第93話 クロスカウンター
「き、貴艦の目的を述べよ!さもなくば入港を許可できない!」
ジャケットの右袖をはためかせ、ペン型の魔道具に向かって叫びながら船と並走するヨハンは、大砲に狙われ何度となく転ばされた。
幅が狭い支流は川底がさほど深くないので、帆船の帆を畳みスピードを落として
川底に仕込まれた魔道具のガイドに沿って、船を安定させる必要がある。
あわよくば座礁しないかと注意を引こうとしてみたが、そう上手くはいかないらしい。
軍艦のスピードは走れば追いつけるくらいだが、攻撃を受けるたびに回廊は激しく揺れた。
だが砂が落ちてくる程度で崩れる気配はない。しかし生きた心地がしない。
そもそも結界があったとしても、大砲の前に立ちたい人間などいない。
我ながら、らしくないと思う。
騎士の体力も魔術師の魔力もない。そのうえバランスの悪い身体だ。
だが戦場で、誰の身にも平等に降りかかった『死』の中で、落ちてくる瓦礫に右手を伸ばしながら、帰りたいと祈った。
そこは贅も爵位もない、ただ自分を迎え入れてくれる、側にいたいと願う者しかいない。それだけの場所だった。
「止まれえぇぇぇ!!」
ありったけの魔力を左手に溜めて放出を試みたが、魔力が手のひらから離れた
瞬間、三脚ごと倒れたカメラのように床しか見えなくなった。
「………クソぉ」
ヨハンは肩で息をしながら、砂を掴む事しか出来なかった。
「エマージェンシー!これは実戦よ。直ちに行動せよ!」
回廊から川辺に降りる階段を駆け下りながらインカムに呼びかける。
短い返事と共に通信が混線したが、砲撃音を聞いた時点でそれぞれが訓練通りに
動き、港の扉もまもなく閉じるそうだ。
「トーマス、避難状況は?」
「教会村の到着がまだですが、遊牧の民以外は地下シェルターに集まっています」
「シェルターの入り口は、遊牧の民に一番近い避難経路以外すべて閉鎖。
あとでドクタービルングが転移魔法で出してくれるから辛抱してね。族長とは連絡取れてる?」
「こちら、ヒスイ。遊牧の民はポイント付近に待機中。まもなく合流するです」
「軍艦は確認できた?」
「はい。ですが船の通過の方が、少し速かったです」
「了解…」
岸壁に出ると、船はすでに肉眼でシュバイネハクセの旗が確認できる位置まで来ていた。
ソフィアに出来る事は水魔法のみ。いつものように両手の間に水の粒を集める。
渦を巻いた水玉は峡谷を抜ける強風にさらわれて船に向かって飛んでいく。
そしてそれは川の水と馴染み、反物のような水の膜を形成した。
「そぉい!!」
シーツを広げるかのように波打った水膜はそのまま川面を走り、極薄のゼリーの
ようにプルンと船を跳ね上げ押し戻した。
魔力量が少なすぎて放出も具現化も役に立たない。でも長年畑の水まきで培った『すくって投げる』は出来たのだ。そして魔法の水を普通の水に混ぜると意外と
融通が利く事が判った。
ようは水を掴んで離さなければいい!
「いまDeath!」
後退し制御を失った船の位置を見定めてヒスイが出した号令に、雄牛のフェルナンドが城壁にセットされた球体状に削った岩に体当たりをすると、岩はストッパーと壁の一部を破壊して坂を転がり、船の横っ腹に激突した。
地下に作った避難所もだけど、力押しだけではなく、考えられる限りの準備をして臨むからダールベルク隊は負けなかったと、ちゃんと過程を見ていた人には評価されているらしい。
ヴィル様を思い出したら、こんな時なのに笑いが込み上がり、泣きたい気持ちで
ピアスを握った。
そして程なく断崖の壊れた隙間から、熊鈴をつけたヴォイテクが駆け下りてきた。
さらにイノシシも続き、次々と船に開いた横穴から飛び込んだ。
幸か不幸か、船には食料が積んであったようで、イノシシ達は甲板に食事を引っ張り出してケンカしながら食べている。
見慣れてしまうと微笑ましい光景なのだけど、戦車がぶつかり合う勢いで牙を打ち付け合うジャイアントファングの迫力に、たまらず川に飛び込んだ水夫たちは、
地獄の川にでも浸かってしまったような表情をしていた。
さらにズドンと音がした。
居残った水夫がイノシシたちを追い払おうとしているのかと思って、下げていた
双眼鏡で甲板を見るとヴォイテクがポップコーンを作っていた。
…………作り方、覚えちゃったのね…
現役の大砲は大量のポップコーンを回廊側に向けて吐き出し、ヴォイテクは雪のように舞うポップコーンを追って川にダイブした。
水柱があがると、ポップコーンと一緒に川面に居た水夫も吹き飛ばされていた。
呆れて見ていると、徐々に船が右に傾きだした。
間違いなく、ポップコーン砲のせいだろう。
バランスを崩した船は崖にぶつかってマストも折れてしまった。
あれでは穴を塞いでも、自力では航行できないだろう……
残骸も厄介事も残したくなかったので、片手で掴んだままの水を握りなおし
バケツの水を撒くかの如くさらに振るうと、津波に押し流されるように水夫も船も流されていった。
ヴォイテクとイノシシたちも流されて行ったけど、泳ぎが上手いので近くの岩場に上がって体を震わせ、水を弾き飛ばしている。
落水した水夫たちは仄かに光っていたから、魔法を使ってどうにかするだろう。
魔法を使える貴族がイノシシより劣る事はないはずだ。たぶん。
これで何か言われても
『間違って支流に入り込んだ船が座礁したようですが何か?』と開き直るだけである。
「やれやれ……」さすがに眩暈がする。
水に混ぜてしまった魔力を少しでも回収しようと集めていると、すぐ近くに
引きつった顔のヨハンがいた。
「お前…デタラメ魔術師に似てきてないか?」
「夫婦って似てくるものらしいよ」というと、さらに嫌な顔になった。




