第37話 裏方騒乱
大通りを挟んだ王城の丘の真向かいで、天を突きさすほどの存在感を示すのが
帝都のシンボルともいえる大聖堂だ。
この塔の鐘の音が日に三度鳴り、王都に時を告げる。
子供の頃からこの鐘が聞こえるたび仕事の手を止めて祈っていたので、すっかり
習慣になっている特別な音色だ。
聖堂の外観は石造りでありながらレースのように繊細な彫刻と薔薇窓で飾られ
広々とした内部は宗教画が描かれた柱に支えられたアーチ天井。
そしてステンドグラスの窓からはモザイク画のように色とりどりの光が降り注ぎ
パイプオルガンの調べで祭壇にいざなわれる…というのは親戚の結婚式で入った事があるというフッガー公爵令嬢の情報である。
事あるごとにヴィル様を悪く言うのはいただけないけど、何も知らない私としては、彼女の情報は大いに助かっている。
さっき祝砲が鳴ったから、きっとカーラ様は馬車で大聖堂へ向かっているはずだ。
美しいドレス姿を思い起こしながら、夢見心地の私はひたすら芋をむいていた。
夜明け前から芋むいて、疲れたら野菜を茹でて、また芋をむく。
この国の料理はとにかく芋が多い。
庶民なんて芋をおかずに芋を食べてる状態だし、付け合わせも必ずと言っていいほど芋が添えられる。
また近隣諸国も芋食らしく、朝からむき続けているというのに芋に暇いとまがない。
そして負けないくらい大量に作られているのがケーキ。
明らかにパンよりケーキが多い。
むしろ王族はケーキを主食に芋を食べてるのかと疑いたくなるレベルだ。
そしてやはりトラブルは起きる。
「ちょっと!クルミが足りないんだけど!」
足りるはず!昨日のうちにバケツ二杯分も余計に用意した!
たぶん見栄っ張りの料理人が多く入れちゃったんだよ!なんて言えるはずもなく
不遇な皮むき係はナイフをハンマーに持ち替える。
そしてやり場のない怒りをクルミに叩きつける。ここはまさに戦場であった。
各国の要人が集まる式に警備も万全を期していた。
要所はもちろん、城壁や沿道にも等間隔で兵士が並び、目を光らせていたが
大通りから大聖堂に向かう道には多くの市民が詰めかけ、混乱していた。
「おい…うまそうだな、レオ」
「お祝いだってもらったんだ。兄貴ももらってきたらどうだ?」
近衛衣装を着せられたレオンは嬉しそうに大きな渦巻きソーセージをほおばっている。
「祝い事に便乗しているヤツは追い出せよ!」
「でもソーセージくれたし…」
「それが手なんだよ!そういう奴は大抵なにか売りつけてるんだ!」
「ほら、あそこでもらったんだ。ストリートパーティだって」
「ヒスイと喧嘩してるじゃねぇか!いくぞ!」
「わはった。今いふ…」
「早く食っちまえよ!」
人ごみをケンカしながらかき分けるヴェッティン兄弟を眺めていたマルセルは
「ゆるっ…」と呟いた。
要人は式に出席するが、同行者とはいえ付き人は入れてもらえなかったので探索中。兵士は人数こそいるが、お祝い気分な者が少なくない。
「問題は魔術師の方か…」
沿道は騎士が守っているがその内側に結界が張ってある。
警備の都合で、一定以上の魔力を持っていれば行き来は可能だが。出入りしているヤツを、さらにチェックしている者がいる。
今はほとんどの要人が大聖堂に集まっており、最も注意すべきはそちらの筈だが
どうやら監視役は城にいるようだ。
『教会内はレヴェンテ殿下にまかせて、城を探索するか…』
マルセルは人ごみに姿を消した。
「コイツだ。妙な動きをしている」
ヴィルヘルムは城門を見下ろす部屋で立体マップの駒に識別マークをつけ、すぐに刺客を送った。
不審な奴が数名。確認がとれている全ての者が他国の従者や護衛だ。
ほとんどが大聖堂側についているが、王城を徘徊している奴の方が厄介そうだ。
監視をつけ、使用人の動きを制限したが、そろそろ式も終わる。
そして人の押し掛けた沿道では未だに騒ぎが収まらない。
口元に小さな魔方陣を作り、警備担当に通信魔法を飛ばす。
「ロルフ、式が終盤だ。二十分以内に鎮められなければ、貴様らごと吹き飛ばすぞ」
苛立つヴィルヘルムに魔術師たちは震えあがっていた。
先ほど騎士団とぶつかり暴徒になりかけた庶民を、文字通り雷で黙らせたばかり。
現場からしたらまさに青天の霹靂である。
直接注意に行く騎士団と違い、高い所から狙撃する魔術師は庶民だけでなく騎士団からもウケが悪い。
それでなくとも魔力の多い魔術師は高位貴族が多く、先天的に偉そうなヤツばかりなのだ。
そして知名度に加え、ふてぶてしさでも筆頭魔術師のヴィルヘルムは
矢面に立ちながらも不遜なまでに合理主義を貫くので、流れ矢は他の魔術師たちに飛んでくるのである。
どうやら式典後に騎士団と魔術師の仲がさらに悪くなるのは確実のようだ。
だがウンザリする同僚を他所にヴィルヘルムは執拗に駒のひとつを睨みつけていた。
昼前になり、朝から芋をむき続けていた私も流石にキレた。
「私、洗濯係と兼任なんですよー!」
「警備の関係で持ち場を離れるなって言われたんだから仕方がないだろう。
これ食ってろ。休憩してきていいから」
「まかないで芋を消費しないでください!」
昼の披露宴の料理が運び出されて、やっと一息つけた。
でも、デザート班が最後の仕上げに神経を尖らせているので、あまり騒ぐ訳にもいかない。
腱鞘炎になりそうな腕を振りながら皮むき班は中庭に出る。
そして全員が噴水に片手を突っ込みながら、行き倒れ状態でため息を吐いた。
「…これが晩餐まで続くのか……」
「しかも一週間…」
「……今日が一番客が多いから…後は減る一方だから…」
「あーーーー…」
そして口には出さないが誰もが同じ事を願う。
『早く客が帰ってくれねーかなぁ…』
「ごくろうさまです」
突然の声に全員が居住まいを正す。
服装から見て招待客。というかその丸メガネは荷物運びを手伝おうとしてくれた人?お客様だったのですね……
「すみません。余りにお疲れの様子に、つい声をかけてしまいました。気にせず
休憩してください」
「何かありましたか?」
「いえ…主が式典に参加する間ヒマを出されまして散策をしておりました」
「街中もお祭りムードですから、そちらの方が暇つぶしになると思いますよ」
先輩が口添えをしてくれたけど
「沿道の警備が厳しすぎて挫折しました」と苦笑い。従者にはありがちな話だ。
「要人警護が最優先とはいえ、不自由をおかけします」
そういうと従者さんは不思議そうな顔をした。
「あなたは警備に詳しいのですか?」
「警備担当の友人から聞きまして……ただ立っているのも辛いと言っていました」
お祝いとはいえ裏方の苦労話は絶えない。
すると従者さんは不意に、こちらに手を伸ばしてきた。
「失礼、埃が…」
「‼…すみません!ゴミがついていましたか⁈」
咄嗟に飛びのいてメガネを押さえる。
「そろそろ持ち場に戻りますので、失礼します」
元気に一礼すると、走って調理場に向かう。
危なかった…
ネックレスは無くなったけど、その分の破邪魔法がメガネに付与されていて、
下手に触れると失礼なレベルで弾いてしまう。離れ方も不自然ではなかっただろうか……
だが私が立ち去った後で、先輩はソレにもフォローを入れてしまった。
「戦火で受けた傷があるそうでメガネで隠しているのです。失礼しました」
「なるほど……」
確証を与えるにはそれで十分だった。




