第49話 嵐の予感
立体マップを元に街づくり計画は進められた。
イメージしたのはかつて閉じ込められた、鉄壁の結界でぐるりと周囲を囲んだ
リバーサイド掘っ立て小屋だが、ヴィル様の魔力をもってしても全域を囲むのは
不可能だったため、新たな魔道具の開発が進められた。
盆地をいかして二か所に堅牢なゲートを設置し、それぞれを帝国と王国が担当する事でこの町自体を関所とし、協力体制とコスト削減の両方に成功した。
ただ帝国がシュツルツェ兵を置くことに難色を示したので、レヴェンテ様が連れてきた腕っぷしの強い村人がシュテルツェ側を担当している。
地元住民が地下の石灰岩洞窟をワインセラーにしていたので、アカデミーに地質調査が出来る人がいないかとバウアー教諭に聞いてみたら、本人が乗り気になった。
「更地も同然の領地開拓をイチからやるんだろ?面白そうじゃないか」
彼女の行動原理は面白いかどうかに尽きる。
食料自給率も上げたかったので、非常にありがたい申し出だった。
そしてご紹介いただいた地質学のマルティナ・ヴルフ博士の手を借りて調べたところ、丘陵に大量の地下水がある事がわかり、廃墟になっていた館跡に井戸を掘ろうとしたら温泉が湧いてしまった。
だがこれによりグラシ領温泉保養地計画が一気に進み、水質調査が大好きなビルング准教授までやってきた。
温泉街に医療に強いビルング准教授がいる。
貧民街の衛生環境を何とかできないかと常々思っていたので、ヴィル様にインフラ工事に強い方を紹介してもらい、上下水道の整備に取り組んだ。
アカデミーで週末アルバイトを募集したら騎士科と生産学科、建設学科から手が
上がり、バイト代が安い分を炊き出しで賄っていたら、地元住民も混ざりだし、
釣った魚を売りに来る子供まで現れた。
はじめは有志だったものの、人数が増えると雇用契約が必要になり、
ダールベルク家家令のトーマスさんにも応援に来ていただいた。
膨れ上がる借金が気になるけど、ダールベルク公爵に『お義父様呼び』をすれば
利息は取らないと言われ、ダールベルク家は完全にパトロンになった。
予算削減のために魔法で掘り起こした岩を風魔法でカットして石畳を敷いたり、
発明品の実験という名目で試験段階の魔道具を使用させてもらったり、
生産学科で増えすぎたヒヨコをもらってきたり、
近隣の村で不要になっていた風車など、中古品を集めては直しまくった結果、
いい感じに鄙びた風景が出来上がってきた。
さらにバウアー教諭の指導の下、灌漑事業や農地開拓も進められ、グラシ領は
アカデミーの大実験場と化した。
「ここは帝都と違ってのんびりしているし、退職して移住しようかなぁ」
炊き出しの芋煮を食べてご満悦のバウアーの隣で
「のんびりで穏やかなのがシュテルツェ人だからな。グラシ領民の気質はまさに
ソレだ」とレヴェンテが言った。
「レヴェルテ様、気にかけていただけるのは有難いのですが…よろしいのですか?こんな所で鍋突っついてて」
「こんな所じゃないと気が抜けねぇの!
城ではどうしたって王族の顔をしなきゃいけないし、妻は育ちのせいかお堅いものを望むし…俺も息抜きする場所がほしいんだよ」
そう言いながらもレヴェンテ殿下の服装は、ラフなのに生地と仕立ての良さが素人目にも解る、ザ・ロイアリティ。
人って自分が立ってる所を標準と考えるものだから、恵まれてるのに気づいていないのかもしれない……
「むしろ殿下よりマルセルさんの方がカッチリしてますもんね」
「王は国の象徴であり、従者も品格が求められると厳しく育てられましたからね。
なのに上司がコレですよ。外遊先で王太子と間違えられた時は流石に帰りたくなりました」
「でもマルセルだってホントは堅苦しくない方がいいんだろ?
そもそも仲間意識が強いのがシュテルツェ人なんだよ。帝国人は北に行くほど、気位が高くなるけどな」
「人によると思いますけど…」
「常に自分が正しいと思ってて、偉そうなのが帝国人じゃないか」
「まさにダールベルクだね」バウアーに言われて、むせそうになる。
「あの人は…心の機微に疎い所もありますが…よく言えば合理主義…」
「空気が読めないだけだろ」
「実際馴染めてないよなー。ソフィアが声をかけないと、いつもボッチじゃないか」
「ひとりで何か作るのが好きみたいなんですよ」
「でも明らかに声かけてもらうのを待ってるよね。ちょうど来たから呼んでみな」
「母親の気を引きたい子供みたいな顔するんだよな…俺は暴れてる印象が強すぎて寒気がするが…」
隣でマルセルが激しくうなずいている。
呼ばれた時の顔……
耳としっぽの生えたすまし顔が安易に浮かぶ。
でも呼ぶより先に、山盛りランチを抱えたレオンが視界を塞ぐように目の前に座ってしまった。
「ここにも譲らない帝国人が居た!」
「なんの話だ?」
爆笑のふたりにレオンはキョトンとしている。
「ダールベルクがボッチだからソフィアに優しくしてやれって言ってたんだよー」
笑いすぎて泣いてるバウアーにレオンは事も無げに言った。
「そんな事ないんじゃないか?最近女の人とよく一緒に居るし」
「えっ!」
バウアーとレヴェルテは同時にこっちを向き、急いで食べ終わろうとしていた
マルセルが噴きそうになった。
そしてレオンはチラリとこちらを見ただけで、ランチに視線を戻してしまった。
「…………………………………ぇっ?」
遅れて言ったけど、誰も返事をしなかった。




