第68話 遊牧の民の宿命
「お待ちしておりましたのじゃ」
頭に羽飾りをつけた男性はにこやかに言った。
見ただけで牧歌的な生活を窺わせる皆さんは、とても穏やかに微笑んでいる。
しかし背景がどうにも物々しい。
『どう見てもカタギじゃない…』そんな印象を与える凶悪な面構えの家畜たちが
見下ろすようにコチラを見ている。
牛頭のように筋肉質な牛。殺気むき出しのヤギ。尋常じゃない目つきの馬。羊なのにモヒカンなヤツまでいるし、くちゃくちゃと何か嚙んでるコブのあるアイツは何者?
そして現在、事態は良い方向に向かっていない。
出会って三秒でヴィル様と牛が睨みあいを始めてしまったからだ。
「我々は強者に従いますじゃ」
強者には言葉以上に分かり合える言語があるとでも言うのだろうか。
とりあえずシュバイネハクセ語を話しているので、勝手に戦いだした人はほっといて挨拶をすると、大きなゲルに案内された。
あんな強面の家畜を襲う野生動物が国内にいるのだろうかと思ったら、被害者は
遊牧の民の方だった。
「我々は家畜と共に、悠久の時間を彷徨う一族なのですじゃ」
野生動物を避け、戦火を避け、肥沃な大地を求め、千年の時をさすらう彼らは、
まごうことなき迷子だった。そして、どこから来たかも分からないらしい……
領主が面会に同席してくれなかったのは、間違いなく押し付けたかったからだと
確信した。しかし、行き場のない彼らの苦労話は尽きなかった。
一族の歴史にやるせない気持ちになってしまったのか、一人また一人とゲルを出ていき、五分が経過したところで始まった族長の貧乏ゆすりは、
瞬く間に悪魔でも取りついたのかと思うほど、壮絶な地団駄になってしまった。
「可能な限り今の生活スタイルが維持できるように、こちらでも配慮いたしますので…」
慌ててなだめようとすると
「これは!これこそがっ!遊牧の民の宿命なのですじゃ!」
族長はそう叫びながら乳酒をバシャバシャこぼした。
「あ、歩きながらでも構いませんかのおぉ!」
「外に出られますか?」
すると族長は制止を振り切ってゲルを飛び出し、過呼吸かと思うような勢いで深呼吸をすると落ち着きを取り戻した。
早歩きをしながら話を伺うと『遊牧の民の宿命』とやらが見えてきた。
牧歌的な仕事風景なのだが、よく見ると全員の動きが妙にせわしない。
大人五分、子供十秒。それが彼らが動きを止めていられる限界。
それを超えると途端に落ち着かなくなり、横になると三秒で寝る。
さらに彼らは騎士並みの運動量を持っており、子供たちは楽しそうに馬と追いかけっこをしていた。
戦うためにツノや牙が発達した生き物がいるように
これが争いを避けるために、彼らが選んだ道だったのだろうか……
そして他領に行ってしまう原因も判明した。
人の代表は族長なのだけど、群れのリーダーは牛頭のようなマッチョ牛のフェルナンドなので、移動ルートを彼が決めていたのだ。
動物たちとの語り合いも無事済んだようで、平原にはひれ伏す家畜に囲まれて
ヴィル様が立っていた。
「おぉ、新しい長が選ばれましたのじゃ」
哀しそうな顔のヴィル様は粘液でドロドロになっていた。
「アイツ…ツバ飛ばしてきた………」
忌々し気な視線の先には、不遜な顔でクチャクチャと何かを嚙んでいる謎の生物。
やはり曲者はコイツだったか!
とりあえず汚れを落とそうと魔法の水を湧かせると、遊牧の民は途端にざわついた。
「ワッカウシカムイ!」えっ?なんて?
そして
「強き牡牛、フェルナンドに認められし御仁。我々は強者に従いますじゃ!」と
一族揃って平伏した。
……………引っ越してきませんか?って誘いに来ただけだったんだけどね…
引っ越し前に受け入れ準備をしておくと伝えたのだけど、
「群れは主に追随しますのじゃ!」と高速でゲルを畳み始めてしまい、遊牧の民はその日のうちにグラシ領にやってきた。
枯草の大地を目に写し、閉じた瞼を再び開けば、そこは青草茂る丘陵。
突然色づいた世界に族長は「ここは常春の国ですじゃ?」と慌てていた。
動物たちも到着直後は落ち着かなかったが、ヴィル様が睨みをきかせるとピタリと静かになった。
秋も深まる季節だが、グラシ領は温泉のおかげで地熱が高く、夏草ほどの勢いはないものの緑の草が騒めくように揺れている。
ここの住人には皆、何らかの仕事をお願いしているので、遊牧の民の皆さんには
領地を守る壁付近のパトロールをお願いした。
百頭を超える家畜を連れて歩くだけでも圧巻だし、領地を守る壁沿いに進めば相当な距離になるので草を食べつくす事もなさそうだ。
遊牧というと草を食べつくしてから次の土地に移りそうだけど、じっとしていられない性分から常に歩き続け、止まるのは食べる時と寝る時だけ。
そして宿泊に良さそうな場所を見つけるとゲルを張り、調理や裁縫や乳しぼりを
手分けして一気に行い、翌朝からまた歩き続けるらしい。
「新しい長の祝い!」と夕食に誘われたのだが、紹介されただけあって
彼らの家畜は(つまみ食った)王宮料理と同等レベルの肉だった。
もともと彼らが住んでいた領地のご子息に、引っ越してきた事を伝えるついでに
「領地ブランド肉として売り出したら?」と言ったのだけど、近隣トラブルの方が深刻なので彼らを引き取ってくれるならグラシ領産として売って構わないと了承をいただいた。
こうして晴れて領民となった遊牧の民の移動距離に合わせて、水場つきのキャンプ場を作り、夜間はそこを使ってもらうように勧めた。
町の中央に作った市場が始動し始めると、丘陵の集落にも役割が出来てきて、
石灰質が強い東北部は葡萄畑と酪農、南エリアは農業、そして畜産は遊牧の民の
担当になり「自給率が上がってきたぞ!」と喜んでいたところに、
遊牧の民から「猛獣が出た!」と連絡が入った。
うん。居るんだよね。一頭、市民権を持ってるヤツが……
どうやらグラシ領の住民は、一筋縄ではいかないヤツばかりのようです。




