第94話 不都合な正義と都合のいい悪役
「貴様!どこから現れた!」
「御覧の通り、天井からです」
ホールのような議場の中央でヴィルヘルムは落とした天井の瓦礫の上に立ち、
にっこりと微笑んだ。
その笑顔にレヴェンテは舌打ちをする。
シュテルツェと国境を接する共和国。その遅々として進まぬ交渉を見かねて乗り込んできたのだろうが、これではただの脅迫だ。
だが顔色も言葉も無くした権力者たちへの効果はテキメンだったようで、みな腰を抜かして座り込んでいる。
元首の下手には、噛みつきそうな表情のレヴェンテとそれを止めるマルセル。
そして軽く会釈をするゲオルグ。
護衛騎士もことごとく鎮圧され床に伏せ、シュバイネハクセ帝国の軍服を着た男女が不遜な笑みを浮かべて見下ろしていた。
「おのれ…帝国が…」
「貴様がこの約定に同意すれば、帝国本隊がここまで来る事はない。あくまで隣国シュテルツェとの交渉だ」
「だが、背後にはお前らが…」
「あぁ、だから俺たち穏健派が来た」
「どこが穏健だ!」
「穏健だろぅ?まだ誰も死んでいない」
ヴィルヘルムがそう言って魔力を溜めだすと、まだ武器を握っていた兵士の手が
緩み、硬い床と金属がぶつかる音がいくつも響いた。
項垂れる元首に高圧的な笑顔を向けてヴィルヘルムは言った。
「貴公の英断は多くの命を救うだろう」
「やーん、隊長のゲス顔サイコー!抱いて!」
飛びついてきた美女を、ヴィルヘルムは無表情でスルリとかわした。
「隊長のケチぃ!せめて虫を見るような視線をくださいよぉ!」
「お前の趣味に付き合う気はない」そういうとクシャミをした。
「大丈夫っすか?」
「制圧より、屋根裏の埃の方がキツかった…」
「でも…正直に言うともう少し抵抗してほしかったっすよねぇ。オリビアさんも
暴れ足りなかったんじゃないすか?」
盛り上がる三人を横目に、ゲオルグは申し訳なさそうにシュテルツェ組を見た。
「すみません……交渉に水を差しまして…」
「いつかやると思ってました」マルセルは死んだ魚の目をしている。
「お前が謝る事じゃないだろ。むしろこのチームの唯一の良心がお前じゃないか」
そんな事をシュテルツェの王太子に言われる日が来るとは、二年前は考えもしなかった。
戦時下で標的のひとつとされていたのが、王太子レヴェンテの首だったのだから……
悪夢のように、焼き付いた記憶。
ふとした瞬間、再生を始める耳鳴りのような怒号、金属音、金気のにおい。
ぬかるみの中を、ただ前を歩く背中だけを見て歩き、言われるままに魔力を放った。
そしてある時、急に視界が開けた。
前を歩くものが倒れ、はじめて立っているのが自分だけだと気が付いた。
隊の生き残りとして保護されたと聞いたのは、だいぶ後になってからだった。
それ以前の記憶はそのくらいボンヤリしている。
だが次に配属された部隊はただ後をついていけば良い訳ではなく、徐々に思考が
戻って来た。
最初に違和感を感じたのは不平の多さだ。
神経を常に尖らせていなければ即死の戦場で、不満を垂れる余裕がある。
そしてその矛先は、ひとりの男に向いていた。
恐怖で支配する不機嫌の権化。
息苦しくなるほど高圧的な魔力で敵の戦意を根こそぎ刈り取り、町を破壊し尽くした。
だが壊すだけで人も物も奪わない。せいぜいが食料を分けてもらう程度で、強奪を働いた者は敵より余程ヒドい目に遭わされた。
恨みを買えば背後から刺されると言っている通り、敵に後ろを突かれる事はなかったが、本人は部下から襲撃されまくっていた。
そして「くだらない戦争を終わらせよう」と言い、これがまた反感を買った。
戦がなくなれば兵士は職を失うのだ。
人の不幸の上に幸福はあり、強い者こそ搾取する権利がある。
だがそう言っていた上官は死に、爵位の高いその男が繰り上がったそうだ。
包帯まみれで死神のようだが、よく見るとまだ若そうで、偽善的だからこそ不満はヤツに向いた。
そして男の背後で文句を言っている輩ほど生き残った。守ってもらっている事に
気づきもせずに…
気がつくと、その男の傍らで意見を求められるようになり、さらに傭兵からシュテルツェの貴族まで引き抜いてきた。
「黙っていればバレない」最早そういう問題ではない。
だが言ったところで話は聞かないし、すぐ単騎特攻するし、やった事もない交渉事まで押し付けられて、気づくと魔術師中心だったはずの部隊が攻撃特化のイノシシ集団になっていた。
そして殿まで務めて帰ってみれば、どうしようもない悪評が広められていたが、そんな状況でさえ男は「戦争なんて尻ぬぐい以外のなにものでもない」と言い切った。
しかし泥をかぶるのはここまでだ。くだらぬ連鎖を断たねばならない。
「ここからは別行動だな。中立を宣言している以上、シュテルツェは戦争には手を貸せない」
「問題ない。その代わり別件を進めてくれ」
「…………上手くいくのか?」
疑わしい顔をするレヴェンテに「それが仕事だ」とヴィルヘルムは眉も動かさずに言った。
「人手が足りないようなら、ベンセをこのままシュテルツェに残しても…」
「引き取ってください。私はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいました…」
「マルセルさん、抱え込みすぎなんじゃないっすか?」
「………お前が言うな」
マルセルはゲッソリしているが、ベンセは相変わらずだ。
諜報活動がバレても悪びれもしないのだから、そんな顔もしたくなるだろう。
「とはいえ、必要があるから声をかけてくれたんすよね。留守番は飽きたっす」
「そーですよ。潜伏したまま用無しって萎えるじゃないですかぁ」
「本来はその方が良いのだがな」
ヴィルヘルムはため息を吐くと、同意を求めるようにゲオルグを見上げた。
「ここまできてフィナーレを見せないつもりですか?クソ隊長殿」
「元より三文芝居だがな…」
「全部終わったら、またノイトラールに寄らせてくれ」
「あぁ…」
あえてレヴェンテは軽く言ったが、ヴィルヘルムの表情は晴れなかった。




