ep 35
夏の風物詩、流し素麺と笑顔の輪
アステリア(太郎国)にも、本格的な夏の陽気が訪れようとしていた。日差しは日に日に強くなり、城壁に囲まれた王都ですら、昼過ぎには汗ばむほどの暑さを感じる日が増えてきた。執務室で、山のような書類(主にセバスが処理し、太郎は最終決裁のハンコを押すだけだが)と格闘していた太郎の脳裏に、日本の、あの夏の風物詩が鮮やかに蘇った!
(暑い…暑すぎる…。こんな日は、やっぱりアレしかないだろ! キンキンに冷えた、つるつるシコシコの麺! そして、それを、ただ食べるだけじゃなく、エンターテイメントとして楽しむ、あの涼やかなイベント…! そうだ! 流し素麺だ!)
思い立ったら吉日! 太郎は、ペンを放り出すと、サクヤに「今日は特別メニューだ!」とだけ告げ、一人、意気揚々と城の裏手にある竹薮へと向かった。(アステリア城の庭師には、太郎の突拍子もないリクエストに応えるため、様々な植物を試験的に栽培する区画が設けられていたのだ!)
スキルで出したノコギリを手に、太郎は太さや長さの異なる竹を何本か切り出し、それを器用に(あるいは、意外と不器用に、試行錯誤しながら)半分に割り、節を取り、丁寧に磨き上げていく。
その異様な作業に、最初に気づいたのはサリーだった。
「太郎様? なんだか楽しそうですけど、竹で何を作ってらっしゃるんですか?」
「ん? ああ、サリーか!」太郎は汗を拭いながら、笑顔で答えた。「これはね、日本の夏の最高の娯楽であり、最高の食事でもある、『流し素麺』の台を作るんだよ!」
「流し素麺…?」
そこへ、噂を聞きつけたライザ、ヒブネ、ヴァルキュリア、そして子供たちやピカリ、さらにはラスティアやデューク、フェリルまでもが、ぞろぞろと中庭に集まってきた。サクヤも、興味深そうに(そして、もちろんメモを取りながら)その様子を見守っている。
太郎は、集まった皆に、得意げに説明した。
「素麺っていうのは、小麦粉で作った、すごく細くて、つるつるした日本の麺なんだ。それを、こうやって竹で作ったレーンに、冷たい水と一緒に流して、それを箸でキャッチして、特製の『ツユ』につけて食べる! これが、もう最高に美味しくて、最高に楽しいんだぜ!」
「まあ、麺を…流すのですか? なんとも風流な…」ライザが感心する。
「へぇー、面白そう!」サリーと子供たちは目を輝かせる。
「素麺…? 初めて聞く麺料理ね。どのような味かしら」ラスティアも興味津々だ。
やがて、中庭には、竹を巧みに組み合わせた、立派な流し素麺台が完成した! 清らかな水が、竹のレーンをサラサラと流れ落ちている。
「ほら、出来たぞ!」太郎は、胸を張った。「今から、僕が茹で上げたばかりの、キンキンに冷えた素麺を流すからな! 皆、自分の箸(もちろんスキル産!)と、お椀に入った特製のツユ(これはサクヤにレシピを教えて作ってもらった、カツオと昆布の本格的なやつだ!)を用意して、流れてくる素麺を上手にキャッチするんだ! 美味しいぞー!」
「ふむ、やってみるか」デュークが、最初に箸を構えた。
太郎が、茹で上げて冷水で締めた、真っ白で美しい素麺の束を、竹のレーンの上流から放つ! 素麺は、清らかな水の流れに乗り、つるつる~っと、軽やかにレーンを滑り落ちていく!
「「「おおーっ!」」」
皆から、歓声が上がる!
「それっ!」デュークが、意外なほど器用な箸さばきで、流れる素麺をさっと掴み上げ、ツユにつけて、ズズズッ!と一気に啜り込んだ!
「む! うまい! この、ひんやりとした喉越しと、淡白ながらも奥深い味わい! そして、このツユの風味! なかなかやるではないか、主よ!」
「でしょー!」太郎は得意満面だ!
それを見て、他の皆も、我先にと箸を伸ばし始めた!
「きゃー! 速い! 取れないー!」(サリー)
「ふふ、こうですのよ、サリー。落ち着いて、流れを読んで…ほら」(ライザ、意外と上手い!)
「わーい! 素麺だー! 冷たくて美味しい!」(子供たち、大はしゃぎ!)
「ピカリも! ピカリもキャッチするー!」(ピカリ、素麺に翻弄される!)
「ふむ…確かに、この清涼感は、暑い日には格別ですわね」(ヒブネ)
「何たる涼やかさ! 何たる美味! 喉を滑り落ちるこの感覚…! 素晴らしい!」(ヴァルキュリア、感動!)
「…面白い食べ方だわ。そして、この出汁と麺の調和…悪くない」(ラスティア、気に入ったようだ)
「ご主人! 僕、いっぱい取ったよ! 美味しい! 美味しい!」フェリルは、もはやお椀に山盛りの素麺を確保し、夢中で啜っている!
中庭には、皆の楽しそうな笑い声と、素麺を啜る音、そして時折聞こえる「あー! 流れてっちゃったー!」という悲鳴(?)が響き渡る。
「うん。やっぱり、日本の夏は、こうじゃなくっちゃね!」
太郎は、その光景を、心からの笑顔で見守っていた。スキルで取り寄せた薬味(ネギ、生姜、ミョウガ!)をツユに加えながら、自分も流れる素麺を巧みにキャッチし、その清涼感と喉越しを堪能する。
異世界で、まさか流し素麺をすることになるとは、夢にも思わなかった。でも、こうして、大切な仲間たちや家族と、同じものを見て、同じものを食べて、一緒に笑い合える。それこそが、彼がこの世界で手に入れた、何物にも代えがたい「日常」であり、「幸せ」なのだ。
竹のレーンを滑り落ちる白い素麺のように、彼らの穏やかで、楽しくて、そして美味しい日々は、これからも、どこまでも、続いていくのだろう。そんな、確かな予感を胸に、太郎は、夏の陽光の下で、再び、勢いよく素麺を啜ったのだった。