第101話 刺客
引きあげ兵に扮した略奪部隊は、堂々とシュバイネハクセ側から陸路でやってきた。
力ある者が占有する。
いかにも帝国らしい考え方だが、結局のところ強盗行為でしかない。
最初から軍に入るべく育てられる軍属系の家の出身者と違い、
徴兵で集められたものの中には、軍規に従えず戦地を離れようとする者がでる。
そういった者が、食うに困って略奪行為に走る事は少なくないが、
大抵の場合は通報されて戦地に連れ戻される。
だが休戦となれば、戻るべき戦地がない。
だからそうして捕まった者に国が仕事を与えるのだ。
仕事として近隣の領地から軍資金と食料を集めてこいと…
休戦したからと言って、軍が一斉に引くかといえばそうではない。配属により当然タイムラグがある。
だからこそ一刻も早く戦地を離れたいものは、率先してこの免罪符にしがみつく。
魔力を持たぬ平民は貴族の敵ではない。
これは『国是』であると。
そして言われるままにノイトラールを訪れた兵士を迎えたのは、簡素なチェインメイルを着た首無しの門番だった。
「なんだよ…わざわざ出向いたのに襲撃済みか?」
血だまりに突っ伏す姿に戦意を失った者もいたが、ひとりが門番を蹴り飛ばし先に進むと、残りもついて行った。
領主が変わり羽振りが良くなったらしいが、住民は逃げ出した後のようで、
壁が崩れた建物は下地の煉瓦がのぞき、塞がれたドアや窓にはかんぬきと錠前がかけられている。
だが、遠くまで来ておいて手ぶらで帰るワケにもいかない。
手近な店に押し入ろうとすると、路地の奥から音がした。
「あ¨ぁ?」
逃げ遅れがいたのかと思い咄嗟に凄むと、自分より明らかに凄みのある顔がソコにあった。
唸り声と荒々しく土をかく蹄。
認識した途端、禍々しい横向きの瞳孔が近づき巨大なツノを突き出してすぐ横にいた男を跳ね上げた。
そしてそれが合図だった。
建物の背後の山から下りてきたのか、路地裏から現れた獣たちは次々と略奪部隊に襲いかかった。
通常の家畜とは比べ物にならないほど巨大なヤギや羊が、殺気むき出しで突進してくる。
その先陣をきるのが恐ろしく筋肉質な牛で、面構えからしてゴロツキ程度は足元にも及ばない。
そして慌てて逃げ出した略奪者たちが町の中ほどに辿り着くと、通りの中央に噴水だったものが現れた。
水盤からは血に濡れた手足が引っかかるように下がり、その周りには口元を赤く
染めたクマとイノシシがいた。
「……ワイルドベアとジャイアントファングの巣じゃねぇか…」
ここはハワードベルクと山続きだ。町を占拠したのは侵奪者じゃなくてコイツらだ……
噴水広場から路地に逃げ込もうとした者たちが蜂の巣を蹴とばしてしまい、広場は更なるパニックに襲われた。
熊鈴を鳴らしながら元気に走るヴォイテクを先頭に、イノシシたちが敵を追い立て、フェルナンドたちがラグビーボールのごとく襲撃者を跳ね上げて追い出してしまった。
「賊は全員逃げましたのじゃ!」
門の上に隠れて見守ってくれていた遊牧の民からの連絡に、避難所では歓喜の声が上がり、
通信機の前に座ったトーマスが安堵の息をついて椅子に沈み込んだ。
「すごいぞ!フェルナンド!」リジー先生は大興奮だ。
「今日はフェルナンド達にご馳走を振舞わなきゃですね」
「フェルナンドの好物ってなんだい?」
「ビールですよ」
「牛なのに⁈」
「ヴォイテクだってワインの搾りかすを食べてたじゃないですか」
元より分解できる噴水の像は移動して、水盤部分にワインと搾りかすとハチミツ。そして酢を少々混ぜたものを入れておいた。
これはヴォイテクやイノシシ、そして働き者だが恐ろしく攻撃性の高いビーネンさんの蜂の好物で、食事の邪魔をすれば慣れているプロの養蜂家でもタダでは済まない。
蜂は白い服の人は敵ではないと、一応認識してくれているようなので、住人には
蜂に囲まれたら支給している白いバンダナを頭に巻いて、静かに逃げるように徹底している。
そのため普段から頭や首、腕に結んでいる白いバンダナは、蜂対策だけでなく領民の目印になっていた。
もちろん領民であるヴォイテクやイノシシ、フェルナンド達も闘犬のような綱を首に巻いている。なにも着けていないのは全身真っ白なチェルくらいだ。
「では蜂たちを鎮めてまいりますぞ」ビーネンさん一家は完全防護服で準備万端。
「俺たちもイノシシを戻してきます」新生イノシシチームもはりきって出て行った。
あとは遊牧の民とフェルナンドにお願いして、町が沈静化してから住民を帰す事になった。
ちなみに噴水に沈んでいた手足は、芸術学科の縫製室から譲ってもらったお古の
マネキンで、首なし門番も毒性があり動物が嫌がるヨウシュヤマゴボウの果汁を
布製のマネキンに染み込ませて鎧を着せただけ。
首なしになったのは、さすがに顔を見たら偽物だとバレるからである。
「でもせっかく綺麗に作った町にエイジング加工をする事になるとは思いませんでした」
「アルベルタが戻ってくれたからこそモルタル造形が出来たんだよぉ」
引き上げ時期に町が襲われやすい事を知っていたヴィルヘルムは、怪我人の受け入れ口になっていたアカデミーに搬送する怪我人にノイトラール住人を紛れ込ませて返してくれた。
さすがに前線部隊は連れて帰れないものの、治療班や通信班にいた即戦力ばかりだった。
そして何より、アルベルタの顔を見たブルーノがやっと正気を取り戻してくれて、指揮系統に戻ってくれたのだ。
「このまま地上は新しいけど古めかしい町にして、地下エリアを充実させよう!」
「ではそのように手配いたしますので、ソフィア様はここで計画を練っていてください」振り返るとトーマスはとても良い笑顔をしている。
「いや…でも、略奪部隊は撃退したし…」
「これで終わりとは限らねぇだろ?ノイトラールはお前が捕まったら詰みなんだよ」度重なる襲撃にヨハンも避難所から出す気がなさそうだ。
「今更、他の人を連れてこられても納得できませんよ。
避難所までバリアフリーにしてもらって…」
「ブルーノの意見は、みんなの使いやすいだから教えてくれた方が助かるんだよ。お年寄りも多いし」
「行き場のない子供の受け入れ口になっちゃってるしねぇ」
リリィの視線の先では鉄クズ拾いの子供たちが遊んでいる。
シュテルツェ国民のあの子たちも、今や教会村のサポートに不可欠で、避難の手伝いもしてもらった。
お年寄りばかりの教会村の避難経路は、ゆるいスロープの一本道なので、そのぶん幻影魔法の仕掛けが多いのだけど、簡単なルールほど大人はおざなりにするので、避難は子供たち頼みなのだ。
もはやレヴェンテ殿下に移住の許可をお願いするしかない…
「アンテナショップに賭けてる子だっているんですよー!」
良いものがあっても物が届かない地域もあるので、リリィのアドバイスを受けて
商品開発をしている遠方エリアが数か所ある。
今は転移魔法で受け取りに行くしかないけど、良いものが出来ればリリィ商会が
買い上げてくれる事になっている。
「あれっ?私、仕事増やしすぎ???」
「まぁ、やる事は山ほどあるんでしょうから、覚悟を決めることね。遊びには来てあげるわよぉ」
同情的な視線が向けられつつも、みんな帰宅準備を始めている。
確かに隣町から不審者が移動してきたのを立体マップで確認して、すぐに全員避難の号令をかけているから着の身着のままで不安だろうし、畑も家畜も放ってはおけないのだろう。でも……
「………私…一週間も穴ぐら暮らしなんですけど…」
「ヴルフ博士より短いから問題ないだろう」
「地質学者さんと一緒にされても…」
「魔術師さんが迎えに来るまでの辛抱ですよ」
笑顔のアルベルタに
「せめてゲオルグが帰還するまでにしてくれない。一緒に帰ってくるとは限らないから」と言うと「あー…」と何か思い当たった顔をして目を逸らした。
「………………なんか聞いてる?」
「いや⁈何も!」
「アルベルタは直接ヴィル様に会ったのよね?」
「えっ?あっ、はい!」
挙動不審なアルベルタを凝視すると、逸らした目が泳いでいる。
他のメンバーに視線を送ると、それぞれ余裕の笑顔を返したがブルーノだけが視線を逸らした。
「はいっ!ブルーノ、居残り!」
「えっ!なんで僕⁈」
「君が一番に口を割りそうだからだよ!」
「ブ、ブルーノはノイトラールに居たんですよ」
「でもアルベルタから話を聞いているのよねー。
だからふたりして同じリアクションで誤魔化そうとしたんだよねー。
いいなー、仲良し。羨ましー」
思いっきりジト目で言ってやると
「お前にとって不利益なウワサだぞ」となぜかヨハンが不敵に笑っている。
「オレにとっては吉報だがな」
「……何それ?」
領民に聞かせたくない内容なのか、トーマスとリリィが帰り支度を急がせている。
「ほら!なんだっけ?アンタの好きな焼き菓子」
「堅焼きレンガクッキーだな!」
「くちどけホロホロクッキーだな!」
「それっ!それを後で持ってくるからね!」
いつも通りケンカしてるパン屋を先頭にリリィに追い立てられた領民が慌ただしく帰り、アルベルタも、どさくさに紛れてブルーノの車いすを押して帰ってしまった。「どうせ動けないから」と話し相手になってくれていたヒスイまでいない…
残ったヨハンは穏やかに紅茶を飲んでいたが、カップを置くと不意に隣に寄って来た。咄嗟に距離を取ろうとすると、素早く腕をつかまれる。
「あんなに聞きたがっていたのに後悔している顔だな」
バランスの悪いヨハンを突き飛ばす訳にもいかず
「どうせヴィル様の悪いウワサなんでしょ?」と牽制した。
「あぁ、ただのウワサだ。アイツが死ぬとはとても思えないからな」
「………………」
言葉を失ってまっすぐ見つめると、ヨハンはヘーゼル色の瞳で静かに見つめ返した。
「当てにはならない。だが今、お前の隣に居るのはオレだけって話だ」
優しく頬を撫でられて、背中がザワザワする。
「もう…オレにしておけ…」
ヨハンの胡散くさい仮面がズレて魔力が溢れるような不思議な感覚がした。
まとわりつく気配はヴィル様の真っ黒オーラとは違う。情というよりもっと重くてベッタリとした…
『欲…?』
気がつくと僅かに頬を上気させた緑の目に見下ろされながら押し倒されていた。
初めて見るその目はドロリと濡れていた。
「お前はもっと力の抜き方を覚えた方がいい…」
知っていた筈だった。上位貴族になるほど魔力量が多くて濃密で、それをぶつけられるだけで平民なんて動けなくなるんだ。
奥歯がカチカチと鳴る音が聞こえて、自分が震えている事を知った。
「……やだ…」
体を起こそうとしたら、逃がさないとばかりに体重をかけてきた。
そして耳にくちびるを触れさせながら
「お前はお前が思うほど強くないよ」と言った。
怖さと悔しさと混乱で涙が滲む私の中で何かがキレて、思いっきり両手を突き出した。でも魔法でもない限り、成人男性が壁に叩きつけられるなんてありえない。
魔法…。
真っ直ぐ伸ばされた私の左手では銀色の指輪が光り、ぼんやりと小さな魔方陣が浮いていた。
現存最高硬度の物質。やはり私に似合う指輪はコレしかなかった。




