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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第四章 魔術師追い出し作戦編
53/117

第53話 渦中のひと

中央にドームを持つゴシック建築のシュテルツェ城は、暗闇でうねるように流れる大河を丘の上から見下ろしていた。


ファサードの上部には歴代統治者の像が並び、広大で繊細な建物を守るように鎮座する獅子の像を、ヴィルヘルムは疎ましげに睨んだ。


「まさかコレは文字なのか?」

像に彫られた綴りには不思議な形が並んでいる。


話し合いに来たのに、まさか言葉が通じないとは思わなかった…。


大陸の中央に鎮座するシュバイネハクセは、年中周辺国と揉めては国境線の位置を変えている。

そして侵略した場所でシュバイネハクセ語を広めたため、その使用エリアの広さから大陸の公用語はシュバイネハクセ語になっていた。


ヴィルヘルムもシュツルツェ語が難解なのは聞いていたが、戦中で担当地域だった南部ではシュバイネハクセ語がほぼ通じたので気にもしていなかった。

それが東部の王都に近づくにつれニュアンスしか通じなくなってしまった。


つまり、なんとなく止まれと言われ、馬鹿にされているような雰囲気で喧嘩になり、拳で語り合った結果、行く先々に兵士が転がっている状態である。


前もって入手していた見取り図で居住エリアの検討はついている。

あとは乗り込むばかりだが、深夜なので城内の者を起こさずにレヴェンテに直接会う方法を考えていた。




せわしなく戸が叩かれ、返事をするとマルセルが飛び込んできた。


「起きていますか?レヴェンテ様」

「いま起きた。どうした?」


「フロイントと名乗る男がレヴェンテ様を狙って乗り込んできたようです」

「……………こちらの被害は?」

「怪我人多数!」


「殺してないなら牢に案内してやれ。話は明日聞く。あと、念のためネコを連れてこい」

「ネコ…ですか?」

「あぁ、大量にだ。急げ」

マルセルは首をかしげながら走って行った。


素早く身支度を整えながら考える。

『下手に動く方が危険か?』するとベランダから小さな音がした。


そしてガラスの隙間から手が差し込まれ、慣れた手つきで鍵を開けると

「邪魔をする」と言ってヴィルヘルムが現れた。



「邪魔だよ。帰れ」

「到着が深夜になってすまない」

「招いてねぇし、不法侵入のうえに器物破損だぞ」


「届けものがあるのだが…」

そう言ってヴィルヘルムは、ベランダに結んであったロープを手繰りだした。


「本当に話を聞かないんだな。言葉の壁以前の問題じゃないか」

「確かにお前の友人(フロイント)だと言っても通じなかった」

ヴィルヘルムは本気で困った顔をしている。


レヴェンテは

「夜中に三角割りして訪ねてくるヤツとは友達になれねぇわ」とキレ気味に言った。


グラシ領でのやりとりで、ヴィルヘルムがソフィアに頭が上がらないのはバレている。

正確には、ヴィルヘルムはソフィアにしか扱えない全自動魔術兵器なのだ。

ソフィアが頼めば国すら滅ぼすが、ソフィアに嫌われると思っただけで無力化するポンコツ。


諸刃の剣だが、砲台をどっちに向けるかというだけの話なので、ソフィアと友好関係を築いておけば盾になろうとするコイツはこちらに背を預け、攻撃はシュバイネハクセに向く。


誤算だったのはソフィアとだけ親しくなりたかったのに、隙間に入りたがるネコのように、コイツまで割って入って来たことだ。



「とりあえずコイツは引き取ってもらう」

ベランダの手すりに乗り出すようにしてヴェルヘルムが引きずり上げたのは、

白目をむいた若い女性。


「シュテルツェの王太子妃が送ってきた刺客だ。お前、国境に愛人を囲っている事になっているぞ」

「なんだと⁈」


そこにマルセルが戻ってきた。

「レヴェンテ様、連れて来ましたけど⁇」

数人の部下が抱えた猫が腕から逃げ出して、一斉にベランダに向かって走りだした。


そして猫に飛びつかれ驚いたヴェルヘルムは、くしゃみの拍子で女性を下に落としてしまった。




「この情報を知っていればシュテルツェの領地は確実に増えていたな」

「………友達に対する…仕打ちじゃない」

「友達じゃねぇからな」


魔力を封じる塔の牢屋に、縛られたまま一晩転がされたヴィルヘルムは、

ネコに囲まれ泣いていた。


「羨ましいくらいモテモテじゃないか」

牢の入り口をくぐり床に座ると、レヴェンテの元にもネコが駆け寄って来た。


「…城になんで…こんなにネコがいるんだ?」

「可愛いだろ?ネズミも捕るし働き者だ」

抱き上げたネコを顔の前に突き出すと、ヴェルヘルムは「ぷしぃ」と情けない声をあげた。


「何だソレ?くしゃみか?」

「…かゆい…ヒドイ…ぷちゅん…」

まぶたが腫れて赤くなり、くしゃみと鼻水が止まらない。


「毛でかぶれるのに、ネコには好かれるんですね…」

マルセルは牢には入らず、柵の向こうから気味悪そうに呟いた。


「魔力はスゲーが当人はヘタレらしいからな」

「誰からの情報だ…」

「お前の婚約者だよ。かぶれるのにネコが好きな可愛い(ひと)だと言っていたぞ」


「…ソフィアぁ…ぷしぃ…あー…」

ヴィルヘルムは涙と鼻水でグシャグシャだ。


「お前、同一人物なんだよな?…悪魔と呼ばれた魔術師と…」

レヴェンテに言われてヴィルヘルムはピタリと動きを止めた。


「機密事項だ」

「鼻たらして凄まれても怖くねーよ」

まぁ、偶像と実像がかけ離れている事など、よくある話だ。


「シュテルツェ語を知らないという事は、お前は東部地域に侵攻していなかった

ワケだな」

「黙秘…」

「王国最大の厄災と言われている、南部の大火を知っているか?」

表情こそ変わらなかったが、頬がわずかに強張ったのをレヴェンテは見逃さなかった。


「すべての住人と物資を川向うに逃がしてから、戦力差を見せつけるように町を

更地にしやがって…

あの百万都市を人的被害を出さずに戦意喪失させた手法は、見事としか言いようがなかったぞ」

「…………………そうか…」

平静を装っているが、安堵にも似た響きだった。


魔法で住人を脅し、逃がしながら進行した南は、見事に更地にされてしまったが、一般人への被害が驚くほど少なかった。

そして悪魔が降臨したと言われたのは東部地域だった。


「…それで刺客の話…っしょん…」

「あー…締まらねぇなぁ」

起こしてやるとネコから距離が出来た分、少しホッとしたようだが、ネコの方は

お構いなしに膝に乗る。


「お前、よっぽど気に入られたな…」

昨日からずっと、長毛種のデカい猫が側を離れない。

リンクスティップが目の前で動くので、ヴィルヘルムが顔をしかめている。


「そいつ、連れて帰るか?

よし、名前をつけてやる。プシィアチェル。

シュテルツェ語で友達だ。お前のくしゃみみたいだろ?」


「シュバイネハクセ語と全然違うじゃないか…」

「お前の名前がフロイントだと思われてたぞ」


「それより例の諜報員だ!

他国の王族がらみじゃ勝手なことをする訳には…ぁぷちぃ!あー…」


「拘束を解いてやるから鼻をかめ。暴れたらネコ吸わせるぞ!」

「拷問は国際法に違反する!」

「ご褒美じゃねぇか」

レヴェルテは近くにいたネコを捕まえると、ヴィルヘルムの顔に押し付けた。


「目がぁぁぁぁあっ‼」

ヴィルヘルムは床を転げまわった。


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