第83話 作戦名 蜂の巣(ビーハイヴ)
「本当にうまくいくのでしょうか?いささか無理があると思いますぞ…」
「目に見えないものほど存外に怖いもの…っぷしぃ…なんだ…」
こちらを見上げながら雪山を歩くビーネンを安心させるように、ヴィルヘルムの
肩にのったチェルが鳴いた。
約一か月に及ぶ音叉に魔法を乗せた調査で、ほとんどの鉱夫は最深部付近で作業をしている事が判った。
それで夜目のきくチェルに坑道を歩いてもらい、マーカーの位置から深部につながる空気穴を探した。
そして養蜂用の燻煙器をモデルに作ったスモーカーで、ビーネンさんオススメの
乾燥させた植物やキノコ、焚き木、麻の穀物袋とニンニク、タマネギを焼き、
ゲオルグが鞴を踏んで坑道内に煙を送っている。
「肉が焼けたぞー」
ダニエルは風よけで作ったかまくらでスモーカーと焼肉担当。
『ニンニクを焼くなら肉も焼こう!』と言った発案者だからだ。
「チェルはこっちの肉だ。ニンニクとタマネギはゲオルグに食わせるからな」
「肉をください!クソ隊長殿!」
「チェルはユリ科の野菜は食べちゃダメなんだぞー」
「聞いていますか?クソ隊長殿!そろそろ変わってください」
「その呼び方を改めない限り、肉はやらん!」
心配げに見つめるビーネンにダニエルは肉の皿を渡しながら
「ジャレてるだけだから気にすんな」と言った。
「飯食ったら撤収だから体を温めとけよ。クリスマスに風邪をひかせたら、ご家族に怒られそうだ」
「ありがとうございます。しかし…北部はこんなに雪が深いのですね。驚きましたぞ」
ダニエル達は外套姿だが、モコモコの毛皮を着ているビーネンの方が寒そうだ。
勇者の山も雪は降るが、これほどではなかった。
「ハワードベルクに居たんだってな。あそこでクマと武者修行したって男の話は
知ってるか?今も帝都のアカデミーで鬼教官やってるぜ」
「あれは昔話なのですぞ?」
「まぁ、多少は盛ってんだろうが、いい先生だぜ。俺の恩師だ」
クマに怯えて暮らしていたビーネンにしてみれば、クマを手懐けたり倒したりする時点で非現実なので、そういうものかと納得するしかない。
「呼び方に関しては、ストレスが緩和されるなら良しとソフィア様から許可を
いただいております」
するとチェルがまた鳴いた。「ゲオルグはタマネギ食ってろってさ」
「そういえば、なぜタマネギとニンニクなのですぞ?」
「有害な鉱物には臭うものがあるらしい。
ランタンの灯りしかない暗闇でそんな臭いと息苦しさを感じたら、人は逃げ出したくなるもんさ」
するとダニエルのインカムに通信魔法が届いた。
「坑道から鉱夫たちが出てきたそうだ。そろそろだぞ!」
ヴィルヘルムに視線を送ったダニエルは、再び通信に集中する。
「慌てるなよ。タイミング勝負だ。いま魔術師が…行った!」
ヴィルヘルムが転移する直前にチェルがビーネンに飛び移り、あやうく皿を落としそうになる。
「よし、変わるぞ、ゲオルグ。何かあったら即撤収だからな」
作戦名『蜂の巣』
そう言われて燻煙器を焚き続ける仕事を引き受けたものの、ビーネンは状況が
理解できないまま『そういうものだ』と自分を納得させながらチェルを撫でた。
ビーネン達がいる山の反対側。
山の中腹にある採掘場は、長年製銑を行ってきた影響で寒々しいハゲ山となっている。だが傍らの鉱山村からは温かな湯気が立ち上り揺らめいていた。
採掘所の山肌には、ぽかりと口を開けた坑道の入口があり、掘り出した鉄鉱石を
運び出すトロッコ用の線路が、山を下った川辺の製鉄所まで続いている。
水車で動かす鞴に煽られた炎は鉄も雪も溶かし、雪深い山中にありながら、その
建物だけが、ひとかけらの雪も乗せていなかった。
そして昼時という事もあり、いつも鉱山の入り口を守っている兵士も製鉄所付近の従軍施設で暖をとっていた。
「お前、当番だろ?山を下りてくるなよ」
「あの監視小屋、雪が吹き込んでくるんだぞ!遮蔽物がなくて風は抜けるし、
飯くらい温かい所で食わせてくれよ」
「小屋の酒は全部飲んだのか?食ったら運んでおけよ。この寒さでアルコールなしはキツイ」
「クリスマスなのに帰れない方がツラい!」
戦乱が続く地域のため軍の施設は置かれているが、衝突しているのは山裾の大河
付近なので、そこを撃破しない限り山には到達できないと考えられていた。
それというのも百年前に、鉱山がシュバイネハクセに占拠された時が、まさにその方法だったからだ。
くわえて過酷な労働者を労うために国から豊富な飲食が持ち込まれていたが、そのほとんどは兵士の腹に消えており、気を利かせたつもりのシャンパンも休日のない兵士たちを一層苛立たせた。
そこに鉱山村から毛皮を着た子供たちが駆け込んできた。
「イノシシが出た!」
「たすけて!」
「追い出して!」
「そんなの自分たちで…」と言いかけて、何やら騒がしい事に気がつき
外に出ると村人たちが大挙して下山してくる所だった。その中には鉱夫の姿もある。
「お前たち!なにをして…」
「採掘場でヘンな臭いを感じて逃げてきたんです」
「毒ですじゃ!」
「爆発するんじゃないかって言ってるヤツもいて…」鉱夫達は口々に叫んだ。
「まさか…」
兵士たちが見上げると、集落から黒い犬が飛び出してくるのが見えた。
雪と戯れるように何度も飛び跳ねたソレは、やがてイノシシを引き連れて坂を下りはじめた。
騒ぎを聞きつけて兵も集まりだしたので、被害が出る前にここでイノシシを食い
止めるしかない。
「クリスマスディナーの登場だぞ!」
武器を手に山を登る兵士を見た住民たちは
「逃げるのですじゃ!」とやたらと元気な毛皮の老人に先導され、一目散に山を
下りて行った。
イノシシは黒犬を追いかけながら、村の周りを駆け回っている。
ここを守る兵士は少ないが、そのぶん腕っぷしに自信がある者が多く、寒さを凌ぐための深酒も、より気持ちを大きくさせていた。
そして驕りのためか、彼らは村のすぐ近くで黒犬に跳ね飛ばされるまで気づかなかった。
犬だと思っていた生き物は体長1メートル程のクマで、それを追うイノシシは更に倍の大きさで、しかもオレンジ色のタテガミを生やしていた。
「なんで化け物イノシシがこの山にいるんだよ!」
その声を聞きつけてイノシシたちは次々と村から出てくると、群れを成して嬉しそうに兵士たちに襲いかかった。
そして遊牧の民に扇動された村人たちが、安全が確保できる距離まで山を下った
ところで、どこから集めてきたのだろうと思う量の雪崩が起き、
鉱山村を避けるように坂を下ると製鉄所とポマティアの従軍施設を埋め潰してしまった。
兵士たちは各自で魔法障壁を張ったものの、雪崩に押し流されて埋まったまま茫然自失となっており、そんな中、雪から這い出たイノシシ達はクマと一緒に山に戻って行った。
そしていつの間にかに鉱山の入り口も、どこにあるかが分からないほど雪に埋もれてしまっていた。
「よーし、ヴォイテク。よくやった!」
囲いにイノシシを押し込んだヴォイテクは、嬉しそうに鈴を鳴らしてレオンに体当たりをし、レオンも軽自動車を止める勢いでソレを受け止めた。
「お前らも頑張ったなー」
いつもレオンと一緒の騎士科メンバーはイノシシ達にエサを与えている。
エサの時間はヴォイテクが飼育場所のシイの森を駆けまわり、イノシシ達を餌場に誘導するので、イノシシもヒトはご飯をくれるものだと思って甘えてくる。
ただし通常モンスター扱いを受けるジャイアントファングの懐き方はかなりアグレッシブなので、戦闘職以外はコミュニケーションが命がけになってしまうのだ。
その点、毎日お世話をしているイノシシチームは慣れたものだが、そんな彼らも
絆創膏を貼っていない日はない。
レオン曰く『メシ食って、絆創膏貼って寝れば大抵のケガは治る』そうで、
ノイトラールではイノシシと共に、際立って頑丈なイノシシチームも不思議な生き物として捉えられている。
「遊牧の民を回収したら直ぐノイトラールに転移する。荷物をまとめておけ」
テキパキと指示を出すヴィルヘルムをレオンが呼び止めた。
「戻らないヤツがいるんだけど」
「そのイノシシは国境警備にあたってもらうしかないな。
探しに行くなよ。ポマティア兵に見つかると厄介だ」
「制圧しちまえばいいのに…」
「火種は撒かない方がいい」
「お前が言うのか?」
「揉め事を好むヤツなんて、ごく少数だぞ」
奪うことで国が富む。それを是とする帝国では、口にするのを憚られる考え方だ。
「お前…なんで軍人なんてやってんだ?」
「その能力があったからだろうな」
「はぁ⁈」
「お前は自分で考えて選べよ」
ヴィルヘルムはそう言って遊牧の民を迎えに行ってしまったが、レオンの中には
割り切れない気持ちがいつまでも渦を巻いていた。




