第62話 鬼火
すごく遠くまで逃げたつもりだったけど、明かりさえあればセノーテまでは僅かな距離だった。
そしてレヴェンテ様は博士たちと一緒に泉のそばにいた。
「ご無事ですか?」
「それはこちらの台詞だよ。よくレオンから逃げられたな」
思ったよりリジー先生は元気そうだ。
「このネコさんに助けていただいて…」
明るい所で見たネコは、犬だったのかと二度見するほど大きかった。
「早急に移動しよう。さすがに泳ぐ季節じゃない」
レヴェンテに言われて気づいたが、私とネコ以外は全員ずぶ濡れだ。
「別ルートから脱出しろと言われたのですが近い方が良いですよね」と確認したら
「他を進もう」と揃って、私が戻って来たのとは違う洞窟に顔を向けた。
なんで?という顔をしていたのだろう、リジー先生は少し困った顔をした。
「ダールベルクの顔は見なかったのか?今度こそレオン死んだな」
先生の言葉にマルセルは身震いし、マルティナ博士は手を合わせた。
「えっ?どういう事ですか?」
「あふれた魔力が圧縮して、赤黒い鬼火みたいになってたのに気づかなかったか?聞いたことはあったが、実物は初めて見たぞ…」レヴェンテ殿下は血の気の
引いた顔をしている。
「イメージアップキャンペーン中なのに、また悪評が上塗りされるじゃないですか!」
「いや最高にイメージダウンしているからこそ、扇動したレオンに落とし前をつけさせる気なんだろう」
「………アイツも暴れてる所を見せたくないんだよ」
先生と殿下はもはや同情的…
いや、シュテルツェ組は心底関わりたくない顔をしているぞ。
隣国の王太子に何したんだ?あの人…
「暴れたりなんてしたら洞窟が崩落する可能性だってあります…」
ガッカリしている博士にハッとした。
「工期を縮めろって言われてるのに、町が壊れかねないじゃない!」
「魔術師さんは意外に器用ですが、凶戦士の彼はどうでしょうね…」
絶望的な声でマルセルが呟いた。
「急ぎましょう!」
我々は先程とは違うルートを走り出した。
ヴィルヘルムのおおよその位置を特定したレオンは、「魔術師を追い出す!」と
未だに息巻くメンバーに声を掛けつつ、湖近くの丘陵に急いだ。
ここの洞窟はセノーテにつながっていると聞いていた。
どこも同じような洞窟内で、待ち合わせができる場所など限られている。
レオンが一人洞窟に向かった後も、有志メンバーは賛同者集めに奔走していた為、その騒ぎがダールベルク夫妻の耳にまで入り、ふたたび洞窟から出てきた頃には
野次馬が集まっていた。
そしてその眼前で公開処刑は始まった。
砲撃のように叩き込まれる魔法で波打つように地形が変わる。
そんな集中砲火を駆け抜けながら、土煙に紛れてヴィルヘルムに飛び掛かったレオンは、振り下ろした大剣を避けられたうえで側頭部を蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられた。
魔法は発動までにラグがあるものも多く、魔術師最大の欠点は接近戦に弱い事である。そのため騎士は優れた身体能力をいかし、魔術師が魔法を発動させる前に距離を詰める事が、対魔術師戦のセオリーであった。
しかし、そんな戦い方を子供の頃から繰り返しているヴィルヘルムは魔法の発動
時間短縮はおろか体術まで習得していた。
当然のように競っていた相手はロルフ。言わずと知れたレオンの兄貴である。
すなわち、レオンがいかにイキろうが、戦場を知る者との差を突き付けられたに
過ぎなかった。
「なんだよ、アイツ。火力押しだけじゃなくて接近戦も出来たのか?」
「圧倒的な力を見せつけて、戦意を喪失させたのちに占領する。それが我が部隊の作戦でしたからね。
隊律を守らない者を同様に処していたのを住人に見られて、仕掛けることなく降伏した町もありましたよ」
ゲオルグの説明にダニエルは呆れた顔をした。
ひとりで大都市を更地にしたという話も、あながちウソではないのかもしれない。
多くの者が空を見上げて見守る中、後方から騒めきが広がった。
見るとソフィアたちが丘陵を登ってくる所だった。
そして間もなくソフィアは、ルーカスとダールベルク夫妻に囲まれた。
「ソフィア!今すぐヴィルヘルムを止めるんだ!」
「景観を壊されてはリゾート計画に支障が出る」
確かに天変地異のような光景だが、思っていたよりヴィル様は冷静だったようだ。
「あの山を潰さないと、ご希望の宿泊施設は建てられないのですが、計画書は
お読みになりましたか?」
ダールベルク夫妻はハタとした顔をしたが、ルーカスは何か言いたげだ。
「工期を縮めるのであれば、山を消し飛ばす勢いでなければ終わりません」
「だがこれは私刑…」
「王城で見た騎士科のトレーニングも、あんな感じでしたよ」
うしろでみんなが『嘘つき』って顔をしてるけど、これ以上ヴィル様を悪者にしない為にも押し通すしかない。
でも納得しないルーカスが声を荒げようとした時、上空に巨大な火の玉が現れた。
………前言撤回…やっぱり冷静じゃない…
「やめさせてぇ…」泣くエミリア様に
「直接声をかけられたのですか?」と聞いたら
「私の声なんて届くはずがないでしょう!」と逆ギレされた。
「案外待っていると思うのですけどね…」
仕方がなくソフィアも魔法を披露する。
両手の上に渦を巻くように現れた小さな水の粒は、水量を増やしながら不安定な
シャボン玉のように揺らめき集まった。
そして「そぉい!」と掛け声と共に投げられたソレは、パイ投げのようにヴィルヘルムの横っ面に直撃し、スリッパで引っ叩いたようなスパーンという音が響いた。
「…活動を停止したぞ」
「一発ビンタで緊急停止?」
「………あれ、紅茶芸だろ…」
野次馬が騒めきだしたその時、
上空に浮かぶ巨大な火の玉が唸り声をあげて空いっぱいに広がり、そして爆ぜた。
魔法障壁を張った者もいたが、ほとんどの者は爆風で木の葉のように吹き飛ばされた。
ダールベルグ夫妻とルーカスはトーマスとベリルに守られて無事だったが、そろって尻もちをついていた。
そして私はというと、ヴィル様の腕に包まれていた。
「おかえりなさい」
そう言うと、返事の代わりに腕の力が強くなった。それだけで十分だった。




