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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第七章 ノイトラール攻防編
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第95話 戦場の亡霊

肘掛けを拳で叩く音が響くと、謁見の間の空気はガラリと変わった。


気難しく苛烈な皇帝にもたらされる報告は、常に美辞麗句で飾られていたが、

戦況はすでに繕いきれないほど劣勢になっている。


誰かが伝えるべきだった。

だが誰もが皇帝の怒りを恐れ、口をつぐんだ。


そんな空気のなか、皇帝の前に立ち、怒りの視線に晒されてるのは王太子フリードリヒだった。

大臣たちはそんな王太子に、羨望と奇異なものを見る目を向けていた。



「ポマティア軍を山脈に押し込んだ所までは優勢でした。

しかし山脈と国境を接する二つの公国が、頃合いを見計らって両サイドから雪崩れ込んで来たのです。

警備強化の名目でいつも通り、兵を国境に集めているのには気づいていましたが…

まさか弱小国家がポマティアに与するとは想定外でした」


「小国がいくら束になっても、我が国に依存している状態では勝てん」

「その通りです。だからこそ、こちらも戦力の増強が必要なのです」


「で、では火力を終結させてはいかがですかな?各地に戦力を分散させているではありませんか」ひとりが口火を切ると、大臣たちは堰を切ったように口を開いた。


「宮廷騎士団のザイン隊長はどうだ?部隊を立て直せる者が必要だ」

「城を守る近衛を動かせる筈がなかろう!もっと使い勝手の良い駒がいるではないか!」

「力押しでは味方にも被害を出しかねない」

「戦乱でしかも山中だぞ!誰が手を下したかなど…」


「では、私が兵を導きましょう」

フリードリヒの提案に、大臣たちは安堵の息を吐いた。

「殿下が旗印ともなれば、兵の士気も上がりましょうぞ」

「さすが英雄でいらっしゃる」


嬉々として称える豚どもは、誰かに責任を押し付けて、権力にしがみつき利権を

すする。

そうして肥やした私財を軍資金として吐き出す様は、まさに家畜に相応しい。


だがコイツらは飼い主が誰かを忘れ始めているようだ…


妖しく微笑むと、勘の良いものは口を閉じた。

そしてその様を眺める王の口元は、微かに歪んでいた。




当初は前線を目指していたダールベルク小隊だったが、ポマティア山脈に向かう

途中で見つけた野戦病院に立ち寄っていた。

しかし病院とは名ばかりで、突貫で作った壕舎(ごうしゃ)にかき集められた怪我人が押し込まれているだけで、資材も薬も全く足りていなかった。


ピックアップした重傷者をまとめて帝都の病院に分散して転移輸送した後は、王城から吐き出させた物資を運び、兵に食事を与え、動けるもので負傷者を探し輸送を繰り返した。

だが運び込まれる怪我人が多すぎて、重傷者だけでも帝都で捌ける量ではなく、

半ば押し付けるように地方都市にまで輸送しては物資を分けてもらった。

そして情報を集めるうちに、不可解な話がいくつも出てきた。



「だからダールベルク隊は今日到着したばっかりだって言ってるでしょ!なんで

いつもウチが戦犯にされるのよ!」

「みんな疲れているんだ。離してやれ」

ヴィルヘルムに言われてオリビアが手を離すと、襟首をつかまれていた兵士は

尻もちをついた。


「…絶対違うと…思ってましたぁ…」アルベルタは泣きながら声を絞り出した。

「よく生きていた」そう言って肩を叩かれても、嗚咽を繰り返すのが精一杯だった。


聞き取った情報をまとめると、

鉱山に向けて侵攻したシュバイネハクセ軍は、伏兵に横を突かれて分断。

主戦力を切り離されて後続部隊は壊滅状態で後退。

いくつかの砦や通信施設も占拠されたようで、前線を下げるしかなかった。


そして押し込まれ続けた結果、後続部隊にまで被害が拡大し、野戦病院すら怪我人を置いて後退するしかない有様で、残ったもので壕を掘ってやり過ごそうとしたが、行き場を失った者や怪我人がさらに集まり、孤立状態で籠城するしかなかったらしい。


さらに川を渡った前衛部隊には数か月に渡り、物資が届けられていない可能性が高い…


「なんでそこまで無理ゲーになったんすか?」

「近隣諸国がみんな参戦してるんじゃないかと思うほど、いろんな軍服を着た兵士が大量にいるんですよ」そういってアルベルタはスケッチブックを取り出した。

戦場の様子を絵で残すように言われているらしく、ページをめくると怪我人を探した時に見かけた、どこの者かもわからない軍服も描かれていた。


「しかもただでさえ混乱してるのに、シュバイネハクセの軍服を着た魔術師が、

敵味方関係なく山に魔法を叩き込んで、大規模な山火事を起こしたんです!」

こちらに向けられたスケッチブックには確かにフードをかぶった魔術師が魔法を

行使するスケッチが描かれている。

それだけを証拠とするのは難しいが、むしろそんな事が出来る者は限られている…


「その犯人がヴィルヘルム様だって言うの⁈」

「別人ですよ!顔は見えませんでしたがノイトラール関係者はみんな気がついて、違うって言い続けたんです!でも…魔術師のマントを着てたからってだけでぇ…」オリビアに食って掛かられ、再び泣きだしたアルベルタの背にベンセが手を置く。


他の者からも、炎に煽られながら高笑いをする、悪魔のような魔術師の証言を複数聞いていた。

山は一晩中燃え続けたそうだが、木炭のようになった木々はまだ燻って煙を上げている。山火事というより爆撃を受けたかのように鉱山の山が炭化していて、

それは延焼する暇もなく魔法によってその空間の可燃物が焼き尽くされた証拠だった。

しかも消えたように見えているだけで完全に鎮火できていないかもしれない。


「前回と同じですね…」

ゲオルグがポツリと呟いた。

シュテルツェの時も命令されるまま戦地に赴き、戻ってくると不名誉な罪をかぶせられていた。


「呼び戻されたタイミングで山火事とか悪質すぎますよ!今度こそ汚名を晴らしましょう!」

「……だが、それが国の方針なら…」

「ただの私怨じゃないですか!私がどこに潜入していたと思っているんですか⁈」

オリビアが毅然と睨みつけてきた。

「今回は黙認しない方がいいでしょう。被害をこうむるのは貴方だけではない…」

ゲオルグはそう言うと、泣きじゃくるアルベルタに視線を落とした。


「信じてくれてありがとう、アルベルタ」

優しく声をかけるヴィルヘルムを、壕舎(ごうしゃ)にいた者たちは遠巻きに眺めていた。


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