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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第四章 魔術師追い出し作戦編
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第58話 聖典

「あー…誰も死んでねぇか?」

「…生きてます…まるで屍のようですが…」


結界を伝った雷は内部の人間にも影響を与えた。

巨大火球が撃たれた時点で、多くの学生たちが一度は逃げ出した。

しかし防護壁がソレを見事に防いだので、調子に乗って塀の上で小躍りする者まで現れた。


場を盛り上げるには良かったが、おかげですっかり油断をしてしまい、ほとんどの者が第二撃をまともに食らい、結界に距離が近い関門や塀の上にいた者たちは、

こぞって跳ね飛ばされた。

魔法障壁を張れずに塀から落下した者が大部分のようで、思った以上に被害が大きそうだ。


だが流石というべきか防護壁は無傷のようで、結界越しに見える空には、うっすら虹色に染まる雲が浮いていた。



「雷撃を通すとは…盲点…櫓に避雷針つけるかなぁ…」

技術開発部はダニエルとヴィルヘルムの趣味のせいでコストが増えていると一部で言われているが、実用性があるので文句が言えない現状がある。


「…体力の…ある、騎士は…起きられそうですよ…捜索に…当たらせますか…?」

「…引き分けでいいんじゃねーか?」

ダニエルが体を起こすと、仰向けのヨハンは嫌な顔をした。


「結界のデータは取れたろ」

「ですが…容疑者です…」


「婚約もしてねぇしなぁ…

それにアノ野郎が浮気とか考えられねぇんだよ。嬢ちゃんも満更でもなさそうだしな」

「スパイ容疑の方ですよ!」

すると悔しそうなヨハンの元にレオンがやってきた。


「ヤツを追わないのか?」

「…動けるなら行ったらどうだ…」

「じゃぁ、遠慮なく行かせてもらう」レオンはニヤリと笑って立ち去った。


「アイツ、よく嬢ちゃんに張り付いてるヤツだろう?殺気むき出しじゃねぇか…」

「アカデミーで噂を広めたのもアイツですよ…千載一遇のチャンスとでも思ってるんでしょう」


「学生なんだから、ままごとみたいな恋愛しろよ。これじゃぁ、アノ野郎の方がよっぽどピュアじゃねぇか!」


「無知の間違いでは?」

「無知である事を認めるのも大事な事なんだぜぇ」

ダニエルにとっては何気ない一言だったが、ヨハンには子供扱いされているようにしか聞こえなかった。



小さな頃は、本当にわずかな成功で褒められた。

それが嬉しくて進められるまま、あらゆる事を吸収した。


でもはじめて読む本が一番楽しいように、内容を覚えてしまえば楽しさは薄れていく。

貪欲に知識を得ようとしたが、知識が増えるほど目新しさのなさに辟易とした。


同じような話題、同じような食べ物、虚栄を貼りつけた同じような笑顔。


知ることが楽しいのに、知るほどに世の中が似たり寄ったりに見えてきて色褪せた。

何がそんなに楽しいのか。楽しそうなヤツを見るとムカついた。


彼女はそんなひとりだった。


社交界でも貴族辞典でも、アカデミー関係者の名簿にも、その顔と名前は記載されていなかった。

どこから湧いたかわからないソレは、悪名高い公爵子息の婚約者らしい。


何にも知らない庶子は生贄に選ばれたとみえて、護衛は守るというより逃がさないため。

彼女にちょっかいをかけようとした令嬢が護衛に返り討ちにされ、よほど怖い目に遭わされたのか社交界にも出てこられなくなったとウワサになっていた。


直ぐ近くでそんな事が起こっているというのに、気づいてさえいなさそうだ。

見るたびに楽しそうな彼女は嫌悪の対象でしかなかった。


しかし王太子の結婚式で信じられないものを見た。

悪魔と呼ばれていた男が幸せそうに彼女と踊っていたのだ。


同じ感想を持ったのは自分だけではなかった。

生贄という声が、そこら中からあがった。


知らないから楽しいのだ。

だが一緒に踊る男が楽しそうなのは何故なんだ。


無知な奴にものを教えるのは、そんなに楽しいのだろうか…


読み尽くしたと思っていた本棚に、読んだことのない本を見つけたような高揚感を覚えた。



…ようやく体の感覚が戻ってきた気がして、起き上がり手を握った。

「クソッ…まだ痺れてる」

「無理せず寝てろ。まだチャンスはあるさ」


ダニエルの常に変わらない呑気な言い方に舌打ちすると、ヨハンは地面を殴りつけた。




状況を楽しむかのように、風を切るヴィルヘルムは鼻歌交じりだった。


「お前ってホント非常識だよな」

「でも早いだろ?」

「…………」

三人と一匹は倒壊した四阿の柱を川に浮かべ、バナナボートのように遡上していた。動力は風魔法だ。


「人を乗せるのは初めてだから振り落とされないようにしてくれ」

チェルは落ちないようにレヴェンテとマルセルの間に挟まっている。


「以前もやった事があるのか?」

「南部地域で物資を運ぶ時にな。避難場所が川辺だったから、この方法が一番早かったんだ」

「どうりであの町はシュバイネハクセへの当たりが弱いワケだ…」


柱は蛇行する川を大きくカーブすると、領地の北側エリアに入った。


「この先の洞窟から侵入するんだが、水量や波で入口の高さが変わるんだ。

だから合図をしたら伏せてくれ。このスピードで岩壁にぶつかったら、間違いなく首がもげる」


「ヒィッ」マルセルが悲鳴をあげてチェルを抱えるように体を倒す。


「間もなくだ。這うくらいの気持ちで伏せろ!」

「待て、アレか?アレはただの窪みじゃないか?」

「入口は狭いが中は広い」

「とても入口には見えないぞ!」だがヴィルヘルムは本当に腹ばいになってしまった。


「下がれ!マルセル!」

「落ちます!これ以上は落ちますから!ヒィ‼」

マルセルのフードが引っかかって破ける音がした。


柱を抱えて半分水に沈み込み、息を止めてくぐった先は、不思議なほど大きな水中洞窟だった。


「…洞窟なのに、なんで明るいんだ?」

「ここは石灰岩の白い色が太陽光を反射させているんだ。だが、ここから先は明かりが必要になる」


岸に近づくとヴィルヘルムは角材の上に立ち、岩の上に飛び乗った。

レヴェンテも続いたが、チェルを抱えていたマルセルは落水。

チェルはそんなマルセルを足場に飛んだので無事だった。


「光るのは岩のせいだけじゃないな。夜光虫がついてる」

「溺死体を食うヤツだな。そんなものも生息していたのか」


感心する二人にずぶ濡れで光るマルセルは

「お役に立てて光栄です」と不機嫌そうに呟いた。


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