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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第五章 迷える羊は安息を望む編
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第74話 恋をしても賢くいるなんて不可能

「魔術師さん、大丈夫ですかぁ?」アルベルタが恐々(こわごわ)と近づいてきた。


レオンがガンとしてイノシシを飼うと聞かないので、ヴィルヘルムから真っ黒

オーラが噴き上がりっぱなしだ。


「アレは怒ってるんじゃなくて、呆れてるだけだから大丈夫だよ」

「えっ!殺人オーラとどこが違うんですか?」

「…眉間のシワの深さかなぁ…」


「とりあえずビーネンさん一家がこわがってるんで、引き取ってもらえませんか?」


そう言われて連れて帰ってきたものの、家に帰ってもヴィル様の機嫌は直らず

手袋にマスク姿でチェルを抱えたまま、もう一時間ソファでひざ枕タイムである。


左手に指輪をはめた翌日、ヴィル様が転移ポータルを使って帰宅すると、待ち伏せをしていたヨハンに背後から


「あれれ~、おかしいぞ。犯罪者が檻の外にいやがる」と言われて

脅されたらしく、プロポーズ前より消極的になってしまった。


お互いに結婚の意思もあり、領内は事実婚が主流。それでも私は未成年なのだ…


おかげでメンタルダメージの回復に、すごく時間がかかるようになってしまった。

最近は(チェル)の手まで借りているけど、機嫌を直すまでが大変で。しかもオーラを

出しっぱなしにすると領民が怖がるので、放置するワケにもいかない。


「ビーネンさんの話を聞いて、グラシ領がいかに安全かを痛感しましたよ。

私、自分の事ばかりで、危険な生き物がいる事にも気づいていませんでした」


「ウサギはいるぞ。前に好きだと言ってたから…」

手櫛で髪を梳くと拗ねた口調で唇を尖らせる。

「山に行ったときに探してみますね」


笑顔を張り付けて答えるが

…………あなたがお食べになったシチューにも入ってました…とは言えない…


「ジャイアントファングは毎年死傷者を出す害獣なんだ。

バウアーが許可を申請すると言っているから結界は用意するが…問題はあのクマだ。

ハワードベルクはブラッディベアの繁殖地だった。

今年生まれたにしては随分小さいから、おそらくは違うのだろうが

もしブラッディベアなら三メートルを超す巨体になるぞ」


「レオは野生に返すと言っていましたが…」

「あれでは山に放っても人里に降りてくるだろうな」


「レオなりに考えてはいるようなのです…」

するとヴィルヘルムは体を起こし、頬に触れた。


「それはレオンが答えを出すべき問題だ。ソフィが気に病む事ではないし、抱える必要もない。なんならゲオルグに押し付けてしまえ」


「…ヴィル様」思わず苦笑いをすると

「それより…俺の事を考える時間も作ってほしいな…」そう囁きながら鼻先を摺り寄せてきた。


求められるままに顔を寄せると、ふたりの距離は更に近づく。

しかしチェルの鳴き声に視線を向けると、窓辺にゲス顔のヨハンを見つけてしまい、咄嗟にヴィル様を突き飛ばすしかなかった。



「さすがにアウトじゃね?」

「ご用件は⁈」

意地悪に笑うヨハンに紅茶を淹れながら口調が刺々しくなる。


ヴィル様もリジー先生に呼ばれてイノシシの所に行ってしまったので、とりあえずコンサバトリーにやってきた。


「トーマスは呼ばなくていいの?」

「声はかけた、後からくる」

そう言って一人掛けからソファーに移ると

「あまり聞かれたくない話をするから、こっちに来い」と座面を叩いた。


珍しくヨハンの眉間にシワが寄っている。

笑顔の中に致死量に少し足りない毒を含ませ、相手が苦しむさまを眺めるのが

何より好きな筈なのに、随分と余裕がない。


「非常に胸糞が悪い…」

そう言うと静かにカップを持ち上げ、流し込むように飲み下した。

自分の紅茶を注ぎ隣に座ると、カップをソーサーに戻したヨハンはおもむろに話し始めた。



「ルーカスは港の使用料を関税で賄うつもりのようだ。足元を見られているぞ」

「向こうが扱うのは帝都の高級品でしょ?どのみち平民には手が届かないわよ」


「更に…だ。ダールベルク公爵が他の商人貴族に圧力をかけやがった」

「………物が届かなくなるって事?自給自足をするにしても塩がないとキツいね。冬の保存食が作れなくなる」


「シュテルツェには頼るなよ。グラシ領は売国奴ってウワサまで流れてるんだ」

「そんな話…」

「帝都の人間でお前と付き合いがあるのはアカデミー関係者だけだろ?ウワサを

流しているのは王城の上流貴族だ」


「でも…それだとダールベルク公爵は自分の首を締めてない?」

「だから自分たちは貴族街を作ってるけど、それ以外のエリアはシュテルツェ寄りのスラムだと言っているようだ」


「あー…なるほど…」

「お前悔しくないのか?」ヨハンは不服そうに眉を上げた。


「だってお城でドレス着て、高級料理を食べても満足できない貴族と

ジャガイモ食べて、屋根のある所で寝られるだけで至福な平民のどっちが幸せかって話でしょ?違う物差しで幸せが測れるワケがないじゃない」


「………そういやお前…生きてるだけで幸せって言ってたもんな」

納得いただけたようだが、その表情は憐れんでいる。


「人生の必要経費は人それぞれなんだよ。

そもそも私はシュテルツェの方が豊かな考え方を持っていると思っているわ」


「だがアイツらは自分たちこそが優位(マジョリティ)だと思っている。

同じ土俵に立つには高位貴族の味方が必要なんだ。廃嫡されかねないアイツでは

アテにならない」


「確かにグラシ領(ウチ)と取引があるのは低級貴族ばかりだから、立場が弱いままだと

共倒れしかねないよね。

好意的な上級貴族となるとアカデミーの教授達くらいだけど、楽しんで協力してくれているだけに、面倒ごとには巻き込みたくないんだよなぁ…」


「…………なんでそこで教授が出てくるんだよ」

不満そうな口調で言ったヨハンは「オレに頼れよ…」とボソリと呟いた。

意図が分からず見上げると、俯いたまま何とも言えない表情で口を尖らせている。


「…………………………もしかして、グラシ領が欲しくなりました?」

「…かもな」


「じゃぁ、何かあったらヨハンにお願いしようかな。

なんだかんだ言っても領民を大事にしてくれるし、領地経営で助けて貰い通しだからね」


すると突然両腕をつかんで引き寄せられた。

そして「口約束にも法的な効力があるんだぞ!」と真っ赤な顔で叫んだ。


『なんか会話が嚙み合ってない?』

真っ直ぐ見つめるヨハンの視線を受け止めながら、目の端で何かが動いた気がした。


「あっ…」

「えっ?」

動いた影の方に顔を向けると、つられて同じ方向を向くヨハン。


そしてヨハンの顔面にヒスイのドロップキックが炸裂し、ソファーの背もたれがなくなった。


「どんだけ隙だらけですか!」

その台詞は私に言ったのか、ヨハンに向けたものなのかは解らなかったけど、

とりあえずヨハンには聞こえてなさそうだった。


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