第91話 光に集まるモノ
戦争に突入した途端、人の往来がまばらになった。
入国が制限され、国境を通過する事が難しくなってしまったからだ。そうなると
物流網は途端に細くなり、どこの領地も籠城の準備を進めていた。
「国境沿いは両軍が目を光らせているから、人の動きには注意した方がいいわよ」久しぶりに訪ねてきたリリィは応接室に入るなり言った。
「ほぼ出入りは無くなっているわ…
ハワードベルクの麓の町では、わずかな兵士と領地関係者を残して山に避難したっていうし、シュテルツェ側は兵士が増えていて、シュバイネハクセからは入れないみたいだから」
「…両側が止まってるなら、ここはまだ安心かもねぇ。
アタシたちもノイトラールを拠点にしてるのを国境の門兵が知ってたから、やっと通してもらえたのよぉ。悪いけど落ち着くまで世話になるわね。
盗賊になってる兵士崩れまでウロついてるのよぉ…」
「鉄クズ売りの子供たちも危険だから引き留めているわ。今は教会のお世話になってる」
「そう…」と呟いてリリィはため息を吐いた。
「今はシュテルツェの方が安全かもしれない。帝国の進軍を止めるべく、周辺国が軍事同盟を結んだらしいわよぉ」
「……それって…」
「鉱山のあるポマティア山脈は、他にも二つの公国と国境を接しているわぁ。
要するにポマティアに攻め込んだつもりが、挟み撃ちにされてるのよぉ。
現地は相当…」ガチャリと音がして開きかけたドアの向こうにヨハンが見えた。
「起こしちゃった?薬を飲むなら、何かお腹に…」
そう言って立ち上がろうとしたが、足早に近づいてきたヨハンに体当たりされるようにソファに座らされる。
開いたままのドアからお茶を用意してきたトーマスが入ってきて、ひざ枕状態で
抱き着いているヨハンを一瞥した。
「同情心も解らなくはないけど…その子は甘やかしすぎない方がいいわぁ」
「でも…リリィも知ってるでしょ?戦場から帰って来た人が、みんな様変わり
しちゃうのを」
「そのおかげで酒場の娘たちがヒドい目にあったのも知ってるわよ!だから言ってるの!ソイツは確信犯よぉ」だが言われるほどにヨハンの力は強くなった。
本人の話によると、ヨハンは現地の司令部になっていた建物内にいる時に大規模な魔法攻撃を受け、目が覚めたら野戦病院で、その時すでに右手はなかったそうだ。
でも不思議な事に右手で何かを掴んでいる感覚があるそうで、その何かを探すようになぜか私の手を握る。
代わりの物も握らせてみたけど、そうすると耳としっぽを下げたような顔をして
服を引っ張るのだ…
かなり前後の記憶が抜けているし間違いなく不安なのだろう。
ネコみたいに纏わりついてくるだけだからと甘やかしてしまった所はあるけど…
確かに外聞は良くないんだよね…
「アンタってば、どぉして執着系にばかり捕まるワケぇ?趣味なの?」
「いや…ヨハンはそんなでも…」
「十分素質はあったわよ!
それともなに?ダンナが振り切れてるから基準がおかしくなっちゃったのぉ?」
「…過激なところもあるけど…見慣れると可愛く見えたり…しない?」
「そう…アンタがダメ男製造機だったのね…」
ヴィル様の実質の育ての親としては複雑な思いがあるのだろう。
震えながらお茶を注いでいたトーマスがカップを置こうとして珍しく音をたて、
しぶしぶ離れたヨハンの膝にチェルが飛び乗った。
「アンタはネコでも抱いてなさい!」チェルも同意するように一声鳴いたが、
左手は私の手を掴んだままだった。
「ところでポマティア鉱山がすでに枯渇してるってホントなのぉ?」
「それもウワサ話?」
「そういうのを調べるのがアカデミーでしょぉ?本当に知らないの?」
「…………オレも聞いた」
ヨハンは膝に乗ったチェルの頭に埋もれたまま、虚ろな目をコチラに向けた。
「でも誰が鉄を掘り出しても、どうせ戦地でバラ撒いちまうんだ…」
「…鉄クズ拾いの子供たちも、同じ事を言ってたわ」
「子供のケンカと違って理由があるのよ」リリィは諭すような口調だったが
「欲しいものを暴力で奪い取る行為のどこが、ガキと違うんだよ」と言われて黙るしかなかった。
マルティナ博士によるとポマティア鉱山の鉄鉱石が、サンプルと同程度の鉄含有量だとすると、すでに掘り尽くされている可能性が高いらしい。
「多大な犠牲の上で手に入れるものは、一握りのプライドだけだ」
痛いほど握られた手は小さく震えていた。現場を知るヨハンの言葉は、より重く
響いた。
「とりあえず、ここに拠点を作っといて良かったわぁ。もう街道の町も危なくてぇ…」
話題を変えるようにソファで伸びをするリリィに
「ここも一応、街道沿いなんだけど?」と言うと
「この町は帝都より安全って、ウワサになってるわよぉ」と返ってきた。
「まぁ、そう言われてるのはゴルド地区だけどねぇ」
土地を荒らされ振り回され続けたグラシ領民は、すでに誰が勝つかなど興味もなく早々に備蓄を始めていたが、ゴルド地区に集まる上級貴族は毎晩のように花火を
上げ、夜会に興じている。
だが当然、光に集まるモノは、良いものばかりとは限らなかった。
それからしばらく経った秋晴れの昼下がり。
遊牧の民は風にざわめく草の音を聞きながら、丘の上から草をはむ家畜たちを眺めていた。
家畜が遠くに行きすぎないように、見守るように遠くを見つめる彼らの視力は
双眼鏡並みだ。
そして軍艦が支流に入ってきているのを、誰よりも早く見つけたのである。




