第70話 バディ
まずはジャージを羽織り、ビーネンさんの罠を見に行った。
白服縛りはハチ対策なので、それ以外は防御力を上げておいたほうが良いだろう。
期待はしていなかったが、やっぱり罠にイノシシは落ちていなかった。
罠と言っても家の周りに堀を作り、底に木の杭を立てているだけ。
あとは家の周りを杭を並べた塀で囲んでいる。
出入りする時は堀に板を渡して橋にするのだが、大人のクマが乗ったら間違いなく大破する簡素さだ。
近くを流れる沢沿いを進めば麓の町まで行けるし、視界が開けているので野生動物も見つけやすい。
でもそれはお互いに逃げるためで、好んで襲いかかってくるヤツの方が少ないと
ビーネンさんは言っていた。
だが百メートルほど先で、サケを咥えたクマが俺をガン見している………。
「心配しなくても盗らねーよ。俺は肉が好きなんだ」
だが偶然にも食の好みが同じだったようで、ヤツはこちらをみながら立ち上がり、咥えていた魚を吐き捨てた。
立ち上がる前は自分の身長と同じくらいだと思っていたら、頭ひとつ分は大きそうだ。
跳躍しながら風魔法をまとい、落下速度を上乗せして大剣を叩きつける。
騎士科でやったら落下地点の地面は割れ、近くにいた人間が吹き飛ばされる威力だが、クマは剣を掴むように受け止め、真っ赤な目で睨みつけてきた。
金属を叩いたような、腕が痺れるほどの硬さだ。
「やっぱりお前、ブラッディベアかよ…」
興奮すると目が赤くなるのがブラッディベアの特徴だ。
攻撃後、すぐに後ろに飛び退いたが、初速はクマの方が速い。
そうなると上空に逃れるしかなくなる。
試しに風魔法を圧縮して刃のように斬りつけるとダメージは入ったものの、力が
抜けるほど魔力を失ったのを感じた。やはり遠距離攻撃は奥の手で、魔力を循環させる戦い方が性に合っているようだ。
肩を斬りつけられたクマは、頭を高く上げてにおいで距離をはかっているが、腕が下がって前傾姿勢だ。
レオンは剣先に魔力を集めると死角から速球のようなスピードで突っ込み、うなじに剣を突き立てた。
骨が砕ける感触とともに頭が反り返り、クマはそのまま前のめりに倒れた。
一頭倒すのに空っぽになるほど魔力を消費するのは効率が悪すぎる。
とりあえず食って魔力の足しにしようと倒したクマを担ぎ上げたら、背後から子犬のような鳴き声がした。
振り返ったが両肩にクマの腕を乗せて引きずっているので後ろが見えない。
すると足に噛みつかれた。
子熊だったが実家の犬に咬まれた程度の痛みしかない。
払うのも億劫だったので、二匹を引きずったままビーネンさんの家を目指した。
「……………足は無事…なのですぞ?」
「あぁ、これくらい何ともない」
「たとえ子熊でも我々が咬まれたら歩けなくなりますぞ。それを引きずって来られたと…」
「ウチの犬で慣れてるからな」
ちなみにレオンの家で警備にあたっている牛咬み犬の事である。
まるで慣れない闘犬と戯れ合う事が出来なければ、ヴェッティン家には踏み入る事さえ不可能だ。
当然お客様を迎える時は鎖でつないでおくが、子供の頃のヴィルヘルムはよく
突発的に遊びに行っては犬たちと戦っていた。
とりあえず獲物を引き渡したが、討伐対象のクマではなかった。
魔力量を考えると戻って休憩がしたいのだが、早速ハチの群れがクマを取り囲んでいて滞在を許してくれない雰囲気だ。
河原に戻ると子熊は、先ほどのクマが吐き捨てたサケを横取りしようとしていた
タカを追い払うべく走って行った。
「それはお前が食え。お前の母ちゃんが獲ってくれたヤツだ」
そしておもむろに川に向かうと、魔力を込めた大剣を寝かせて川面を叩いた。
数匹のサケが浮かび上がると、レオンは子熊に振り返り
「アレは俺の獲物だ。食いたけりゃ自分で獲れ」と凄んだ。
殊更にレオンは食べ物に関して容赦がない。
だがビーネンさんに借りた火起こし道具に手間取っている間に、一匹掠め取られた。
「おい!」
しかし得意げにサケの頭にかじりつく子熊にそれ以上は言えなかった。
翌朝出かけようとすると、すでに子熊はビーネンさんの堀の縁で待っていた。
そしてレオンの後をついて歩く。
まったく足りない朝ご飯を今朝もいただいたが、アレは前菜でこれからがメイン
ディッシュ。
昨日河原に作った石積の炉に、道中で拾った枯れ枝を投げ込み火をつける。
ビーネンさんに教えてもらった甲斐もあり、昨日より随分スムーズだ。
「それでこの肉…お前の母ちゃんなんだが食う…」最後まで聞かずに子熊は皮袋に食いついた。
「お前強ぇな」
弱肉強食が自然界のセオリーだ。そして自分もセオリー通りに追い出されているのだが……
ヴィルヘルムに敵わないのは解っていても、自分が唾をつけた獲物を横取りされたようで釈然としないのだ。
そしてレオンがフラストレーションを溜めている原因のひとつに、騎士科の生徒の立ち位置があった。
最初こそは活躍した愉快な騎士科たちも、最近は領内で持て余されているのだ。
力があっても建築技術はないし、出来ることは荷物運びくらいなので、本人たちが飽きてしまい、手合わせで怪我をしてドクターに怒られ、激流で泳いで漁師に怒られ、壁を壊して建築屋に怒られた。
だが彼らにも戦争が終わったら傭兵の仕事がなくなるのではないかという、漠然とした不安があったのだ。
そして追い出し作戦に失敗した騎士科生たちは、あまりグラシ領に来なくなっていた。
この山が異常とはいえ、害獣駆除くらい容易くできると思ってた。
気がつくと子熊は火にかけた肉串に手を伸ばしていた。
「お前、あんまりガッつくなよ。昨日食べ過ぎて腹こわしてたろ」
やっと倒した母グマだったが、毛皮を剥いだら随分痩せこけていたらしい。
ビーネンさんの話では足に古い咬み傷があり、狩りが下手だったのではと言っていた。
『それであのバケモノぶりとは恐れ入る』
「食うからにはお前も手伝えよ」こうして子熊はレオンの相棒になった。




