第61話 愛のかたち
ずぶ濡れで水中洞窟に潜り込み、洞窟散策を始めてからどのくらい経っただろう…
ヘッドライトを点けて先頭を行くヴィルヘルムの足元を、チェルが尾を立てて進んでいくが、後に続くふたりは着いてきた事を後悔していた。
「この洞窟はどこに出るんだ?」
「とりあえず町の中心部に向かっている。地上に出てから探査魔法でソフィアを
探して取り持ってもらうしかない」
「すでに愛想を尽かされてたらどうすんだ?」
その言葉に足を止めたヴィルヘルムは、ぎこちなく振り返り暗い顔を向けた。
「…そのために着いてきてもらったんだよ…
ドコのどいつが唆したのかは知らないが、シュテルツェと敵対して国益を損なえば、敵は俺たちだけじゃなくなる…」
「…紛争に巻き込まれてますよ。レヴェンテ様」
マルセルはあからさまに嫌な顔をしているが、レヴェンテも扇動者については考えていた。
「ソフィア嬢だって自領で好き勝手されたくはないだろう。そうなると覚悟が必要なのは、お前の方かもしれないぞ」
そう言うとヴィルヘルムは小さくため息を吐いた。
最悪の事態は想定しているようだが、どちらにしろ追い出される時点で旗色が悪すぎる。
そこに空気を震わすような音が伝わり、項垂れていたヴィルヘルムが目を見開いた。そして暗い顔をしていた男は、啓示でも受けたかのように目を輝かせて恋人の名を呼んだ。
「俺がここにいる事に気がついて、探しに来たんだ!」
泣きそうなほど頬を赤らめた乙男には、続くしらべは聞こえないようだ。
「…めっちゃDTって言われてますけど…」
「放っておけ。花を飛ばしている間は平和なんだから」
そして最後に一際大きな音が響き、ヴィルヘルムはハッとしたように顔をあげた。
「…待ち合わせ場所がわかったぞ」
「その割には浮かない顔だな」
花を飛ばされるよりずっとマシだが、急に正気に戻ったようだ。
「…………つくづく彼女には隠し事が出来ないようだ」
そう言ってヴィルヘルムは苦笑いをした。
ソフィアはセノーテの真ん中まで伸びる岩の上に立ち、一筋の光を見上げていた。
そのドーム状の石灰岩洞窟には一点だけ穴があり、スポットライトのような陽光がさした泉は青く輝く。
息をのむほど神秘的。だが、ただ一点
天井に開いた穴が、不自然なほど美しいハートなのである……
「ノミの跡がありますし、明らかに手が加えられています。
もともとは天然のセノーテのようですが、天井の穴を削った岩で光が差し込む位置まで桟橋を延ばしたんですね。まるでセットのような作りこみです」
岩壁を登りながらツラツラと解説をしてくれるマルティナ博士に追い打ちをかけるように「こっちに梯子と道具があったぞー」とリジー先生が叫んだ。
トンネル内に港を作る話が出て、すぐの調査でこのセノーテは見つかった。
ルーカスさんは「観光資源!」と雄たけびを上げたけど、見た瞬間にいくつもの
符号が一致した。
思えばヴィル様は、失踪前から何かを企んでいたのだ。
毎夜こっそり家を抜け出しては、数時間後に疲れた様子で帰宅して
お風呂に入り、こっそりベッドに戻る。
気づかないフリをしていたけど、気づかない筈がなかった。
私もだてに娼館付きの酒場で働いていない。
だからこそ、ソレが限りなく黒に近い行為である事に気づいていた。
でも家やネックレスをくれた時と同じように妙にワクワクしてたから、こっそり
何かを企んでいるのだろうと思って、サプライズの時は大袈裟に驚いてみせようと思っていたのだ。
だから密会現場を見せられて、眠れないほどショックを受けて、睡眠時間を仕事に充てたら、哀しみを紛らわせてるってヴィル様の浮気話と一緒に広がって、あげく婚約者候補を連れてこられてしまったのだ…
一言いってくれれば良いだけなのに、誤解されてる事にも気づかずに
ハートの穴を掘っちゃうのがヴィル様なんだよーーー!
本当は本人が連れてきてくれるまで黙っているつもりだったけど、どこも同じように見える洞窟の中で、これ以上がないほど待ち合わせに適した場所だった。
あとはモールスに気づいてくれていると良いのだけど…
感傷に浸りたいけど、ニマニマしている視線が気になって、ふたりが並んでいる泉の淵にもどる。
「待っている間に作戦会議をしましょう。工期を縮めろと言われているので、
お二方にもお知恵を……」
歩きながら話していると、暗がりから二人の背後に人影が現れ、
リジー先生が吹っ飛ばされて落水した。
「やめて!」
叫んだ時には、抱えられたマルティナ博士は宙を舞っていた。
「博士!」再び叫ぶのと水柱が上がるのは同時だった。
博士はすぐに浮かび上がって来たけど、殴り飛ばされたリジー先生が浮いてこない。だが飛び込むより先に捕まった。
「レオ!離しなさい!」
「水に落としただけだ。死んでない」
「浮いてこないじゃない!」
幸い、もみあっている間にマルティナ博士が助けに行き、程なく浮かび上がった
リジー先生は咽てはいるが無事なようだ。
「いきなり何を…」
「ヤツが来る前に行くぞ!」
「おろして!」
目が据わっている。こうなったレオンは常に最悪のケースを選んでしまう。
こんな狭い場所で鉢合わせてバトル展開にでもなれば、生き埋めになりかねない。
抱き上げられたまま、マルティナ博士に視線を送ると、通じたのか手を挙げてくれた。
レオンは洞窟を少し進むと、ライトを取り出すために立ち止まり、ポケットを探りだした。
逃げるとしたら今なのだろうけど、明かりもなしに逃げ切れるとは思えない。
だがレオンの横顔の向こうに、ふたつの光が現れて、体当たりをするようにぶつかった。
驚いて落としてしまったライトが滑るように転がる音がして、レオンの意識が
そちらに向いた隙に逃げ出すと、少し先で二つの丸い金色が光っている。
そして「にゃぁ」という声に弾かれるように駆け出した。
少し進んでは振り返る金色の光を追って、闇雲に足を動かす。
金色はおそらくネコなのだろうけど、近づいているのかさえ判らない。
さっき後ろで倒れる音と呻き声がしたので、レオとの距離が出来ていることを祈るだけ。
でも暗闇で走るのはやっぱり人間には不可能で、思いっきり壁に体当たりしてしまった。
痛くてしゃがんでいると戻って来た金色がコチラを見つめた。なのでそこからは岩を伝うようにしてネコを追う。すると背後からレオンの声が聞こえてきた。
息を殺して岩に貼りつき、目をつぶって祈ると、同じように手探り状態だったレオンは気付かずに通り過ぎていった。
止めていた息を吐き出して、ただ気配が遠のくのを待つ。
そしてセノーテに戻ろうとした頃には真っ暗闇で方向感覚もなくなってしまい、
いつの間にかネコまでいない。
『置いて行かれた……』
セノーテから一番近い出口までの距離はさほどないが、いくつか分岐があって明かりもなしに進むことは不可能だ。
絶望感に打ちひしがれていると、再び足音が近づいてきた。
レオンが戻って来たのかと小さくなっていると「にゃぁ」と子猫のような声がした。
声の方を向くとふたつの金眼が人懐こく擦り寄ってくる。
ネコを抱えたまま足音が過ぎるのを待とうとしたら、床を照らす明かりがすぐ側を通った。
すっかり隠れているつもりになっていたけど、どうやら私は岩の窪みに貼りついているだけらしい。明かりがあれば即バレしてしまう。
『どうしよう…』
揺れる明かりと共にコツコツと足音が近づく。
そして隠れている事など理解してくれる筈もないネコの鳴き声に、
声にならない悲鳴を上げる。
しかし暗闇から聞こえてきたのは懐かしい声だった。
「ソフィア、そこにいるのか?」
「…………はいっ!」ホッとしすぎて涙が出た。
感動の再開に両手を伸ばしたが、優しく受け止めてもらえる事はなく、
伸ばしたその手に冷たいヘッドライトが乗せられた。
「セノーテにレヴェンテ達がいる。合流して別ルートから脱出しろ。ヴルフ博士には話してある」
「…へっ?」
そして蛍のような赤い光がまとわりつくように現れると、ヴィル様は行ってしまわれた…。
「……………そういう所ですよ。ヴィルさま…」手の中のライトに涙が落ちた。




