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家出公爵様がお帰りになりません  作者: 虚夢想
第一章 捜し人編
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第3話 意図的な悪意と無自覚な好意

「ありがとうございました。いただいたもので申し訳ありませんがお返しします」

応急処置を終えると少女は今朝の金貨を返してきた。 


濡れた服を暖炉の前に干しているので、二日連続で情けない姿を晒しているが、

長い前髪に隠されて少女の表情を伺うことはできない。


「使わなかったのか?」

「私などが大金を持っていれば、盗んだものと疑われて拘置所に送られます。

どのみち同じ所に連れて行かれるのでしょうが…」

「どういう事だ?」


すると少女はロルフの方に顔を向け

「私をお買いに来られたのではないのですか?」と聞いた。

「そんな仕事をしているのか?」

「いいえ。ですがそう望まれる騎士様が…人違いでしたら申し訳ありません」

そう言ってまた頭を下げる。


「騎士につけまわされていたのか?」

「幸い逃げ出す事が出来ましたが…最近は商品として並べろと娼館に交渉しているようです…」それで自決を選んだのか…


「誰だ…」

「…存じません。…軍服を着ている事しか…目も合わさないようにしていたので…」

同じ服を着た奴に怖い目に遭わされたと言うのだから、殺気を抑えてやればいいのに…


ロルフが苛立ちを隠さないので少女の震えは止まらない。

だが、軍服姿の大男に囲まれればこうなるのも仕方がないか。


「それは恐ろしかっただろう…驚かして済まなかった。水の話を聞きに来ただけなんだ」

そう言って暖炉の前の椅子をすすめる。

ロルフが座らせたが、足元もおぼつかないようだ。



「あの水はなんだ。普通、水魔法を使うとこうなるだろう?」

手の中に水のナイフを形成し形を崩すと水は手に戻る。 

「もしくは射出するかだ」


「わ、私の場合は形作る事もなく…」そう言って立ち上がりキッチンに行くと、

大きな水甕の上に手をかざす。

そして両手の間に現れた水球はシャボン玉のように揺らめいて水甕に落ちた。


「なんでだ?」

「魔力が安定していないのか?訓練を受けたことは?」

「その…畑の水まきに使うくらいなので…」

本来魔法は攻撃や防御に使うものだ、そんな使い方の方が聞いたことがない。


「この水は赤ちゃんが飲んでもお腹を壊しませんし、沐浴に使えば肌も乾燥せずに

しっとりします」

そう言われて渡された木のカップから手のひらに少し水を落としたが、確かに

通常の水より肌に馴染む気がする。


「もしこの水で傷を洗ったら、痒みから解放されるのか?」

「確証はありませんが、オムツかぶれには効果がありました」

「……………」


赤子の尻と一緒にされるのは癪だが、試す価値はあるだろう。


「よし、お前を治癒師として屋敷に連れて帰る」

「お待ちください!この水は調子が良い時でも、この甕に貯める程度しか出せません」

「なんだと…」

「一日水甕一杯が限度です」

「それで魔法と言えるのか?」

「………言えねぇから今まで逃げ仰せていたのか…」ロルフがため息をついた。

水甕はせいぜいタライ三杯分といったところだろうか…



「両親はどこにいる?どっちかが貴族だったりしないか?」

「…すでに他界しましたが……聞いた事がありません」

「じゃあ、なんで隠れ住んでるんだ?」


「それは…私の目の色が暗過ぎるのです…」

「見せてみろ」そう言うとビクリと体を震わせまた下を向く。

「……人を不快にさせるので…顔はあげるなと…」


人の心に巣食う悪魔は黒髪に黒い瞳だと言う。

もちろん迷信だが、それは悪意に他ならない。


近寄ると少女は甕に縋る勢いで後退したが、そもそも逃げ場などない部屋の角だ。

アゴを掴んで上を向かせても目を瞑り顔を伏せようとする。


「開けてみろ」

前髪をかき分けると、長いまつ毛の下から現れたのは涙に濡れたミディアムダークのサファイアだった。



「綺麗な青じゃないか…」

思わず見惚れると、ふたつのサファイアは不思議そうな顔をした。

すると横から引ったくるように手が伸びてきた。


「ホントだ。凄くキレイだ…」

そう言って少女の前髪をかき上げたロルフは、そのまま空いた手で腰を抱き、

自分の方に引き寄せた。


「俺はロルフ・ヴェッティン。さっきは脅かして済まなかった。

(くだん)の男は探し出して処罰する。二度と君には近寄らせない。だから怯えずに俺を

頼ってくれないか?」

そう言うと髪を一筋掬い取り唇を落とす。


ロルフは口を押さえて真っ赤になってしまった少女をさらに抱き寄せると、

「なんて初心なお姫様だ。扉を壊したお詫びにタウンハウスに招待するよ。君の

名前を教えてくれないか?」と、さらに口説く。


「止めろ、怖がっている」

「安心したんじゃないか?俺はこの子が気に入ったんだ。

女嫌いのお前は水だけあればいいんだろう?」


その言い方にカチンときた。

「お前が早急にすべきは、不埒者を捉える事だ。

ソイツが特定できなければ、この子は静かに暮らせない」


「あぁ、娼館で聞き込みをすれば、すぐにでも解る事だ」

そう言って不機嫌そうに声のトーンを落とす。

おそらくはロルフの部下だろうが、この調子では相手もタダでは済まなそうだ。


「それと、瞳の事は口外するなよ」

「解ってる。だがお前はどうするんだ。二人きりで置いていく訳にもいかない」


「俺は女好きのお前と違って治療の話がしたいだけだ。実際になにか起こった事があるか?」

ロルフは納得しない顔だったが、「手を出すなよ」と釘を刺して出て行った。



「さて、おむつかぶれの話の前に、君の名前を聞かせてくれないか?」

緊張を解すようにコミカルに言うと、少女は硬い表情のまま小さく笑った。


「ソフィアと申します。魔術師様は何とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「俺の事はヴィルと呼べ。お前の事はソフィと呼んでいいか?」


今朝の事もある。機嫌を損ねれば暴れられると思っているのだろう。

親し気に呼んだのは気持ちをほぐすため。それ以外の意味なんて考えもしなかった。



ソフィアは例の水を沸かすと、石鹸を泡立てて撫でるように洗い、よくすすいで薬をつけた。

石鹸は市販品に手を加えたもので、塗り薬は手作り。

わずかに花の香りはするものの、むせ返る臭いはない。

あとはよく食べ、よく寝て、清潔にすれば良いらしい。


「それだけか?」

「相手は赤ちゃんですからね。ヴィル様はおそらく胃腸も弱くなっていると思いますので、優しいものを食べてお酒の量を控えてはいかがかと…」


「優しい食べ物とはなんだ?」

「スープならありますが召し上がりますか?」

「そういえば朝食を食べたきりだな」

「……お忙しいのでしょうが体を壊してしまいますよ」


スープと言って出されたソレは野菜を食べているようにしか思えなかった。

要するに粗食。だが戦地の食事と比べれば食べられなくはない。

なのに不思議と体が温まり、酒も飲んでいないのに眠気に誘われた。


「よく眠れば治りますよ」と優しく言われ

まるで赤子のようだと思いながら目を瞑り、再び開くとソフィアはいなくなっていた。



しかし狭い小屋では探すまでもなかった。

納戸の戸を開けると奥にもベッドがあり、両親のものだったのか、擦り切れた布団をかぶったソフィアはネコのように丸くなって眠っている。


寒そうに見えた。それだけだった…

ベッドに潜り込むと小さなぬくもりは殊の外、温かかった。


他人の体温に微睡みを感じるなど何時ぶりだろう。おかげですぐに眠りにつけそうだった。


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