第26話 いもむしの逆襲
椅子に座り足を組んで報告を受けたカーラは、平伏するヴィルヘルムとロルフを
ゴミのように見下ろした。傍らには笑顔のフリードリヒ。
この時点で王太子のフォローは望めない。
「恋と戦争にはあらゆる戦術を尽くすものだというが、普通なら公爵子息の婚約者候補になどに手を出そうとは思うまい。
だからこそアイツは手段を選ばなかったのだろう?」
「ですが薬物ですよ」
「褒められたものではないが、それは行動の結果だ。むしろ貴様は何をしていたのだ?」
口ごもるヴィルヘルムを鼻で笑っていると、ソフィアを抱いたズタボロのレオンが戻ってきた。
「本当になりふり構う気がないんだな」
「お前どうやって…」
さすがに結界を壊せるとは思っていなかったのだろう。ヴィルヘルムは慌てた様子だ。
「結界を物理で壊そうと暴れてたら、魔術師が総出で壊してくれたんだ」
「………やっぱりさっきの破壊音はお前か…」ロルフは顔を覆ってうなだれた。
ソフィアはレオンの腕の中でバチバチと放電のような音を立てて眠っている。
「痛くはないのか?」
「俺が痛いだけだ」
「お前おもしろいな」
カーラはニヤリと笑うと、ソフィアのネックレスを掴んだ。
そして膨大な魔力を流し込まれた石は爆発して砕けた。
「カーラ!大丈夫かい?」
「あぁ、たいしたことはない」
手の皮が裂けフリードリヒには案じられたが、比ではないほど傷だらけのレオンは大切そうにソフィアの額に唇を落としていた。
そして、わめくヴィルヘルムに猿轡をかませていると、ソフィア嬢が目を覚ましたようだ。
「……レオ…?」
「…よかった。目を覚ましてくれた…」
「…私、また倒れたの?さすがにおかしくない?」
するとレオンはこちらに背中を向けて、猫でも抱え込むようにドスンと座り込んだ。
「ソフィに謝らなきゃいけない事があるんだ。毎日あげてた飴、
あれ惚れ薬だったんだ」
「ほれぐすり?」
「俺のことが好きになる薬」
「………そんなのがあるの?」
「好きになってくれた?俺の事」
体は猛獣サイズなのだが、末っ子レオンは意外と甘えるのが上手い。
ヴィルヘルムには絶対にできない戦法である。
ソフィア嬢から見えないレオンの背後で、殺気で目をギラつかせるヴィルヘルムにキャメルクラッチをかけながら「いいぞ。もっとやれ!」とささやく。
いもむし状態で暴れていたヴィルヘルムだったが、続けられたソフィアの言葉を
聞いて動きが止まった。
「そんなのなくても好きだよ」
明らかに友人としての好きなのだが、ヴィルヘルムはぐにゃりと脱力した。
「これ、レオの勝ちだな…」ぼそりと呟いたロルフの声に
「!!……どなたかいらっしゃるのですか?」と驚くソフィア嬢。
「俺たちしかいないよー」と、なおもジャレ合おうとするレオンは相当に肝が太いと見える。
そして傷だらけのレオンに気がつき、腕から逃れたソフィア嬢はこちらを見て悲鳴を上げた。
「お見苦しいところをお見せ致しまして、申し訳ありませんでした」
土下座のソフィア嬢の隣には、レオンが並び
「結界を壊そうとして医局の床を一階まで抜いてしまいました。すみませんでした」と同じように頭を下げた。
「修繕費は働いて返してもらおうかな。どこか行きたい紛争地域はある?」
不穏なことを言うフリードリヒに
「ソフィを口説くのが忙しいので、兄貴につけといてください!」と平然と言ってのけるレオン。
兄のロルフは「…お前…」と言ったきり言葉が続かない。
ヴィルヘルムは白目をむいたまま。カーラは笑いが止まらなかった。
いつもなら一緒に笑うところだが、神妙な面持ちのフリードリヒはソフィアの前に進み、しゃがみ込んだ。
「顔をあげてごらん」
言われたソフィアは少しだけ顔を起こし、とっさに前髪を下げた。
その手を掴もうとすると、庇うようにレオンが体を入れようとした。
「さすがに不敬だよ。レオン」
然しものレオンも体を揺らし、顔色を変える。
王太子はソフィアの顎を掴んで上を向かすと、おもむろに眼鏡を外した。
「…………ダールベルク公爵が婚約を急ぐ訳だ。しくじったね、ヴィル。
悪いが君らにこの子はあげられそうもない…」
値踏みをするような目のフリードリヒに、レオンの目が吊り上がっていく。
だがさらに鋭く刺さる視線が飛んできた。
「何をしている…フリッツ…」
腹に響く低い声。ざわざわと産毛が逆立つ感覚と空気を圧迫するほどの魔力が、
憤怒の形相のカーラから溢れ出ている。だがフリードリヒは意に介さない。
「カーラ、この顔に見覚えはないか?」そう言って振り返った時だった。
拘束衣を着せられてイモムシ状態のヴィルヘルムが、フリードリヒの足元に転がって体当たりをした。
そして狼狽えて手を離したのを見て、レオンに向かって顎をしゃくる。
レオンはソフィアを担ぎ上げ、ドアを蹴破り飛び出していった。
「まさかここに来て、敵に塩を送る気かい?」
猿轡をかまされたままのヴィルヘルムは、荒い息のままこちらを睨みつけている。
「いい格好だ。だがいくら魔力が強くとも封じられては何も出来まい。
いつまでも行動を起こさなかった君の失態……」
するとフリードリヒのこめかみの辺りに小さな魔方陣が現れた。
咄嗟に飛びのいて障壁を張ると、それは小さく破裂した。
「まさか…」
焦げ臭さを感じヴィルヘルムを見ると拘束衣から細く煙がのぼっている。
そして止める間もなく発火した。
突然起こった火災旋風に魔法障壁を立てて耐えていると、やがて炎は立ち消えた。
目の前にはカーラが自分を守るように立っていて、その向こうの壁に開いた穴からは星空が見えた。
「やればできるじゃないか」
そう言って満足げに微笑むカーラをフリードリヒは困った顔で見つめた。
「ロルフ、君も弟を止めるべきだったろ?」
「あれだけ煽っておいて無茶を言わないでください」
ロルフの目には同情がにじみ、すっかり兄の顔になっていた。
「しかし燃やすか?拘束衣を。アレ魔術師用だろ?」
「この国で一番魔力量が多いヴィルに合わせてあるんです。
測定値以上の力を出したんじゃないですか?」
「随分落ち着いているけど、本当にレオンを止めなくてよかったのかい?
ソフィア嬢を連れてどこに行ったんだろうね」
素っ気なく話していたロルフは、はたと気づいた顔をすると
「捜索してきます」と言って、壁に開いた穴から飛び降りた。
「もはやドアすら意味をなさないね」
壁の穴から下を覗き込むと、すでに遠くを走るロルフが見えた。
背後からはカーラの忍び笑いが聞こえる。
「カーラ、君まで私を悪者にするのかい?」
「のぼせた状態で利益を説かれても、冷静な判断などできないさ」
「友人の初恋を応援したいとは思っていたよ…ただ…」
「私も気に入った。手元に置くが、いいか?」
王太子はひとつため息をつき、
「君は本当にずるい人だね…」と手の甲にキスをした。




