ep 5
獣王の厨房、友情の隠し味
獣王国ベスティアの王城。その厨房は、かつてないほどの活気と、そして異文化交流の熱気に包まれていた。先の歴史的な会談の後、太郎の提案した「食を通じた相互理解」は、まず厨房から、という形で早速実践されていたのだ。
天才エルフ料理人サクヤが、ベスティアの料理長であるマリーや、その補佐役のカーシャ、そして空獣将エージュから、獣人族に伝わる伝統料理や、この土地ならではの珍しい食材の扱い方を熱心に学んでいた。彼女たちの間では、既に国境も種族も超えた、料理人同士の深い敬意と友情が芽生え始めているようだった。
「この『ロックリザードのハーブ蒸し』は、まず鱗を丁寧に取り、特殊な樹液で臭みを消すのが肝心ですのよ、サクヤ殿」
「まあ、素晴らしい! その樹液は、もしかしたら我が国の薬草と合わせることで、新たな調味料が生まれるかもしれませんわね…!」
太郎とフレアも、そんな彼女たちの賑やかな料理談義に加わり、時にはスキルで取り寄せた日本の調味料(醤油や味噌、みりんなど)を試してもらったり、あるいはフレアが「わたくしの聖なる炎で、一瞬で最高の焼き加減にしてさしあげますわ!」と、危なっかしい手伝い(?)を申し出たりと、和気あいあいとした時間が流れていた。
そこへ、ふらり、と厨房に現れたのは、意外な人物だった。この国の王、レオその人である。彼は、何をするでもなく、ただ腕を組み、少し離れた場所から、皆が楽しそうに料理をする様子を、黙って眺めていた。
「レ、レオ様!? なぜ、このような場所に…!?」
最初に気づいたマリーたちが、驚きと緊張で動きを止める。
しかし、レオは、そんな彼女たちの緊張を意に介さず、少しだけ照れたような、そしてどこか自慢げな表情で、ぽつりと呟いたのだ。
「……お、俺だって…料理くらい、得意なんだぜ? そのくらい、できる」
「「「えええええっ!?」」」
マリー、カーシャ、エージュの三人は、信じられないといった表情で、自分たちの王の顔をまじまじと見つめた! あの、常に孤独と苦悩の影を纏い、戦場で【百獣の王】としての圧倒的な力を見せてきたレオ様が…料理を!? しかも、得意!?
「はは、そうなのか、レオ! それは初耳だな!」太郎は、その意外な一面に、素直に喜びの声を上げた。「だったら、遠慮しないで、こっちへ入れよ! 一緒に作ろうぜ! きっと、もっと美味しくなる!」
太郎の、あまりにも屈託のない誘いに、レオは一瞬戸惑ったが、すぐに、ふっと肩の力が抜けたように、穏やかな表情で頷いた。
「レオ様! もしよろしければ、こちらの『森のイモムシ(高級食材!)』の皮むきをお願いしてもよろしいでしょうか?」
サクヤが、いつものように冷静に、しかし的確に、レオに作業を割り振る!(イモムシの皮むきって、どうやるんだ…?)
「あ、ああ…任せろ」レオは、少しだけぎこちない手つきで、しかし真剣な眼差しで、その奇妙な食材(?)と向き合い始めた。その姿は、もはや獣王ではなく、ただの、料理を手伝う一人の青年のようだ。
皆でワイワイと、それぞれの得意な(あるいは、初めて挑戦する)調理に取り組む。太郎は、スキルで出した日本の野菜を使い、特製の浅漬けを作り始めた。フレアは、サクヤに「火加減が強すぎますわ!」と怒られながらも、なぜか溶岩鶏の丸焼きに挑戦している。
そんな、和気あいあいとした雰囲気の中、ちょっとしたアクシデントが起こった。
「ああっ! いたっ! ごめんなさい、指を切っちゃいました…!」
マリーが、慣れない飾り切りに挑戦していて、うっかり包丁で指先を少しだけ切ってしまったのだ。
「もう、ドジねぇ、マリーは♡」
瞬間、フレアがマリーのそばに飛んできて、その指先に、ふぅ、と優しく息を吹きかける。すると、彼女の息吹に含まれた聖なる炎の力か、マリーの小さな傷は、あっという間に綺麗に塞がってしまった!
「ほら、もう大丈夫よ♡ でも、気をつけることね?」
「あ、ありがとうございます、フレア様…!」マリーは、顔を赤らめて礼を言う。
そんな、まるで本当の家族のような、温かくて、少しだけ騒がしくて、そして最高に楽しい時間。キッチンには、様々な食材と、スパイスと、そして皆の笑顔と笑い声が混ざり合った、最高の「隠し味」が満ち溢れていた。
やがて、テーブルには、獣王国ベスティアの伝統料理と、太郎国(日本)の家庭料理、そしてサクヤやフレア、さらにはレオ(!)までもが腕を振るった創作料理が、所狭しと並べられた! それは、まさに文化と友情の融合が生み出した、奇跡の饗宴だった。
「さあ、皆! 腹いっぱい食べるぞ!」
太郎の元気な号令と共に、皆で食卓を囲む。そこにはもう、国も、種族も、過去の因縁も関係ない。ただ、美味しい料理と、かけがえのない仲間たちとの、最高に幸せな時間が流れているだけだった。