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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第七章 ノイトラール攻防編
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第89話 こぼれ落ちる砂のように

「ちょっとしかないけど…いいか?」

そう言って鉄クズ拾いの子供たちは握っていた鉄塊を差し出した。

話を聞くとシュテルツェの方が金属を高く買い取ってくれるらしい。

もちろん炊き出しをご馳走したが、今後こういった話が増えそうだ。


リリィの話では北ばかりではなく、あちこちで紛争が起きていて売れ筋が変わってきているらしい。

需要に合わせて特産品の刺繍は防御魔法をかけたお守りになり、学生たちはこづかい稼ぎに身代わりの護符を描きまくっている。


ふと、右耳につけた耳飾りに触れてみた。

長めのスティックピアスは魔力を流すと(つい)のピアスが共鳴する。

ヴィル様との必要最低限の安否確認グッズだ。


こちらからも魔力は送れるけど、連絡は一方通行。

安全を確保した状態でないと、敵方に魔力を感知されかねないから、届いた信号に返事を返す事にしている。


これを渡されたのは出発直前。それどころか出発前夜でさえ、ヴィル様は何も変わらなかった。


一緒に食事をして、おしゃべりをして、おやすみのキスを待っていたら、突然

「明朝出立する」って告げられて「もっと早くに知りたかった」と言ったら、

「少しでも長く笑顔でいてほしかった」と申し訳なさそうな顔をした。

行ってしまうのは分かっていたのに、ちっとも解っていなくて、子供みたいに

泣く事しか出来なくて、そんな私をあやすように額や髪にキスを落とすから、

負けずに首にくちづけたら想像以上に驚いていた。


だから『娼館で聞いただけ(ねぇさん直伝)の手練手管を駆使するチャンス』とシャツのボタンに

手をかけたらベリッと剥がされて、いつもより丁寧なキスをしてくれたけど、

ポワポワしてたら朝になっていた…


寝込みを襲おうにも起きてるし、再挑戦の隙なんてくれないし、なんでワタシ

寝ちゃったのかなって、泣いて縋ってご飯を食べたらお迎え(ゲオルグ)まで来てしまった。

そして滅茶苦茶バツの悪そうなゲオルグの背中を遠くに見ながらピアスをつけると、「必ず帰ってくる」と言い残して寒空に消えてしまった。


残されたピアスは半身なんてものじゃない。

触れられた時は温かく感じたけど、手を離した途端に残酷なほど冷たい金属に変わって、心が空っぽになるほど抉られて、今更ながら呆れるほど依存していたのだと痛感した。


なのに、ふたりが居なくなっただけで、気持ちを置き去りにしたまま日々は流れて行った。


アカデミーも表面上は変わらないものの、騎士科と魔法科の戦闘訓練はより殺伐とし、生産学科は畑を広げ、製造関連は武器や防具、ミリ系の物が増えた。

そして木の芽が膨らみ、花がほころぶ季節。卒業生の激励会がはじまった。



「兵役は義務ですし、家からひとり戦地に送れば出資金は免除されるんです」

震えながらそういうアルベルタの手を、私は握る事しか出来なかった。


平民は労働力と作物を領主に納める義務があるが、貴族に税は課されていない。

しかし開戦時の取り立てや、形勢が不利な時の急な増員は義務というより搾取に

近い。

そして売り上げの二割を上納する話だが、伸びしろが見込まれた領地や新興貴族以外は収益が出ていなくても督促状が届いたそうだ。

つまり来年は取り立てられる可能性が高く、私が穴埋めで出兵するより他ない…


…そういえば、それでグラシ領はしばらく国有地扱いだったんだっけ…

お会いした事もないお爺様に、心の中で手を合わせた。

明日は我が身。送り出す側も、まったく他人事ではなかった。



「…レオも行くの?」

「誕生日はまだだけど、あと二週間だぞ?」

その二週間を理由に一年先延ばしにする者もいるのに、レオンはいつも騒がしい

イノシシチームと一緒に出立するらしい。

学年こそ違うが、レオと私の誕生日は半月も違わない。

体は大きいし騎士科でも相当強い。

でもどうしても内面に幼さの残るレオは、不安要素が多いのだ。


「そんな顔をされると名残惜しくなるよ」

そう言っていつものように頭に手を置くが、騎士科は一般兵役と違い目途がつくまで帰れない。


「手柄を上げて騎士伯を手土産に帰ってくるからな!」

引き留めるような事も言えず、頬に触れる手のひらの温かさを噛みしめていると

「長い!」と不機嫌なヨハンがやってきて、いきなり抱きしめられた。


「てめぇ!」

レオンは凄んだが、私は微かに震えるヨハンの背中を撫でた。

「アイツらより先に帰ってくるから…お前も死ぬなよ」私は黙って頷いた。


その後も知り合いを見つけるたびに抱き合っていたら、はしたないと陰口を叩かれたけど気にしなかった。

そうやって送り出した全員が、無事に戻る事はないと知っていたから。


学生ばかりではなく教諭陣も同行の為に一部異動となり、翌月には無垢な新入生がやってきた。

楽し気にキラキラと笑う彼らを見て、去年の自分がそちら側の立場だったなんて、とても信じられなかった。

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