第80話 降りかかる火の粉
「地元の特産品を売らないとは非常識じゃないか!」
「より高く買ってくれる相手に売るのが商売なのでしょう?帝都で買ってくれば
良いではないですか」
ただでさえ忙しいのにルーカスまで乗り込んできた。
「まずはお茶でも飲んで落ち着かれたらいかがです?」
とりあえず応接室に通してお茶を進めたが
「その奇妙な紅いお茶はなんだ!仕組みはどうなっている」と更に叫んだ。
「魔法の紅茶ですよ。知る限りでは私にしか淹れられません」
どこに出しても好評の紅い紅茶だけど、説明が面倒になってきた。
「君はつくづく非常識だ…」
「平民が貴族の常識を知っている筈がないでしょう」
たまにやってくるルーカスとは不思議なほど話が噛み合わない。
「クリスマスの装飾もここで生産しているんだろう?なぜゴルド地区にまわさない」
「高級品で固めるから関わるなと、ご自分で言ってきたじゃないですか。だから
ハコしか作っていませんよ」
建物は用意した、出稼ぎ要員も育てた。あとは家賃を払ってくれれば、好きに使ってくれて構わないのだけど…
そもそもオーナメントは、ヴィル様が夜な夜な楽しそうに充電して組み立てているので、まわせるほど作れていないんですよ!
今日も休日返上で王城に呼び出された筆頭魔術師さんが、領地で蓄電池扱いを受けているのは名誉のために黙っておきましょう。
「要はソフィに全部やらせて旨いとこだけ啜りたいんだろ?予算もないのに出来るワケがない!」足を組んだヨハンが不遜に言い放った。
「予算ならダールベルク公爵から…」
「当初は貸し付けていただきましたが、最初だけですよ。ゴルド地区には国の予算が当てられているのではないですか?」
「………公爵が出し渋りをはじめて、潤沢な資金が動かせないのだ…」
「…………………ついに始まるか」
目だけ動かしてポツリと呟いたヨハンを見たが表情は変わらなかった。
「その状態で夜会を強行するのですか?
さすがにお客様を招いて失敗するわけにはいかないと思うのですが…」
「ゴルド地区にはねぇ、長年王城で腕を振るった料理長をお招きするんだよ!
クリスマスはシュバイネハクセの伝統料理をお願いしてあるので抜かりはない」
「……その方って宮廷料理人のマルタン料理長ですか?あの人シュバイネハクセの出身じゃないですよ」
「…なぜ君がそんな事を…」
「夏にアカデミーの実習でお世話になったんです」
「……………」
気の毒なほど目論見がハズレて、さすがのルーカスも苛立ってきた。
「では貧乏村のクリスマスは何をすると言うのだ!」
「ミサをやって、讃美歌を歌って、炊き出し食べて解散です」
機嫌を損ねないように無難な事を言ってみた。
音楽サークルの生演奏で踊るなんて言ったら、何を言われるか分からない。
「平民が歌うのか?」
「毎週日曜日に熱心に練習していますよ」
「字も読めないのに?」
「聞いて覚えていただきました」
ルーカスは信じがたいと言いたげに鼻を鳴らした。
「日曜礼拝を見れば平民の逞しさを痛感できるぜ。アイツら一週間ぶりに知り合いの顔を見つけただけで喜んでるからな」
「なんだソレは…」
「今に感謝して生きているだけですよ」
本当にそれだけなのだがルーカスはつまらなそうな顔をした。
「………始まっちゃうの?」
ルーカスを追い出してからヨハンに聞くと「なんの話だ?」とすっとぼけられた。
今日はヴィル様に加えて、ゲオルグとダニエルさんまで王城に呼ばれている。
この時点で嫌でも良くない想像が浮かぶ。
さらに証拠となるのがダールベルク公爵の出し渋りだ。
以前公爵家の帳簿を見せてもらったが、時々お金の動きがおかしい事があり、それはある時期と一致していた。
ヨハンは「どうしても聞きたいか?」と笑って胸のポケットからヤドリギの小枝を取り出し、目の前に立った。
「ヨハンまで揶揄うの…?」
ヤドリギを首に下げたレオンのウザ絡みは領民にまでネタだと思われている。
「見返りもなく教えるはずがねぇだろ」
ヨハンは隣に座ると私の髪にヤドリギの枝をさす。
「柄にもない事を…」
「お前にしか、しねぇんだけどな…」
そう言って左手の指輪に視線を落とす。
「…いま戦争が始まれば、オレは卒業のタイミングで徴兵だ。
だが前線に追いやられる魔術師や騎士に比べると帰ってくる可能性が一番高い」
「現実にならないように、そういう事は口に出さない方がいいよ」
「帰ってくるって言ってるだろ。
だから…もしもの時はその指輪を外してオレの所に来い」
最初は冗談かと思っていたけど、困ったことに冗談にする気はないらしい。
侯爵令息であるヨハンはこの町ではヴィル様に次いで身分が高く、保証人となりうる。そして三男であるため、継ぐ家がない。
「予備でいい」とヨハンは言ったけど、ヴィル様がそれを許す筈はない。
だが現状ヴィル様は公爵家と断絶状態だ。
「ヨハンはどっちかって言うと共犯者なんだよねぇ」
「なんだソレ。楽しそうだな」
そう言って髪を一筋すくうと、くるくると弄びだした。
戯言をのらりくらりと躱すのは、いつまで冗談を交わせるか分からないからだ。
そして貴族になってしまった以上、いずれ我が身にも降りかかる。
領民たちはそれを知っていて、毎日を大切に暮らしている。
貴族の方が見習うべきなのだ。
「この程度なら目くじらを立てる事もないだろ?」
髪に口づけながらヨハンが扉に視線を向けると、不意に重たい音がして
出待ちをしていたヒスイが壁を破壊していた。




