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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第三章 誰がための鐘編
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第44話 闇夜のともしび

王城は最大級の警戒と異様な熱気に包まれていた。

戦争の英雄でありながら汚点のように扱ってきた筆頭魔術師が、突如反旗を翻したのだ。


最初は婚約者をシュテルツェの人質に差し出せと言われ、大臣に直接抗議したことが発端だったが、苛立ちから爆発寸前まで膨れ上がった魔力に恐れをなした重鎮たちが攻撃命令を下した為、日頃よりヴィルヘルムに不満を持っていた魔術師と騎士が競うように攻撃を実行したのだ。


それはまさに悪意ある他責(フラストレーション)の大放出であった。


大臣が命じた言葉は「殺せ!」だった。

捕縛を促す言葉だったら、まだマシだったかもしれない。

ヴィルヘルムの膨大な魔力に恐れをなした一人の近衛騎士が斬撃を飛ばしたのが

キッカケだった。


慌てて議場を走り出たヴィルヘルムが扉を閉めると、分厚い扉に当たった斬撃は、いくつもの白刃を残し、切り刻まれ崩れ落ちた。

廊下を走る後ろから、いくつもの斬撃が追ってきて壁や床をえぐり、絨毯や絵画を裂いた。


射程距離の短い騎士なら逃げきれるが、万が一魔術師が屋内で魔法を使えば、間違いなく人的被害が出る。そして先頭を走るザイン近衛師団長とは個人的にやり合いたくない。

そう思った瞬間、背後から剣圧を感じ、ガンギマリの目をした大男と目が合った。


振り下ろされたザインの長剣が袈裟切りに空を切ると、たちまち壁がなくなった。

その隙に外に飛び出したが、後から跳躍したはずのザインの方が高い位置を飛んでいる。

そして再び繰り出された斬撃を受けた城は、スイカのようにバックリ割れた。


だが外に出られれば、風魔法で逃げられる。

しかしここで魔術師たちも出てきた。


まさに集中砲火と言わんばかりの数の暴力。

攻撃魔法と斬撃は、当然ひとりで捌く事などできず、結果として被弾して折れた尖塔が城壁に落下し、鉄壁の防御と言われた城郭の一部に穴を開けた。


幸い、冷静さを残していたヴィルヘルムが空に逃れたので、それ以降の被害は抑えられたが、流れ弾のいくつかは城に当たり、程なく城内に避難勧告が発令された。


自分が攻撃されているにも関わらず被害を食い止めようとしたヴィルヘルムは

全ての攻撃を受け止めるべく闇を背負い、抵抗する事なくただそれを吞み込んだ。


攻撃を喰うほど膨れ上がる闇はシミのようにジワジワ広がり、物理攻撃が通らないと悟った者たちは次々と矛を収めたが、

殺気むきだしで一心不乱に攻撃を続けるヴィルヘルムの補佐官に、同情の念が集まった。


そして遅れてやってきた技術開発部は、そもそもの方向性が違っていた。


「出力を最大にしろ!壊れても構わねぇから」

「マイヤー開発部長!砲台の前に城壁が崩れますよ!」

「何言ってんだ。技術開発部の最大火力を試すチャンスじゃねぇか」

「そもそも攻撃が効くんですかアレ?」


「それを知りてぇから撃つんだよ。未承認のヤツも全部持ってこい。

強力すぎるから認可できない?ぶっ壊す意外に兵器にどんな使い道があるってんだよ。なぁ!」



お祭り騒ぎの地上と違い、ヴィルヘルムはひとり闇の中に浮いていた。

攻撃魔法も斬撃も、開発中の兵器も、全てを貪欲なほどに呑み込んだ闇は重く垂れこめ、空を覆うばかりに広がった。光をも飲み込む暗闇は、哀しみの果てに口を開けた穴のようだった。


『音もない…溶けてしまいそうだ…』

水底に向かって沈みながら、ゆれる水面を眺めるように景色が揺れてぼやけていく。溢れだした魔力は制御が効かない事態に陥りかけていた。


『手放せば終わる……すべて…おわれ…』

そしてだらりと前に伸びた手が視界に入り、それが自分のものではないように見えた。


『……傷がない…これは戦場を知らない…白い手だ…

戦わないなら……この手は…なんのためにあるんだ……


……この白い手がつかむもの……』

意識は手が伸ばされた方向に落ちて行った。



レヴェンテ殿下に許可をもらったソフィアは、客室のベランダから空に向かって

手を伸ばした。するとほどなく闇が漏斗雲のように伸び始めた。

竜巻のようにベランダに降り立ったそれは徐々に闇を吸収し、やがて一塊の靄になった。


そして突然闇から腕が生え、ソフィアを掴んで引きずり込むと、近くにいたレヴェンテを赤い目で一瞥し、霧散するように消えてしまった。


「…………アレは人なのか?」

「ヒト型だとしてもバケモノですよ……」


「………俺は()()に負けたのか…」

つぶれそうなほどの魔力の威圧から解放されて、レヴェンテは深く息を吐いた。


「よかったじゃないですか。冥府の王に居座られることが避けられて」

「あれは…戦力の一部どころではないぞ……」レヴェンテは悩まし気に頭に手をやった。


「作戦を変える。冥王の妻(ペルセポネ)を懐柔する」

「…………………………本気ですか?」

「どのみち手ぶらじゃ帰れないんだ!」レヴェンテはやけっぱちのように叫んだ。




垂れこめた空を見上げながら王太子フリードリヒはため息をついた。

「せっかく取り付けた約定を、交渉材料が自ら反故にするとは…」


「だが要望を取り下げたのは先方だ。こちらに非はあるまい」

「脅して取り下げさせたのだぞ!」

あまりに真剣なフリードリヒの言い方にカーラはつい吹き出した。


「すまない…この展開は…予想していなかった…」謝罪しつつも笑いをかみ殺している。

「でも結局は君の望んだ通りになったじゃないか。これで満足かい?」

「何に満足するかは、本人が決める事だ」


貴族の婚姻など政略が絡むのが当然だ。なのに余りの我儘ぶりにため息しか出ない。

「たった一人の犠牲で多くの者が救われるんだ。考えるまでもないだろう?」


するとカーラは口元に笑みを浮かべたまま

「捨てる命が私でも、お前は王太子としての選択をするのだろうな」と言った。


そして、それに答えるより先に

「それでこそ私の夫だ」と目を細めた。


間違っているとは思わない。

だが、そう言わせてしまう事に、少しだけヴィルヘルムを羨ましく感じた。


「私にとって君は、替えの効かない唯一だよ」

暗い空に星がひとつ輝いていた。


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