第35話 ねずみとり設置中
王太子の挙式まで間もなくとなり、お祝いムードは城下まで広がった。
国中の花を摘んできたのかと思うほど、町には色とりどりの花が飾られ
お祝いに便乗した商人が沿道に店を出し、凱旋パレードにも負けないほどの活気にあふれていた。
遠方の招待客も集まり始め、ちょうどキロ橋を異国風の馬車が走り抜けたところだった。
「浮かない顔ですね、レヴェンテ様」
「……最も領土を拡大した時期は、あの川のほとりまで攻め入ったのだと
思ってな……」
「そしてその時に落とせなかった城がアレです」
「忌々しい…」レヴェンテは丘の上に突き出す尖塔を睨んだ。
「挨拶を済ませたら城下に降りるぞ」
「そう簡単にはいかないと思いますよ。ここはシュバイネハクセなんですから」
「停戦には応じたんだ。国内で事は起こさないだろ?しかも祝賀イベント期間だ」
すると従者は真顔で丸メガネを持ち上げた。
「要人を集めて根絶やしにするチャンスですよね」
「…………考え過ぎでもない所が恐ろしいんだよな。アイツらは常に自分の都合を押し付ける…」
「結局世界は力にひれ伏す。それが出来る国だから帝国なんですよ」
「あー…忌々しい」
「あまり苛立つと姫君に嫌われますよ」
するとレヴェンテは肺の空気を絞り出すような深いため息を吐いた。
「ホントにいるのか?そんな都合のいい娘が」
「情報によると現在は下町ではなく、城内にいるそうです」
「…………罠ではない確証は?」
「食らいついてみないと判りませんので、とりあえず口説き落としてください」
「とりあえずでいいなら…マルセル、お前が行け!」
投げやりに言われて、マルセルは不遜なほど嫌な顔をする。
「戦場で影武者より目立った人が何いってんですか?あなた界隈では有名ですよ」
「どこの?」
「 生死を問わず」マルセルは暗い笑顔を浮かべると、ニヤリと口の端を上げた。
「もうやだ。帰る!」
「手ぶらじゃ国内にも入れてもらえませんよ。大見得を切って出てきたんですから」
「気は進まないが、手土産をもらってさっさと帰るとしよう」
「くれぐれも問題は起こさないでくださいよ」
面倒くさそうなレヴェンテの代わりに、馬がブルンと鳴き声をあげた。
キッチンには調理場担当が集められ、レセプション料理の試作品が作られていた。メニューは聞いていたけど、聞いたこともない名前ばかりで想像がつかなかった。
それが今、目の前に!
当然私用ではないのだけど、キラキラ輝くお料理に思わず祈りを捧げてしまった。
ごはんが美味しいって平和の象徴だよね。未知のグルメをありがとう。
「おいおい、天使にでも会っちまったような顔をしてるぞ?」
からかうように言ったのはアカデミー生産学科のヘンケルさん。
「料理名も食材名も初めて聞くものばかりだったので、イメージが出来てなかったんです」
小声で話していたのだが、マルタン料理長には聞こえたようで
「とりあえず、これでも食ってろ」と目の前のジャガイモに溶かして削ったチーズをかけてくれた。
「ラクレットだ」
「贅沢!」
遠慮なくかぶりつく私に、周りは「貧乏人」と囁いているが、口の中が感動でいっぱいで聞く耳が持てない。
酒場で働いていたので下ごしらえは慣れたものだけど、下町に高級チーズが出回る筈がないし、変わり種食材もアカデミーで教わった料理くらいだ。
でもほとんどのアカデミー生は、食べたことはあるけど作れない者ばかりだった。
「お屋敷に戻ったらお料理も教えてもらう事にします!」
「その前に野菜の皮むきをしこたましてもらおう。今日からお前はじゃがいもだ」
結局即戦力になったのはヘンケルさんだけで、あとは皮むき係と洗い物係になった。
『外国の料理が覚えられるなんて最高!』くるくる踊りながら次の持ち場に急ぐと
洗濯干し場は、ドレスをどうするとかの話で盛り上がっていた。
その間を、取り込んだ洗濯物を抱えてくるくる戻り、畳んだら背中にくくりつけて運ぶ。
人を当てにしない方が、早く仕事を終えて帰れる事に気がついた。
実習生はあくまでオマケで、カーラ様より目立っちゃいけない気がするんだけど、すでにマウントの奪い合いをしている彼女たちは、当日はどうなってしまうのだろう。
ダンス会場よりコロッセオが似合いそうな気合の入れようだ。
覚えたてのステップをおさらいしながら廊下を進んでいると
「すごい荷物ですね。手伝いましょうか?」と背後から声をかけられた。
でも荷物が多すぎてちょっと振り返ったくらいじゃ後ろが見えない。
「こっちですよ」とわざわざ回り込んでくれたのは、お城にいるにはラフな服装の男性。丸い眼鏡の奥で人のよさそうな瞳が細くなっている。
「ありがとうございます。でももうお仕事はあがられたんですよね?」
就業時間はすでに過ぎている。
「私もコレを運んだら終わりなので大丈夫です」
すると「あの子達は手伝ってくれないのですか?」と窓の外で喋っている人達を指さした。
「あの方たちはアレが仕事なんです」
「おしゃべりが?」
「身分が高くなるほど手が動かなくなるようですよ」というと笑っていた。
そして話し声が聞こえたのか、すぐそばの厨房からも呼びかけられた。
「ポム!手伝ってくれないか?」
「洗濯物を届けてからで構いませんか?15分で戻ります!」
そう言ってから
「では急ぎますので失礼します!」と親切な人にお辞儀をして廊下を急いだ。
「マルセル、なぜ手伝ってやらなかったんだ?アレではリネンに足が生えているようではないか」
「ご要望に沿えず申し訳ありません。この国では身分が高くなるほど手が動かなくなるそうです」
「なんだソレは」レヴェンテは吹き出した。
「私もつい笑ってしまって…その間に走って行ってしまいました」
「あの娘、さっき名前を呼ばれていたな」
「ジャガイモちゃんだそうです」
「チーズとネズミ捕りを持ってこい。あれなら抱えて帰れるぞ」
ふたりはしばらく笑っていた。




