第81話 クリスマスRTA
「………………もうすぐクリスマスだぞ」
「そんな事はポマティアに言ってくれ。こちらは被害者だ」
フリードリヒが大袈裟に手を広げると、執務室の椅子が軋んだ音をたてた。
いくつもの王国や公国と国境を接しているシュバイネハクセは常に小競り合いが絶えない土地柄だ。
そして最大の難敵であったシュテルツェと休戦した途端に、今度はまた別の隣国
ポマティアと鉱山を巡っての争いが激化した。
長年に渡る衝突は、最早どちらが先かなど判らなくなっていた。
休日の王城は居住エリアはともかく、執務室周辺は人もまばらだ。
そんな日に呼び出されて伝えられる事など、碌なものではないと予想していた。
最近感情が出せるようになってきたゲオルグは、無表情でありながら僅かに魔力が漏れている。殿下がそれに気づかない筈はないのだが
「早く帰りたいならクリスマスまでに終わらせればいいじゃないか」と軽く言った。
『いつのクリスマスの話をしているんだ…』
押し黙ると、王太子は満足そうに椅子に体を預けた。
「いくら時短だからと言って、山を吹き飛ばすようなマネはしないでくれよ。退かすのは、あくまで人だ」
「………………つまり最短は採掘施設の占拠…」
するとフリードリヒは片眉をあげた。
「あの山はシュバイネハクセのモノなんだ。
戦争の目的なんて、相手の戦力を徹底的に破壊する行為に過ぎないんだよ」
そういって微笑む権力者の瞳は、濁った淵のようだった。
「マッピングが出来るんだ。根絶は容易いだろ?」
「坑道は地上とは違う。歩いた距離を再現するのが関の山だ」
「だが君の所には、随分と立派なジオラマがあると聞いているよ」
得意げな顔をするフリードリヒに思わずため息が出る。
「アレを作ったのは建築学科の学生だ。しかも山歩きをしながら手を入れ続けている。一朝一夕で作ったワケではないのだぞ」
「だったらソイツも連れていけばいい」
「無茶を言うな!戦闘職ではないんだ」
思わず声を荒げると、王太子は一層美しく微笑んだ。
「人には持って生まれた役割がある。その役割を放棄するなんて、存在意義を捨てるようなものだ。
幸せを願うからこそ、人は戦うんだよ」
ヴィルヘルム達が王太子の執務室を退出し、しばらくすると
王城は奇妙な揺れに見舞われた。
始めは紅茶に波紋が浮かぶくらい、そのうちティーカップがカチャカチャと小さな音を立てはじめ、やがて窓ガラスが震えだした。
城内の者も最初は気にも留めていなかったのだが、震源が暴走魔術師の執務室だという事が判り、休日出勤をしていた者でさえ帰り支度を急ぎはじめた。
そして件の執務室では、呼び出された三人が地図を前に車座になって座っていた。
「………まさかマルティナにまで出撃命令は出ないよな?」
「ブルーノのジオラマはバレていたが、ヴルフ博士がマッピングに関わっている事は気づかれていないようだ」
「すでに兵役を終えてるんだ。今更巻き込まないでくれよ…」
ソフィアの婚約者候補だと連れてこられておきながら、ダニエルは最近博士と仲が良いようで、王太子の話をした途端に頭を抱えてしまった。
この国の貴族は十八歳になると五年間軍に入隊することが義務づけられており、
アカデミーの学生の場合は卒業と同時に義務が課される。
招集された学生は三か月の基礎訓練を受け、希望や適性に沿って派遣先が決められるが、怪我や心身障害により入隊期間が短くなる事もあった。
そして魔術師と騎士の特性が認められた場合、そのまま軍に組み込まれるのが常だった。
軍は前衛の騎士、中長距離の魔術師、後方支援に分類され、基本技術者は後方にあたるが、武器の如何によっては前線をウロついたりもする。
戦闘職と技術職以外は補給、通信、治療に分かれるが、インテリ系の高位貴族ほど裏方に回ることが事が多い。
さらに貴族の義務として財力による支援も義務化されていて、払えない家は志願兵として強制参加となり、婚外子が傭兵にされるケースもよく見られた。
「俺が聞かされた上層部の提案は、もっと具体的だったな。山の反対側の施設を
爆破してこいと言われたぞ」
「はぁ?」
ダニエルの言葉に呆れた声が出てしまったが、本人も
「その反応になるよな」と言いながら、地図を指先で叩いた。
「この範囲を更地にするんだと」
「待ってください。ここにあるのは全部軍事施設なのですか?」
「たぶん鉱山の入り口付近は鉱夫たちの村だが…この範囲に建物が集中してるだろ?だから軍の施設もある筈だと…」
「調べてもいないのですか⁈」
ゲオルグは咎めるように言ったが、近年はシュテルツェに掛かりきりで、鉱山問題が再燃したのは休戦後のはずだ。
「最近の小競り合いは国境の川の辺りで起こっている。だから鉱山を調べる所からやれという事なんだろ?」
「………………それは何年かかるんですか?」
そんなものはコチラが聞きたい。
休戦をして二年半になるが、次々とシュバイネハクセに軍が引き上げる中、しんがりを務めた南部平定軍は戻ってまだ一年ほどしか経っていない。
国境警備に残された者よりマシと言われてしまえばそれまでなのだが、軍に組み込まれたとはいえ卒業と同時に出兵したヴィルヘルムは戦地に七年を捧げていた。
だが…たとえ戯言であったとしても、王太子が口にしたのなら、それは命令なのである。
「…………………最短で鉱山を占拠するにはどうしたらいい?」
「相手の無力化…だろうな。だが鉱夫は平民だぞ」
「突入となると問題はメンバーです」
「…平民に紛れられる者……」
呟くと小さくガラスが震えた。
爪を噛むゲオルグから魔力が漏れているのは明白だった。
「確かにヒスイはうってつけだ…」
ゲオルグが睨むようにコチラを見ると窓ガラスがバンと大きな音を立てた。
「鉱山ならヴルフ博士の専門分野ではないですか」
「おい!それは坑道の岩石を持ち帰れば済む話だろう?」
「それ以外の該当者は、魔力を探られても貴族と疑われる心配がないソフィア様ですか?」
「ソフィアは領主だぞ!動かせるワケがない」
「だったらヒスイも巻き込まないでいただきたい!」
感情が高ぶると魔力は漏れやすくなり、強い魔力は共鳴を起こす。
魔力量の上位ランカーが三人も集まったプレハブ小屋は、地響きのような音をたてて揺れた。
「モタモタしてると嬢ちゃんも兵役の年齢になっちまうぞ」
クリスマスまであと僅か。タイムアタックがはじまった。




