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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第七章 ノイトラール攻防編
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第99話 崩壊の楔 

魔道具の灯りが屋敷の隅々まで照らし、遅くまで酒場が賑わう帝都と違い、

ノイトラールは日没と共に夜になる。

今夜は月が明るいが、それ以外は辻の街灯が灯るだけで静かなものだ。

ソフィアは暖炉の前でチェルのブラッシングをしていた。


「はい、終わり。行ってよーし」

チェルはスルリと腕を抜けると、階段を駆け上がりベッドにダイブした。

ベッドを温めてもらっている間に寝支度をしようと片づけていると、ポーチに仕掛けた鳴子が不意に鳴った。


反射的に走り出しドアノブを握った時、窓を何かが通り過ぎるのが見えた。

走って行ったのはヴォイテクだった。

その方向を見ると、ヒスイと誰かが……戦っている?


頭をよぎったイメージを振り払う。こんな所にいる筈がない。

だがドアノブを握る手に魔力が流れ込む感じがした。


『ごきげんよう、ソフィア嬢』

何処かで感じた事がある、決してヴィル様のものではない魔力。

でも、家のポータルはヴィル様以外は使っていないのに……


『ヴィルが執務室からこの家に帰っているのは知ってたけど、ついさっき門の外まで飛ばされてしまってね…履歴を辿って来たんだ。

流石にそこまで信用されていないとは思わなかったよ』


握ったままのドアノブの温度が下がり、凍り付いたように手が離れず、指先から

感覚がなくなっていく。

足元にチェルが駆けてきて、全身の毛を逆立てて威嚇の声をあげた。


『そのままドアを開けるんだ』

ドアノブが回りそうな気配はあるが、この家は招かない限り、私とヴィル様以外は入れない。

しかし徐々に無くなる右腕の感覚に続き、背筋まで凍ってしまいそうだ。


『君が一番適任なのだけど、出て来てくれないなら住民全員を人質にするしかないな。大規模転移は別にヴィルだけの専売ではないんだよ』


優しい微笑みの記憶しかないこの声が、一度だけ悪意に満ちた事があった…


記憶と符号が一致した時、手首を捻るようにドアノブが回り、開いた。

ドアノブを握ったまま外に飛び出したソフィアは、結果として声の主の腕に転がり込んだ。

そして頭の上から「いい子だ…」と声がした。

見上げると天使のように整った王太子の笑顔が歪んでいた。


しかし声をあげようと口を開いた途端、突然背中を反らせた殿下は膝から崩れた。

自分のものと思えない金切り声を聞きながら前のめりに倒れた殿下を見送ると、

その真後ろにカーラ様が立っていた。

そして「入るぞ」と言った時には、すでに殿下は室内に引きずり込まれていた。


「待ってください!ここでは処置が出来ません!」

倒れたままの殿下はピクリとも動かず、浅い呼吸を繰り返している。


「今すぐ帝都に…」

「この男が帝都にいては戦争が終わらない!サーチを搔い潜り、物理も防げる場所など、国内でも限られている」

「だからって……我が家(うち)を現場にしないでください!」

無理やりドアノブから手を引き剥がし、屈んで殿下の首筋に触れると脈も弱かった。


「カーラ様、何をなさるおつもりです?」

「戦争を終わらせる」カーラの表情に迷いはない。

「………………最初から…そのおつもりで…?」自分の声の方が余程震えていた。


「最初はすぐ側で諫めるつもりだったんだ…

だが、フリッツより優先すべき相手ができてしまってな……」

「………………」

全身から力が抜けて、へたり込んでしまった。

あの盛大な結婚式から、まだ一年半も経っていない…


茫然としているとポーチに上がる重たい足音がした。

開けっ放しの扉の向こうで、ロルフが小脇にヒスイを抱えている。


「ヒスイ!」

名前を呼ぶと怠そうに目を開けた。どうやら意識はあるようだ。

ヴォイテクもポーチの手前で大の字に転がって、目を回している。

臨戦態勢だったチェルがキッチンから飛び掛かったが、難なく避けられた。


「動けなくしただけで殺してはいない」

そう言ってソファにヒスイを下すと、足に噛みついていたチェルを引き剥がそうとする。


「ロルフ様まで何故…?…ヴィル様はこの事を知っているのですか?」

「いや。ヴィルが知ったら自分が泥をかぶってでも止めただろうな」

「それがおかしいです!

なんでクソ王子の不始末をヴィルヘルム様が負わされなきゃいけないです!」

ヒスイは何か聞いたのだろうか?

フリードリヒ殿下は不自然な姿勢のまま、ただ浅く呼吸をしている。


「トドメを刺すです」

「了承できんな」

頭に血が上っているヒスイに対し、カーラ様はどこまでも冷静だ。


「………利用するために…なんて言いませんよね?」

王族ともなれば当然政略結婚もあるだろう。でもカーラ様の愛情は本物だと思っていた。


「もちろんだ。フリッツは私の夫なのだぞ」

カーラ様の眼差しは慈愛に満ちていた。

だが疑問と憤りがゾクゾクと背中を駆け上がり、ワケもわからず涙が出てきそうだ。


「ヴィル様は無事なのですか!」

想像以上に尖った声に、カーラ様はわずかに目を細めた。

「………朝までだ。それで決着がつけば戦争は終わる」

カーラ様は静かにそう言った。



薄墨色の空に星が残る頃、ロルフ様の副官のベンヤミン様が魔道具でやってきて、三人を連れ帰ってくれた。

「いつもと同じように何も知らずにアカデミーに行けば、その頃には情報統制が出来ているだろう」

そう告げられただけで詳細は伏せられ、唯一教えてもらえたのが

ヴィル様は王太子襲撃計画を知らず、ここで起きたことはヴィル様にも他言無用と言われたのみだった。


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