第100話 始めるより終わらせる方がずっと大変
明け方にヒスイを背負ってドクタービルングを訪ねると、当然詳細を聞かれた。
「右脛骨と左橈骨骨折に全身打撲。ジャイアントファングに轢かれたと言ったが、ついにヤツらは二足歩行を覚えたのか?襲撃者は誰だ」
眼鏡越しに睨みつけられて思わず背筋を伸ばす。
明け方に運び込む時点で事件性は高いし、そもそも誤魔化しが通じる相手ではない。
「賊は顔を隠した大柄な男です。お嬢様狙いだったですが、帝都がどうとか言って逃げたです」
「私はヒスイに出てくるなと言われて、敵が転移したのを確認して初めて家を出ました。陽が昇れば人目につくと思ったのかもしれません」
「……ダールベルクの関係者ではなかったのか?」
「知ってる顔ではなかったです」
だがビルングは全く納得していない顔だった。
「ヒスイ君は当然だが、今日はソフィア嬢もアカデミーを休むように。
ふたりとも寝てないだろ。酷い顔だ」
流石にアノ状況で眠れたのはチェルだけだった。
ドクタービルングとリジー先生に情報集めをお願いして、アカデミー組を見送ってから役場に第一報が届くまでに一時間もかからなかった。
「昨晩王城で謀反が起こり皇帝が退位。
王弟ヨーゼフ殿下がその座につき、大臣たちは更迭。戦地には休戦命令が下ったそうです!」
応接室に駆け込んできたトーマスに、ヨハンは「クーデターか?」とすぐに反応したけど、ただでさえ切れそうな緊張の糸が、さらに引き絞られた気がして咄嗟に
言葉が出なかった。
新しい産業を作るべく話し合っていたリリィは、すぐ隣でこちらを伺ってから視線をトーマスに戻した。
ドクタービルングからの情報によると、帝都はこの話で持ち切りらしく、アカデミーはほぼ休校。教授陣はおろか学生たちまで情報集めに走りまわっているらしい。
そして私は家に戻るようにとトーマスに言われてしまった。
「どうして?」
「戦地の話がシュテルツェと休戦した時に似すぎています。
あの時はヴィルヘルム様おひとりに悪評を負わせるべく、悪意あるウワサが瞬く間に広がったのです」
「戦争には大義があった。やり過ぎは一部士官の暴走である…。
自分を正当化するには悪役を作るのが手っ取り早いのよねぇ」
「何ソレ⁈」
「昨晩の襲撃者も無関係ではないだろう。護衛が出来そうなヤツは残っているのか?」
「だったらアタシがついてるわ。でも戦力にはならないから、すぐに誰かを寄越して頂戴」
リリィは「アンタの家で話を詰めちゃいましょう」とテーブルに広げてあった地図を丸めているが、イマイチ状況が飲み込めない。
見かねたヨハンが
「いっそ避難所にこもってろ。情報はコッチで集めておくから、通信だけつないでおけ」と言った。
「そんなに大事おおごとなの?」
「領主が抑えられたらチェックメイトなんだ。
借りはトイチでツケといてやるから、安心して寝てろ」
「そうね。まずは寝なさい。寝不足はお肌の大敵よぉ」
「では眠りを誘うお茶をご用意しましょう」
もはや有無を言わせぬ勢いで避難所に通じる地下通路にチェルと一緒に押し込められ、そして背後でガチャリと金属音がした。
『もしかしなくても鍵かけられた?
隠れて暮らすことの多い人生だけどさ…ここに来て更なる監禁生活が始まっちゃうの?』
チェルに急かすように押されて、通路脇のカンテラを握る。
もはや前にしか道はない。
ノイトラールの地下には迷路のような石灰岩洞窟があって、その奥に有事の際の
避難所が作ってある。
主だった建物や風車など、至る所に用意された隠し通路は、一見すると天然の迷路だけど、あちこちに幻覚魔法がかけられていて、避難所まで行くには左手を壁に
つけたまま進むだけ。シンプルだからこそ部外者は迷うようにしてあるらしい。
避難所自体はホールのような空間に簡単な個室がいくつも掘られた洞窟住居風だけど、魔道具に加えて水まわりも充実しているので生活には困らない。
そして貯蔵庫も兼ねているこの場所は、住人全員が逃げ込んでも半月は過ごせる
食料が確保されている。
しかも先日の襲撃で使ったばかりなので、さらに使いやすく改善されていた。
有事を想定した作戦本部は、役場のものより広域がカバーできる立体マップがあり、同じように忙しく駒が動いているのだが…
「…戦力って言ってたけど、戦えるのはフェルナンドだけじゃない…」
多数の死傷者を出したシュテルツェ戦は、引き上げの時も混乱が起きた。
特に帝都の帰路にあたった土地は食料を奪いつくされ、さらに領主が戦死した領地は即座に国有地化された所もあったらしい。
そしてそれらの領地は褒賞として戦争で活躍した者に与えられる。
利益を出している零細貴族ほど、戦死者が多かったなんてウワサが実しやかに
囁かれていたそうだ。
グラシ領が直接国境を接しているのはシュテルツェだけ。でも先日の軍艦の話も
問い合わせすら来ていないし、間違いなく狙われているだろう。
しかも国に協力するのは貴族の義務なので、領地の通過を求められたら応じない訳にはいかない…
トーマスから渡された茶葉をポケットから取り出すとティーポットを用意した。
淹れるのは当然、目が覚めるお茶。
火にかけたポットの蓋がカタカタ音をたてるまで、ソファで眠るチェルを他所に、地図を睨みつけていた。
「聞いてよ、ソフィアー!夕方いきなり近衛騎士団が来て
『アカデミーの作物や家畜は帝国のものである!』とか言って、畑ごと差し押さえられたんだよ!収穫間際の新種のネギちゃんも!
あの子は焼いてこそポテンシャルを発揮するのに説明も聞かないで…」
運んできた夕食をテーブルに置くなり、先生は一気に捲し立てた。
「医薬品も根こそぎ運び出していたので、被害が大きすぎて停戦せざるを得なかったのではって言われてます」
畑で頭がいっぱいのリジー先生と違い、マルティナ博士は情報を集めてきてくれたようだ。
先生をあやしながら話をまとめると
・クーデターが起こり先帝派は更迭、穏健派の王弟殿下が帝位についた。
・元より戦争に反対していた穏健派は相手国に休戦を申し入れたが、賠償責任を取らされるとウワサになっている。
・休戦により撤収命令が下されているが現地は膠着状態。
戦地に近い町は、補給と言う名目で既に略奪を受けている場所もあるらしい。
王太子殿下の話がひとつも出てこない…
穏健とは言いつつも、穏やかに帝位が移行したワケではなさそうだ。
「とりあえず早急に対処すべきは略奪行為なので、すでに総出で収穫作業を始めてもらっています」
「カブやニンジンはまだ早くないかい?」
「多少小さくても、冬の食料を盗られるよりはマシです」
「寒さに当たって甘くなるのにぃー!」
略奪部隊が来たら、野菜より金目の物を狙いそうだけどね…
「物を盗られるくらいで済めばいいですけど、居座られちゃった町もあるようですよ」
「…居座らずにさっさと通過したくなる…居心地の悪い町…」
「そんなの街づくりのコンセプトと真逆じゃないか」
「……………真逆…やりましょうか?」
ふたりは驚いていたけど『絶対住みたくない町づくり作戦』が始動した。




