第98話 明暗を分けたもの
謁見の間に現れたフリードリヒを迎えたのは感嘆の声だった。
ダールベルク隊の到着前に少数の部下と共に戦場を行き来した王太子は、興奮気味に話す老人たちに笑顔を向けながら辟易としていた。
安全な王城に入り浸り、意見と名をつけた不満を述べて、自らは決して動こうとしない。
本人たちは権力者のつもりでいるが、帝国において全権を握るのは皇帝のみ。
それ以外は駒でしかないという事を理解していないのだろう。
背後では片膝をついたロルフが首を垂れていた。
玉座に座る皇帝は虚ろな目をしてコチラを見下ろす。
子供の頃は大きく見えたが、シュテルツェから戻った時は、随分萎んだ印象だった。
「皇帝陛下に申し上げます。
激戦区の鉱山は鎮圧しましたが、山火事により双方に多数の死傷者が出た模様。
早急に増員の必要があります」
「では制圧済みのエリアから人手を…」
「さらに徴兵をしましょう」
フリードリヒの言葉に大臣たちがざわめく。
「前回の大規模な徴兵から一年も経っておりませんぞ」
「それに新兵は訓練をしてからでないと前線には出せない…」
「被害が大きかったのは前衛部隊で魔術師は残っている。魔術師を前面に出しながら占領地は傭兵に守らせればいい」
「なるほど。強大な魔力をふるって、敵を蹴散らしながら進むのですな」
「チッ」
思わず舌打ちをしたフリードリヒに、水を打ったように場が静まる。
「…失礼…戦場から戻ったばかりで気が立っているようだ」
申し訳ない顔をすると、大臣たちは労いつつ煽て始めた。
『簡単に言ってくれるが敵を蹴散らせるほど強大な魔力を持つ者など僅かだ。
だが最も魔力を持つ王族が自ら先陣に立ち、魔力とカリスマを以て領土を拡大する。それこそがシュバイネハクセの戦い方だ』
「王太子殿下の魔力量は軍神と呼ばれた初代皇帝にも勝ると言われるほど。まさに守り神ですな」
大臣の世辞に苦笑いが浮かぶ。
魔力量は王族に近いほど大きくなる。だから本来であれば国内最強は自分になる筈だった。あの化け物さえいなければ…
初めて会った時から不気味なヤツだった。
暗い髪色、包帯を隠すように伸ばされた前髪から覗く柘榴のような赤眼。
親にまで嫌厭される姿を疎まぬ子どもはいない。
そして項垂れる事を許されない上位貴族だからこそ虚勢を張るために魔力量を上げ続け、孤独を詰め込んだ魔力の鎧ができあがった。
見てくればかりは立派だが、そんな空っぽな鎧を手に入れるのは簡単だった。
手を差し伸べて認めてやるだけで、孤独な子供は嬉しそうに手を伸ばした。
この頃母は、私の感情が欠落しているとよく泣いていた。
だが感情のないヤツが誰かに手を差し出すだろうか?
所詮人は見た目で判断する。
美しい王子は心根まで美しく、気味の悪い魔術師は私の陰に隠れていればいい。
私は可哀想なヤツに役割を与えてやったのだ。そして決して手を噛まぬ最強の番犬は出来上がった。
だがヤツは肝心な時に仕事をしなかったんだ。
敵を一掃してしまえば戦争などすぐに終わるのに、被害を気にして無駄に時間を
費やした。
『非効率に戦いを長引かせるなど、もはや戦犯の所業だ』
今回はお膳立てまでしてやった。あれだけ焚きつければ潰せという意図に気づくだろう。そして完膚なきまでに蹂躙し悪名を轟かせろ。
それだけで誰も帝国に手を出せない。
力ある少数が無力な大多数に負けるなどあってはならないんだ。
拳を強く握っていると玉座の脇に立つ王弟殿下が声を荒げた。
「待たれよ!当初の目的は鉱山だった筈だ。これ以上の進軍は必要ないではないか!」
『なぜ水を差すような事を言うんだ。枯れ鉱山だけでは恩賞がまるで足りない』
しかし皇帝は大きく頷いた。
「陛下!畳みかけるなら今をおいて他にありません!ご一考…」
言いかけて違和感を覚えた。ガクリと項垂れたまま皇帝の首があがらない。
そして王弟に抗議する大臣どもに覇気がない。
緩んだ口元、そして興奮気味に声を上げながらも瞳孔は極端に縮んでいた。
「戦争は引き際こそが大事なのだ!」
王弟がそう言うと、扉から宮廷騎士団が雪崩れ込みフリードリヒを取り囲んだ。
槍を向けられ尻もちをついた大臣たちは直ちに手を挙げ投降し、騎士団以外で立っているのはフリードリヒとロルフ、そして王弟のみとなった。
「不敬であろう…」
不愉快な表情を隠しもせずに兵を睨むと、僅かに顔色を変えたものの怯まない。
「これ以上犠牲を出すわけにはいかない。投降せよ」
その言葉は王弟ではなく、叔父として最後の慈悲だった。だがフリードリヒには
届かなかった。
「その玉座から命令が出来るのは皇帝陛下ただおひとり!」
魔力のこもった怒号は、波紋のように広がり空気を震わせた。
窓ガラスが振動でビリビリと音をたて、シャンデリアが弾けた。
「戦争は強者を残す間引き行為。必要悪なのだ!」
その言葉に王弟が片手を挙げると、槍兵はたちまち距離を詰めた。
しかしフリードリヒは魔法で旋風を起こした。
近くにいた兵士が吹き飛ぶ中、ロルフも剣を抜き突破口を開こうとしている。
風魔法で片っ端から兵士を切りつけ、振り返りざまに王弟を狙うがザイン団長に
阻まれた。憤りをぶつけるかの如く扉を破壊すると廊下にまで兵があふれていた。
兵力差は考えるまでもない。だがフリードリヒはどこまでも王族だった。
「圧倒的な暴力の前に、綺麗ごとは役に立たないのだよ!」
フリードリヒを中心に起こった爆発は人も瓦礫も同じように吹き飛ばした。
舞い上がる埃の隙間から、王弟と大臣の居る一角に魔法障壁の光が見えた。
「ちっ!」
フリードリヒは顔をゆがめて舌打ちをすると、立ち塞がるすべてを切り捨てて謁見の間を出て行った。
謁見の間から中枢施設を駆け抜けると、居住区からカーラが現れた。
「フリッツ!何があった」
共に戦場から戻ったカーラはまだ軍服姿だった。
「王弟ヨーゼフがクーデターを起こした。皇帝陛下と大臣は遅効性の毒を盛られている可能性がある」
「まさか!」
「殿下ぁ!!」声が聞こえて振り返ると、走るロルフの後方に追手が見えた。
「こっちだ!」
フリードリヒは近くの部屋に飛び込むと窓に駆け寄った。
「カーラ、先に飛べ」
「投降して話を聞いたらどうだ?」
「そんな事をしたら君達まで薬漬けにされかねない」
カーラに続いて窓に登ると、部屋に駆け込んできたロルフは迷うことなく開いた
窓から夜空に飛んだ。
「命令に背くなら、聞かざる得ない状況を作るまでだ……」
フリードリヒの見下ろす森の向こうには、ヴィルヘルムの執務室の屋根がのぞいていた。




