)
「生贄? 結界? 何だそれ?」
スライムの問いに俺は頭を傾げる。
(村に入れないのは生贄を貰う代わりに村を襲わないって約束をしているからだろう。違うのか?)
「約束とか知らない。村に入れないのはアレが有るからだ」
俺は否定に頭を振ると、村の入り口を指さす。
指さした先にあるのは畑。
畑とは言っても、村の周りに沢山ある畑とは比べ物にはならないぐらいに小さなものだ。
それでも他の畑よりも随分と手をかけられているのが分かる。それぐらい綺麗に整えられている。
(畑? 村の奴らが栽培している薬草だろう? あれがどうした?)
「あの草は臭い。あんなに沢山生えているから臭くて近づけない」
(は?)
スライムは意味が分からないという顔をしているが、気づかないのか? 既に嫌な臭いが、ここまで漂ってきているのに。
まあ顔といっても、どこがスライムの顔か分からないけど。
あの草は、たまに森の中でも見かける。
緑と茶が混じったような色をしており、季節に関わらず常に生えてはいるが、群生はしていない。
それでも独特なにおいがするし、臭いが身体に付くと、なかなか取れない。近づきたくない。他の魔獣達も同じだと思う。あの草が生えている場所に魔獣はいないから。
そんな草が、あんなに沢山生えているのだ、臭くて堪らない。近くになんて行きたくない。
(臭いのか? 俺には分からないが……。村の中には下水処理やゴミ処理用にスライムが多くいたが、あいつらも何ともなさそうだった。まあ、あいつらは食うこと以外考えていないから臭いは関係ないか)
スライムは納得したのか頷いている。
いいのか? 自分の種族だろう。馬鹿にしているように聞こえるぞ。
いやその前に、あの上下に伸び縮みしたのが頷いていると分かってしまう俺も凄いな。
(ははーん、そう言うことか。魔獣が人族と交渉したうえに、約束を守るなんて、そんなはずはないと思っていたが案の定だな。あの薬草を栽培すると魔獣除けになることを先代の村長は知っていた。そして自分は魔獣と交渉ができる偉い奴だと村人達に思わせたかったんだろうな。なんで生贄なんて話になったのかは分からないが、始末したい奴でもいたんだろう。まあ、人族の考えなんて俺には分からないが、そのためにご主人様を危険な目に合わせたんだ。万死に値するよな)
スライムは仄暗い笑みを浮かべる。
黒くて丸い目だと思われるものをこちらに向けられた時、背筋に冷たいものが走った。どこが顔か今だによく分からないけど。
(さて、どうしたものか……。小さい畑だし、生えている草の数もそんなに多くない)
考え込んでいたスライムが畑へと近づいてく。
触手の長さを伸ばしてくれたのか、俺が引っ張られることはなかった。
(面倒くさいから、食っちまうか。レベルアップして容量が増えたから、このくらいならいける。さっさとしないと、ご主人様が起きてしまうかもしれないからな)
いきなりスライムが人族の頭が出ている胴体から新たな触手を出すと、畑へとスイングさせる。
「ぐふっ」
次々と草の茎から上が薙ぎ払われていく。
辺りに草の独特な臭いが一気に立ち込め、俺は吐き気を堪えるために屈んで口と鼻を押さえる。
(おいっ)
すぐに触手を引っ張られ、無理矢理立ち上がらせられる。
鼻を押さえていた手をそのままに畑を見ると、茎は残っているが草は全て無くなっていた。
恐る恐る手を外してみると、臭いの部分が無くなったのか、そこまで臭くはない。
「あの草はどこにいったんだ?」
(俺が飲み込んだ。後で吐き出すか……。まあ、飲み込んだままでもいいか。薬草だから何かの役に立つかもしれないからな)
あの一瞬で草をたべてしまったのか!
人族を両側から生やしているのに、まだ食べることができるなんて、スライムの食欲は底知れないな。
「え……」
感心していたら、いきなり首の違和感が無くなった。
首に巻かれていた触手が無くなっている。
(お前に仕事だ。この村にいる人族を始末しろ。食ってもいいし、ただ殺すだけでもいい。そのかわり全員だ。一人も残すな)
スライムは、この村の人族を根絶やしにさせるために俺を連れてきたのか?
俺が村へと入るために、わざわざ臭い草を始末するほどスライムにはこの村に、どんな恨みがあるというのだろうか?
俺達が村の入り口に着いた時、多くの人族がいたが、何かを叫びながら慌てふためいて逃げてしまい、今は家の中に入っているのか一人もいなくなっている。
まだ村に入ってはいないが、誰一人として俺達に向かってこないし、攻撃もしてこない。
俺だったら巣に敵が近づいて来たら何としてでも追い払おうとするのに。
オスも沢山いたのに、メスや子どもを護ろうとは思わないのか?
(この村の奴らは村から逃げ出したりはしないだろう。生贄を出しているから魔獣は村には入ってこないし襲われることはないと高を括っているからな。こんなに近くに魔獣が来ているっていうのに、入って来ないように防衛すらしようとしない。馬鹿な奴らだ)
スライムは皮肉気に笑っている。
「なあ、仕事をしろっていうけど、触手を外してもいいのか? 俺が逃げるかもしれないじゃないか」
いくらスライムが俺よりも強いとはいえ、首から触手が無くなったら、俺はスライムに攻撃できるし、隙を見て逃げることだってできる。
スライムの言うことなんか聞く必要は無い。
(まあな、この村の奴らの処分は俺が直接やりたいが、残念ながら時間が無い。俺には他にしなければならないことがあるからな。だが絶対にこの村の奴らを許すつもりはない。必ず戻って来て村がどうなったかを確認する。その時に村の奴らが一人でも生き残っていたら、仕事をサボったとして、お前にはお仕置きをしてやるよ。どこにいたって必ず見つけ出してな)
スライムが俺を見上げてくる。
なぜだろう。スライムは俺が仕事をすると思っていることが分かってしまった。そして俺が仕事をやらずに逃げ出しても探したりはしないだろうということも。
不思議なことに、俺はスライムから言われたことを、なぜか実行しようと思っている。自分でもわざわざ面倒くさいことだから放り投げて逃げればいいと思うのに。
「そうか俺を探すのか……。それは怖いな」
(だろう。それじゃあ頼むぜ)
スライムは触手をヒラヒラと振ると、俺に背を向け草むらの中に入って行った。
どこに向かっているのかは分からないが、もう戻ってはこないだろう。
少しの間、スライムの行ってしまった先を見ていたが、クルリと方向を変えると俺は村へと向かう。
スライムから言われた仕事をしよう。
人族は誰一人村から逃げ出してはいないから、仕事がしやすい。
馬を食べているから、それほど腹は減っていない。
食べるならせいぜい一人か二人。あとは殺すだけでいいか。
それに何人か殺せば、血の匂いに誘われて他の魔獣達も来るだろう。もう臭い草は無くなってしまったからな。
俺の手間が省ける。
サッサと仕事を終わらせて、ママ達の所に帰るとしよう。