第32話 同じ場所に立つ者が 同じ景色を見ているとは限らない
シュバイネハクセ帝国は諸侯が納める君主国で構成された統一国家だ。
近隣国とも同盟関係を結んでいるが小競り合いは日常的で、国境線ではお互いに
砲筒を向けあっている。
特に帝国南部と広く接するシュテルツェ王国とは長い戦争の歴史があり、国境の
位置を変えつつ睨みあっていたが、長らく権力にしがみついていた国王の崩御に
より二年ほど前にやっと休戦の運びとなった。
とはいえ条約締結への道は長く、話し合いが続いているのだが
そんな中、先方よりひとつの提案が持ち上がった。
かつて帝国から王国に姫君が嫁ぎ、争いのない時代が続いたことがあった。
そのことは未だに平和の象徴として王国国民に語り継がれており
再び婚姻が結べないかとの話であった。
現在…シュバイネハクセ皇帝には王太子フリードリヒの他に二人の娘がいるが、
すでに隣国に嫁ぎ、王弟には男子しかいない。
そして大公と呼ばれた先代王弟の話が浮上した。
すでに亡くなっているが大公は側室が多く子沢山だった。
そして後宮じみた彼の生活は国家予算を圧迫する程の維持費がかかったそうで
子供の多くが政略結婚の駒として使われた。
さらに先帝時代からご落胤疑惑をたびたび起こし、当時は青い目の子供を連れて
城を訪ねてくる者が後を絶たなかったという。
現在帝国が落胤と認めているのは三名の女性。
幼い頃に引き取って教育を施し、そのうち二人が君主国に嫁いでいる。
男も当然いたが揉め事の種になる前に消された。
証拠も必要だが決め手となったのが深みのあるサファイヤのような瞳。
王家の者はみな青い目だが、先帝の妹君がミディアムダークの美しい瞳をしていたそうで、そのエリ-ザベト姫こそがシュテルツェ王国に嫁いだ姫君なのであった。
美しいレースに繊細な刺繍。そして散りばめられたサファイヤ。
常に凛々しく前を向くカーラ様だが、長く伸びたベールは、背中を守るように美しく寄り添っている。
自らを王太子の盾と呼び、軍服で戦場を駆け回ったカーラ様は勝利の女神と称えられ、王太子殿下と並んで凱旋する姿は大輪のユリのようだったと酒場でウワサになっていた。
そして殿下の瞳と同じ色の石で飾られたカーラ様はいつもの快活な姿ではなく、
ただ静かに喜びをかみしめていた。
今年は例年以上に多くの実習生が王城に集まっているが、その最大の理由が短期で働ける人員が必要だったため。
通常業務に加えて結婚式の準備に大忙しなのだ。
式の直前には近隣諸国からも招待客が集まるため、宿泊準備に加え、連日連夜の
パーティも抜かりがあってはならない。
その点、身元がハッキリしているアカデミー生はうってつけだった。
そしてこの客というのが隣国の王族だったり有力貴族だったりするワケで
この日のために集められた上位貴族のお姫様たちは、とっくにバチバチのバトルモードに突入しており、カーラ様にうっとり見とれているのはソフィアだけだった。
「解っているでしょうが、貴女は裏方よ」
ひとり呆けている事に苛立ちを隠しきれないフッガー公爵令嬢が、唸るような低い声で囁いたが、もちろん熟知している。
逆らいませんとも。なにせオリビアさんの殺気が今日もご健在。
目を合わせたら石になりそうな激しい憎悪は、ドリルが物理で負けそうなレベルだ。
……ていうか私、なにかした?極力関わらないようにしているハズなんだけどな…
「ワタクシは宿泊係で洗濯担当。
当日も調理場ですのでお客様と顔を合わせることはございません。ご健闘お祈りしておりますわ」
するとフッガー公爵令嬢は怪訝そうに眉をひそめた。
「子爵とはいえ貴女も貴族でしょう?興味はないの?」
「見知った方が幸せそうにしている姿が見られれば十分です」
ずっと日陰で生きてきたので羨ましいとは思っても、自分がそうなりたいとは思えない。
日向に出ればプレッシャーに負けて枯れてしまう。私はそんな花なのだ。
「何もしないで選ばれると思っていらっしゃるなら、本当におめでたい話ね」
自分は選ばれるつもりなどない…
私はあくまで使用人なのだ。そんなおこがましいことは望んではいけない。
「望まなければ何も得る事は出来ないわ。
惰性で居座る気ならすぐに降りなさい。あなた目障りなのよ」
波紋が広がるように、作り笑顔がわずかに引きつる。
隠れて息をするのがやっとな人間にそれを言うのか…
だが背の高い彼女のまっすぐな視線に見覚えがあった。
目線の高さが違うんだ…
いつも私は目を合わせてもらう側で、漠然とものを見ていてはいなかっただろうか。
背が低いからというのは当然ある。
でも同じ場所にいたとしても、広い視野を持つ彼女やヴィル様は私とは違う景色を見ているのかもしれない。ふいにそう思った。
「夜会は舞踏会だ。皆も踊る機会があるだろうから、準備をしておくように」
カーラ様の言葉に華やぐ実習生……えっ?実習生も?
「当然、調理場担当もだぞ」
にやりと笑うカーラ様に、目を見開いて固まるしかなかった。




