第25話 女神降臨
ずっと聞きたかった声に呼ばれて、目の前が少し明るくなった気がした。
そしてぼんやりと目を開けると会いたかった相手がいた。
「ヴィル様…」
そう呼びかけた途端に押しつぶされるように抱きしめられた。
もしかして泣いてる?
なにか嫌な事があったのかも知れない。抱きしめ返すと腕の力はより強くなった。
見慣れぬ天井、薬学科のような匂い。腕にも何か刺さってる⁈
「……ヴィル様…ここは…」
「ここは王城の医局だ」
なぜこんな所にいるのかは解らないけど、久しぶりのヴィル様はひどく憔悴しているように見える。
無理をするなというのが無理な人なのだ…なのにまた心配をかけてしまった。
ヴィル様は私を抱き起すと、もたれさせるように支えながら
「今日、なにがあったか覚えているか?」と聞いてきた。
「いつも通りです…騎士科で運動をして、生産学科で栄養学の授業を受けて、
午後は必修科目、そして放課後は研究室で…」
「………どこかに結界が張られている場所はないか?」
少しわざとらしい言い方に引っ掛かりを覚えたけど、秘密にするのもよくないだろう……
「研究室…だな」
「はい」と答えつつ、やっぱりご存じでしたか…と納得する。
レオからアミュレットは監視用につけられていると聞かされていた。
ただ監視と言われても、見守りとの違いが私にはよく判らない。
でもヴィル様の普通とレオの普通は違うらしい。
「その部屋を利用しているのは誰だ」
「私とヒスイと騎士科のレオとビルング准教授です」
「………レオと…呼んでいるのか?」
「はい」
なんだか真っ黒オーラが吹き上がっているのですが、どこに地雷があったのでしょう?
「その部屋でなにか食べたか?」
「お茶とお菓子くらいは…」
「レオンからなにか食べさせられていないか?」
「レオン?レオの事ですか?レオからは……」
あれぇ……不機嫌すぎて震えだしてしまったのですが、なぜでしょう…?
「……これに見覚えは?」
そういってヴィル様が取り出したのは瓶入りの飴。
蓋を開けると途端に、蠱惑的な甘い香りが広がる……………
突然ガシャッと音がして我に返った。
ヴィル様が瓶の蓋をしめた音だった。
「俺が迎えに来るまで、ゆっくり休むといい」
そう言って瞼に唇を落とされると急に眠気がやってくる。
ヴィルヘルムはソフィアを寝かせると、ベッドの周りに結界を張った。
「さて…どうしてくれよう…」
そこにはウワサに違わぬ人殺しの顔があった。
「じゃぁ、取り調べを再開するぞー」ロルフはすでに面倒くさそうだ。
「はい!」
「お前、胃洗浄したクセに元気だな。囚人番号2番」
「俺が犯人でいいんで、こいつ殺していいですか?」
「却下だ!仕事を増やすな」
「俺も質問だ」
「なんだ1番」
「どうして俺が拘束衣なんだ」
「レオは殴れば黙るが、お前を野放しにしたら帝都が消し飛ぶ。当然だ!」
魔法が封じられた仕置き部屋には、ヴィルヘルムとレオンが椅子にしばりつけられていた。
「それで問題のコイツだ」
小さなテーブルに例の瓶入りの飴が置かれた。
「レオ、これをどこで手に入れた」
「薬学科の人が作って販売してました」
「これがなんだか知っているのか?」
「ほれ薬です」
「拷問に使う自白剤と興奮剤の成分が検出されたぞ。貴様、これを意図してソフィに与えたな!」
「束縛男にがんじがらめにされてるソフィを慰めてやりたくなりましたぁ」
「貴様ぁ!」
椅子に縛られたまま暴れる二人にロルフは頭を抱えていた。
まさかこの二人が、こんな風に拗れるとは…
子供の頃からよく遊びに来ていたヴィルヘルムは、生まれた頃からレオンを知っているし、レオンも普通に懐いていた。
そして俺は、明らかに自分を目標にしている9歳のレオンが可愛かった。癒しと
言っていい存在だった。
なのに停戦後家に帰ると、デカくてムサいジャージ男(16)になっていたのだ。
それなりに身なりに気を遣うロルフは、寝起きのもっさりジャージな弟が受け入れがたかった…
さらに当時の俺はひどく疲弊していて、誰でもいいから優しくしてほしかった。
そして花園に辿り着き、蝶たちに癒されたころには、弟の目は完全に汚物を見る目になっていた。
だが俺なりに関係修復に努めたんだ。
月猫亭はキレイなお姉さんと美味しいご飯を楽しむ場所であり、できたら俺の趣味にも多少の理解を示してほしいと思って連れて行ったら、
弟も幼馴染もこの有様である…
「レオ…言いたいことがあるならここで全部言え。それで最終的にソフィア嬢に
どっちか選んでもらおう」
「ソフィは俺の婚約者だ!」
「告ってもいねぇクセに監視つけて軟禁して、全部テメェの都合じゃねぇか!」
「貴様こそ、薬物を投与したろ!」
「愚痴を吐き出させるのにいいって聞いたんだ。ただでさえ抱え込むタチなのに…
それがお前の暴力や醜態ばっか出てきて…」
「暴力なんて…」
ヴィルヘルムが言い淀んだ瞬間にレオンがまくし立てた。
「川に落ちてたお前を助けたのに、目を覚ますなり頭から水かけて暴れといて、
使い道に気づいた途端に結界張って監禁。その後公爵家に拉致して自分の世話係にして、借金を働いて返せって無償で奉仕させてるだろ!」
「2番、それは薬で吐かせた情報だな」
「飴を食べさせたのは認める。だがソフィは自分が騙されてる事に気づいていないんだ。それで相談に乗ろうとしたら、コイツの仕打ちがあまりに横暴で…」
困ったことにレオンは薬をよく理解して使っていた。
用法容量を守って正しくお使いになればギリ合法なので、これだけでレオンを裁くことはできない。
というか誰だ、コイツにいらん知恵をつけたのは!
「一部否認する。そして訂正がある」
横暴と言われてる傍から、ヴィルヘルムは横柄に言った。
「結界を張ったのはストーカーから守るため。公爵家に連れて行ったのも同様だ。
借金を科したつもりはないが、使用人という体にでもしておかなければ現状に尻込みしてしまうのだ。
だが問題はそこではない!
以前より兵による付き纏い行為があったにも関わらず、何も手を打たなかったのは
警備責任者の怠慢だ!」
「論点をすり替えるな!1番!」
「去年の冬から兄貴に言ってたのに、『お前が解決すればいいだろ』って丸投げでしたぁ」
「お前が自分で守るなんてイキるから…」
すると取り調べられる側の拘束衣男が高圧的にニヤリと笑った。
「兄の威厳も何もないな…」
「兄は常に俺のお手本ですが、殊更女性関係は反面教師ですぅ」
「お前らなぁ…」
コイツらを結託させるとマズい。レオンは口で勝てないといつもヴィルヘルムを
巻き込むんだ。というか、ケンカしてたのはお前らだよなぁ?
「つまり貴様にも話を聞く必要がある訳だな……」
聞き覚えのある声にヴィルヘルムとロルフは背筋を伸ばして凍り付き、
レオンだけは不思議そうな顔をして、声のした隣の部屋と続きのドアを見つめた。
そして開いたドアから現れたのは、軍服に身を包んだ長身の女性だった。
ストレートの髪に意思の強そうな目。不敵に微笑む口元に見覚えがあった。
「ルアナ先輩…?」
「おい、王太子殿下の婚約者であるカーラ様だ!」アランが小声でレオンに伝える。
「ルアナ・バッセビッツを知っているのか?
そうか、アカデミーでは同じ騎士科だな。あの子は従妹なんだ」
「きっとカーラ様にお会いできたらソフィも喜びます。先輩の振る舞いがカッコイイって憧れてましたから」
「ルアナ嬢も凛々しいからね。でも私のカーラが一番ステキだよ」
「殿下‼」後ろから現れたフリードリヒを咎めるようにロルフが悲鳴を上げた。
「カーラがこの件に興味を持ってねぇ。
知ってるだろう?私は妻という女神の僕なんだ」とフリードリヒは笑顔を浮かべた。
「貴様と違って弟は随分素直そうじゃないか」
「…カーラ様…ソイツに騙されないでくださいね」
「アカデミー時代、私の友人を誑かそうとしたのはお前だろ、ロルフ」
ロルフは黙ってヴィルヘルムの隣に並び平伏した。




