第23話 ほれ薬と高すぎた報酬
午前中に出て行ったレオンは夕方になり、やっと戻ってきた。
「おかえりなさい、レオ。…変わりはなかった?」
出迎えられたレオンはキョトンとしたが、すぐに満更でもない顔をした。
「あぁ、その事で報告があるんだ…」
そう言ってビルングをチラリと見る。
「ヒスイ君、ちょっと力仕事を頼んでもいいか?」
「力仕事ならちょうどいいゴリラがいるです」
「ゴリラには扱いが難しい壊れやすい道具なんだ」
「ヒスイ、手伝ってあげてよ」
そう言うとヒスイはしぶしぶビルングの後をついて行った。
成分を調べる器具は様々でビルング准教授の手を借り通しだ。
忙しい先生なので独占する訳にもいかず、覚えなくてはいけない事が沢山あるのだけど、ヒスイの器用さにだいぶ助けられている。
「面倒事を押し付けちゃってごめんなさいね。なにかあった?」
人払いをした所でさっそく話を聞く。
「なんでお前が来たって、クルトに噛み付かれた」
「クルトも毎週会うのを楽しみにしてくれてたからね。でもありがとう。本当に
助かったわ」
「ついでに土産をもらってきた」
そう言ってレオンは飴玉の入った瓶を出し、ひとつ摘むと口の前につき出した。
気恥ずかしくて受け取ろうとしたら「食えよー」とふざけて口に押し込まれた。
飴玉は鼻に抜ける不思議な甘さだった。
「クルトには悪いが、ソフィの都合が悪い時は俺が運ぶよ。
アカデミーからだと距離もあるし、俺はトレーニングになる」
「馬車を使わなかったの?かなりの距離だと思うけど…」
「樽ぐらい担いで運べるさ。それにあそこは、そこまで治安が良くない。
よく今まで無事だったよ」
頭に手を置くとソフィアは黙って撫でられた。
そして眠そうな表情でフラリと体を揺らしたので、慌てて腕をつかまえる。
「…治安の良し悪しなんて判らないよ…あの場所しか知らないから」
「あの店で生まれたのか?」
「産まれたのは川沿いの…家。…そこと酒場が唯一の世界だったから…」
「今は」
「公爵家のお庭…」
「公爵家の柵の中か?」
「あとは…アカデミー。そう考えると…世界が広がったと…思わない?」
「世界はもっとずっと広いんだよ」
そう言って頬を撫でると子供のように微笑んだ。
…無防備すぎて心配になる。
本当にこの飴は本音を誘い出す程度の薬なのだろうか?
でも即効性がある分、薬効が薄いから早く情報を聞きだせって言ってたよな。
…それって自白剤じゃね?
「ソフィは…ダールベルクの婚約者…なのか?」
「違うよ…使用人だもん…」
「片親が貴族でそれで養子になったんじゃ…」
「私の両親は…両方貴族…だったらしいよ…知ったのは最近…だけどね…」
「だったらどうして隠れるような暮らし方をしてたんだ?」
すると急に胸に倒れ込んできたので、驚きすぎて思わずホールドアップしてしまう。
「ソ、ソフィ?」
「…お母さんはお父さんの事が大好きだったの…でも大公の子を授かって…
お父さんは娼館に売られたお母さんを逃がして…殺され………だって…」
大きな瞳から涙がこぼれた。
「…………………大公の…子?」
聞いたことがある。先代大公は子沢山で私生児もたくさん居たって。
だから青い目の女の子は、お姫さまだって未だに揶揄われるんだ。
メガネを外すと涙に濡れたサファイアが現れた。
ウトウトと揺めきながら涙をこぼす姿は、悪い夢にでも捕まってしまったようだ。
『アイツは…少なくともダールベルク公爵はソフィを利用しようとしているんじゃないだろうか…』
抱きしめるとソフィは安心したように微笑んで、他の男の名を呼んだ。
『ダールベルクと勘違いしている』そう思うと腹立たしいような、やるせない気持ちになって、無理矢理上を向かせて唇を重ねた。
そして「俺が守るから…」と囁いた。
目が覚めると、机に突っ伏して本を広げたまま眠っていた。
「あ、あれ?」
「おっ、起きたか?なんか飲むか?俺は紅い紅茶が飲みたい」
「……はいはい。」慌てて机の上を片付ける。レオも顔が赤くて眠そうだ。
「悪いな、コレ洋酒が入ってたみたいだ」
そう言って隣に座るレオはお菓子の包みを見せた。
言われてみれば何か食べた気もする。
「ぽやーとして愚痴ってたぞ」
「それは失礼しました」
「溜め込んどく位なら吐き出した方がいい。いつでも聞くから」
頭に置かれた手が優しい。
これは相当余計な事を話してしまった…のかな…?
「それと水を運んだ報酬をもらっていいか?」
「今度何でも好きなもの作っ…」
レオは頭に置かれた手を滑らすと、顎を支えてそのままキスをした。
「その…寝顔が可愛かったから…」
「ーーー⁉︎」
「今度から報酬はコレな」
「えっ、でも…」
慌てる私をよそにレオは
「ソフィに頼られて、ソフィに触れられて…役得だな」と恥ずかしそうに笑った。
…………それはマズイでしょ。
しかし、そう伝える前にビルング准教授達が戻ってきた。ヒスイは妙にフラフラしている。
「どうしたの?ヒスイ」
「なんかやたらと小難しい事を覚えさせられたです…」
気がつくと、思った以上に時間が経っていた。
足早に研究室を出て商業エリアをめざす。
教育研究機関が集まるアカデミーの、中央学生棟周辺は学用品はもとより、学生の作品や生産品が購入できる小洒落た町が形成されている。
生産エリアはカフェや物産。神学エリアは本が多く、聖書・法律書・医学書は、
もはや鈍器になるレベルの分厚さだ。
そしてミリタリー系は魔術師用の見ただけで呪われそうな商品に魔術書。
大柄騎士さんご用達のトレーニングウェアや筋トレグッズが並び、
生産エリアとの境目にあるプロテインバーは、いつもでっかいノースリーブの集団であふれている。
さらに芸術エリアは
包丁や調理器具、大工道具に裁縫道具、剣や暗器の販売・メンテを引き受ける道具街と、服飾小物を扱う通称ワードローブに分かれている。
このエリアは週末一般の貴族にも解放されていてワードローブは特に華やかな場所だ。
アカデミーでは制服、お屋敷ではお仕着せ、あとはパジャマで事足りる生活なので、華やかな空気を感じるだけの場所だったのだけど
先日オーダーのぬいぐるみ屋さんを見つけてしまい、ヒスイに頼み込んでヴィル様から預かっているという諸経費を使わせていただいた。
私の賃金は現物支給と借金返済にまわるので、現金は持っていない。
だからこそ石鹸や化粧水の有用性を証明して小銭稼ぎをしたいのである。
ぬいぐるみはほぼ同じデザインなのだけど服をオリジナルで作ってくれるそうで、飾られていた軍服ベアに一目惚れをしてしまった。
ネックレスと同じ色の目で魔術師のマントを着せたものを注文したら、ペアも勧められたのだけど
「こんなのはどう?」と見せられたのは眼鏡をかけた茶色い目のクマ。
それは私だけど、私じゃなかった…。
帰宅するとさっそくソファにぬいぐるみを座らせて、ヴィル様ベアと向かい合わせで食事をした。
公爵家を出ていくことになったら、この子も連れて行こう。
それならきっと寂しくないから。
帰宅したヴィルヘルムは玄関のノブを握り、項垂れていた。
早く帰ろうと思いつつ、先延ばしにしてもいい仕事を片付けて、今日も深夜帰宅だ。
先送りにすれば状況は悪くなるばかりだと言うのに…
思い切って扉を開くと、ソフィアはまた本を広げたままソファで眠っていた。
今日は男物の服はなく、ぬいぐるみを抱えている。
よくみると自分と同じ色の目をした魔術師のマントを着たクマだった。
いじらしい姿を見た途端、胸の中がじんわりと温かくなった。
自分を思って待っていてくれたという事だろうか?
急に怖がっていた自分が恥ずかしくなった。
ぬいぐるみをソファに置き、抱き上げてベッドに運ぶ。
起こしてはいけないと思いつつ、目を覚ましてほしくて髪に口づける。
今なら伝えられる。
寂しい思いをさせてしまった事を詫びよう。
その気持ちが伝わったのかベッドに下ろすと、ソフィアは長いまつ毛を震わせて、ゆっくり瞼を開いた。
そして吸い込まれるように顔を近づけると、驚いたように俺の唇を押さえた。
咄嗟に眠りの魔法を発動させてしまい、ソフィアは崩れるように眠ってしまった。
………………拒否された…?
翌朝も目を覚ますとヴィルヘルムは居なかった。




