第10話 変わるキッカケなんて驚くほど些細なモノ
「お前が夜会に出る訳でもないのに随分と嬉しそうだな」
お支度の手伝いをしながら、つい口元が緩んでしまう。
正装のヴィル様はまさに王子様で、背中に薔薇背負って見える。
昼間は少し寂しくもなったけど、こうも住む世界の違いを見せつけられると
羨ましいを通り越して現実味を感じない。というか完全に浄化されてしまった。
目の前のヴィル様がカッコイイ。それだけが現実だ!
ヴィル様も式典が楽しみなのか、クラバットを結ばせながらご機嫌で頬に指を這わす。
誰を思っているのか、その表情は完全にいたずらっ子だ。
そうこうするうちに時間になって、慌てて出掛けて行ったけど、
ポータルの近くに下げられたヤドリギには気付いてもらえなかった。
昨日ニワトリ小屋の材料を探していて見つけたのだけど、結界の向こう側だったので、ヴィル様にお願いして私も結界を行き来できるようにしてもらった。
そうまでして欲しかったのはヤドリギの下では争ってはいけないと聞いた事があったから。
だからもしヴィル様がウワサ通りのヴィルヘルム・ダールベルクだったとしても、
ヴィル様になって帰ってきてほしいという願掛けだ。
そう思いながらさっきまでヴィル様が触れていた頬に触れてみる。
女嫌いとか言っていたけど、こっちもウワサに違いない…
踵を返すと今まで住んでいた小屋が目に入った。
「…これが現実」あえて口に出し、言葉の意味を噛みしめる。
王子様はお姫様とお城でダンスを踊って幸せになるのだ。だってそういうモノじゃない。
モヤモヤした気持ちを抱えて扉を開けると、ソファに手袋が置きっぱなしになっているのが見えた。
「うそ…」
傷を嫌がる人がいるから公式な場では手袋をしてるって自分で言ってたじゃない!
そして手袋には小さく紋章まで入っている…
『この手袋をはめてお姫様の手を取るつもりだったのでしょう?』
少し意地悪な考えが頭に浮かんだけど、すぐにかき消した。
この為に治療を頑張っていたのだから、治癒師としては応援すべきだ。
会場関係者の方に渡せば届けてくれるだろうか…?
夜ならこの目も見咎められずらい。
前髪を下ろし、コートのフードを目深にかぶると、ソフィアはお城に向かって駆け出した。
ポータルを通り、執務室に移動したヴィルヘルムは足早に王城に向かった。
王城と呼ばれるエリアは、中央に城、その両サイドに魔術師と騎士のエリアが
あり、高い城壁にはいくつもの尖塔が建っている。
常に兵がいる城の裏手の訓練場には既に人気ひとけがなく、代わりに城壁の
上などに配備されていた。
今夜は要人も集まる式典で、兵も魔術士も総出で警備にあたっている。
俺も夜会よりそちらの方が性に合っているのだがな…
既に身分の低い貴族は集まりだしているようで、城に続く坂道を走る馬車が見える。
小高い丘に建てられた城は森に囲まれ、町を挟んで堀のような川が巡り、キロ橋も見えた。
こう見るとさほど遠くない。
先程まで触れていた頬の感触を思い出し指を擦る。
『帰りたいな…』
自分でもおかしな事になっているとは思う。
息抜きだとロルフに食事に誘われたのは、たった一週間前だ。
だがもっと短い時間で世界は変わってしまった。
何かが変わる時なんて、案外そんなものなのかもしれない。
シェーファー魔術師団長に声をかけられ挨拶をしながら急ぐと、うなじにピリッと刺激が走った。
『…………結界を出たのか?もう暗くなるというのに』
だがニワトリ小屋を作るとか言っていたから、今日中にやりたい事があったのかもしれない。
殿下には今更と言われそうだが、確かに過干渉もよくないだろう…
一抹の不安を感じつつ会場に足を向けた。




