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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第一章 捜し人編
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第9話 魔術師の正体

このところ微睡(まどろみ)の中で、隣で眠るヴィル様を探すようになっていた。


夢じゃないって確認してからじゃないと目を開けたくない。

ぬくもりに触れるだけで、まだここに居てもいいのだと思える…のだけど


『ヴィル様…居ない?』

仕方なく目を開けると隣はすでに冷えており、階下が明るかった。


「おはようございます、ヴィル様。すみません、私ぐっすり眠っていて…」

「片付けたい仕事があっただけだ。気にしなくていい」

暖炉の火まで起こさせてしまったようだ。


「お茶の用意を致しますね」

「今朝も冷えるから先に着替えてくるといい」

「では、そうさせていただきます」

やかんを火にかけ二階に戻ろうとすると、ため息が聞こえた。


お仕事だろうか?それともいつまでも眠っていた私に対してだろうか…

実は昨夜落ちていた書類を拾った時にヴィル様のサインを見つけたのだ。


私は本当の名前すら教えられていなかった。



階段を登る足音を聞きながらヴィルヘルムは口に手をやり息を吐いた。

『ついに顔さえまともに見れなくなってしまった…ぜんぶ殿下に()とれと言われたせいだ!』


自分には無縁であった感情が突然沸き起こり、動悸・息切れ・眩暈がひどい。

これはもう病気だろう? ※半分は寝不足とストレスです。


今更ながら子供扱いをしていた自分がどうかしていたのだと気づく。

だが貴族女性を見慣れている立場としては、

化粧臭くなかったら子供に見えても仕方がなくないか?


恥じらう姿を楽しんでいたのは認めるが、意識してしまったら途端に

揶揄う事も出来なくなって、昨夜は彼女が寝入るのを待ってベッドを抜け出した。


おかげで仕事は片付いたが、別の不安に囚われた。

彼女は俺の正体を知っても、今まで通りでいてくれるだろうか?



調理場とはいえ騎士が出入りする酒場で働いていたのなら悪評は届いているだろう。

ヴィルヘルム・ダールベルクは殺戮者(さつりくしゃ)であると。


嫌われてはいないと思う。

だからこそ嫌われるのが怖いのだ。


かつて怯えた顔をして俺を見上げた者達と、俺は同じ顔をしているのだろうか。




ポータルまでお見送りをすると、いつものようにヴィル様は予定を伝えてきた。

「今夜は王城で式典があるから、一度着替えに戻るが帰りは遅くなる。食事も用意しなくていい」


「お衣装を教えていただければ準備しておきますが」

「式典用の軍服があるんだが…クラバットでも結んでもらおうかな」そう言うと

そっと頬に触れた。


「この手なら触れても痛くないか?荒れた手では肌を傷つけそうでな…」

その手に更に手を重ね

「はい。痛くはありませんよ」と安心させるように微笑むと、

名残惜しそうに頬を滑った指先は、そのまま握られた。


「いってくる」

「いってらっしゃいませ」

笑顔で送り出すけど、毎日帰って来るようにと祈っている。

帰らぬ未来を覚悟しながら…



「さて、洗濯、洗濯」


魔法の水で洗濯をすると繊維が柔らかく仕上がる。

ヴィル様の湿疹は、まだ酷くかぶれてはいるものの出血はだいぶ治まって

シャツが汚れる事もなくなってきた。


喜ばしい事だけど、素直に喜べなくなっている…



ヴィル様…魔術師ヴィルヘルム・ダールベルク様

停戦前から何度も耳にした名前だった。


膨大な魔力を持つ魔術師で戦争の立役者。

彼が魔法を行使した町は住人もろとも灰塵(かいじん)と化し、返り血を浴びて笑う姿は狂気に満ちていたという。


大仰(おおぎょう)な言い方で脚色されているんだろうけど、きっと戦場とはそういう場所なのだろうと思っていた。



停戦後、戦地から戻ってきた騎士達はみな異様な雰囲気で、ギラギラとした目を

しながらおぞましい功績を語っていた。


確かに彼らのおかげで停戦を迎えたのも事実だ。

だが何をもって平和とするかは人によるだろう。


少なくとも慰み者にされた姉ぇさん達には地獄が訪れ、

私の行動範囲はほぼ家の周りだけとなってしまったのだから。


…おかみさんが警戒するワケだ…

でも先にそうだと知っていたら、何か変わっただろうか…


確かに最初は苛烈な印象があった。でも、今はどうだろう?



『この手なら触れても痛くないか?』

そう言ったヴィル様の瞳には私が映っていたけど、きっと見ていたのは別のだ女性(ひと)だ。


そこまで大事に触れたい方と今夜会うのだろうか…

洗濯用のたらいに落ちた雫はいくつもの波紋を作った。

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