第5話 不穏な空気
私と美咲は、斎藤さんの手帳に書かれた「埋もれた道」の手がかりを探すため、ふるさと農園の調査を開始した。農園は斉藤さんの思い出が詰まった場所であり、彼の失踪とこの場所に何らかの関係があるという考えにいたった。
二人は農園の広大な畑や小道を歩きながら、手帳に描かれていた地図に似た風景を探していた。
だが、彼らの調査が本格的に始めたその時、ふるさと農園を運営している会社の責任者、鈴木一郎が姿を現した。
彼はスーツを着込み、冷ややかな視線で私と美咲を見つめている。
鈴木一郎は、本業は不動産業や運送業など多岐に渡るらしく、ここ美柵町では、まちおこしでふるさと農園の開発をする際に参画し、運営会社を設立している。年は50前後といったところ。いわゆる中年のおじさんというよりはイケオジ。噂では、開発に関連して自治体からの補助金や関連発注で儲けたとか儲けていないとか。道の駅ブームにのって物産所の経営に力をいれているが、利益を重視の経営と言われているらしい。他にも美柵町で開発を進めたいらしく古くなった公設の福祉施設を取り壊し、観光資源をつくることを考えているとか。
鈴木は町の開発推進派として知られており、地域の過去や伝統に対する関心は薄く、むしろ農園を観光地化し、利益を得ることに力を入れていた。
「ふるさと農園に何か御用ですか?」
鈴木は無表情に問いかけてきた。
「ええ、斉藤さんが失踪する前にこの場所に興味を持っていたので、その手がかりを探しています」
鈴木は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに冷静な口調に戻った。
「過去に囚われていては、未来はありませんよ」
「この農園も、ただ、田舎の野菜を売るだけの場所じゃない」
「ここは地域の経済発展に貢献する場です」
「誠さんも立ち上げには関わったけど、今はもうその時代じゃない」
「観光開発が進んでこそ、この地域は生き残るんです」
彼の言葉には確固たる自信が感じられたが、その冷淡さに私は違和感を覚えた。
鈴木は農園の歴史や斎藤さんの思い出に興味を示すどころか、それらを過去の出来事と見なし、完全に無視しているようだった。
鈴木は、久保田たちの調査に対しても非協力的な態度を崩さず、むしろ「無駄なことはやめた方がいい」とでも言わんばかりの態度を取っていた。
「過去ばかりに目を向けていては、未来は作れません。私たちは新しい時代に進むべきです」
と鈴木は強調し、その場を立ち去った。
彼の冷ややかな言葉が、私の心に不安を呼び起こす。
それから数日後、ふるさと農園の一部で奇妙な掘り返し跡が発見されたという噂が町中に広がった。私はその話を耳にし、美咲と共に現場を訪れることにした。掘り返された場所は、農園の片隅にある小さな丘の斜面で、地面が乱雑に掘られているのが一目で分かった。
「これは観光イベントの準備だよ」
鈴木は再び姿を現し、掘り返し跡についての説明を淡々と述べた。しかし、その説明にどこか曖昧さを感じ、私は。ますます鈴木の言葉に疑念を抱くようになった。
「本当にイベントの準備だけでしょうか? この場所で何か特別なことがあったとか、隠されているものがあるとか、そういう噂は聞いたことがありませんか?」
と鈴木に問いかけると、彼は短く鼻で笑った。
「そんな話に聞いたことない。私は観光客を呼び込むことが最優先です。もし何かお調べになりたいなら、勝手にどうぞ。ご自由にしてください。ただし、他人に迷惑をかけないようにお願いしますよ」
そう言って、鈴木は立ち去ったが、私の心にはますます疑念が募った。斉藤さんが語っていた「埋もれた道」に関連する場所なのではないかと。
その後、私と美咲は農園の奥深くへと足を踏み入れることにした。手帳の地図に描かれた場所に似たエリアを探索していると、二人はふと足を止めた。辺りには風の音と木々のざわめきしか聞こえないはずだったが、なぜか誰かに見られているような気配を感じたのだ。
「……誰かいるの?」
美咲が小さく声を出すが、返事はない。
辺りを見回しても、誰の姿も見えない。
「もしかしたら、斉藤さんが何かを見つけようとしていたのは、この場所かもしれない……」
そう呟く私の声に、美咲は無言で頷き、二人はその不気味な空気の中をさらに進んでいった。