第4話 捜索活動と疑問
斎藤誠さんの失踪が発覚してから、数時間後には地域一帯がざわつき始めた。
私もその中心に立ち、斉藤さんのご家族やご近所の住民たちと共に捜索に乗り出した。美柵町の広大な田園地帯とあちらこちらに繋がる小道は、斉藤さんがよく歩いていた場所。地域の人たちはすぐに捜索に協力してくれた。
小道の先には神社や寺、史跡、閉山した鉱山の入り口があったりする。斉藤さんが歩いていったかもしれない。
認知症のある高齢者が徘徊することは珍しいことではない。
しかし、時間が鍵になる。時間が経てば経つほど、行動範囲の検討がつかなくなる。想像以上に遠くまで歩いていっていたり、意外と身近なところにいたにも関わらず発見できず、亡くなって見つかるなんてこともよくある。
町の人たちは、地域を探すことは、慣れているのか皆、協力的で助かった。中には学校の先生や地元企業の職員、役所の人までいる。何かあれば、地域のみんなで協力するという姿に少しうれしさを感じる。
いや、うれしさを感じている場合ではなく斉藤さんを探さなければ。
しかし、私は今回の失踪にはどこか単なる徘徊とは違うのではないかと感じていた。
警察も、その日すぐに地元警察が動き出し、木村健太巡査が捜索に加わってくださった。彼は斉藤さんの失踪を認知症高齢者の行方不明案件として動いてる。
木村健太巡査は、年は30代半ばぐらいだろうか、真面目で正義感が強く、警察官という職務に責任と自信を持っている印象だ。周囲の人の反応から町内での信頼は厚そうだ。朝、登校中の見守りに立っているのを私も見かけたことがある。
「認知症の高齢者が姿を消すなんて、よくあることだ。家の近くの山道か、田んぼのあぜにでも迷い込んだんだろう」
木村は、そう淡々と話しながら捜索隊を編成し、地図を確認する。
だが、その言葉には私の中でどうしても納得のいかない違和感があった。
私は、斉藤さんの行動がただの徘徊ではないと感じていた。
斎藤さんが失踪する直前に語った「大事なこと」という言葉。そして手帳に記されていた「埋もれた道」の断片的な記述。それらが何かの偶然ではなく、斉藤さんが意図的に行動していたのではないかという思いが次第に強くなっていく。
などと、人が聞けば推理オタクなの?妄想すごいねって言われかねないが、日頃から斉藤さんと接する中で、日常的に徘徊しない人が唐突にいなくなったことに違和感を感じていた。
「彼がいなくなる前に、『やらなければならない大事なこと』があると言っていたんです。これがただの徘徊なら、なぜその言葉が必要だったのか……」
私は、そう木村に伝えるが、彼の反応は淡白だった。
「まぁ、彼の認知症高齢者の行方不明なんだから、何を言ったかは関係ないだろう。不明者の捜索は、まず身近な日頃よく行く場所や人目に付きにくい場所から探すものですよ」
木村は、私の疑問を気にすることなく、捜索を続けた。
しかし、私はその場を離れると、手帳に書かれた言葉や斎藤さんの様子が気になって仕方がなかった。
私は一人考え込んでいた。
斉藤さんの手帳に記されていた「埋もれた道」という言葉。戦時中に何かが隠されたという古い噂。すべてが不確かで曖昧ではあったが、斉藤さんがそれに強い関心を抱いていたのは間違いないと思う。
私は、信頼できる友人、高橋美咲に相談しようと決めた。彼女は、自由な発想と鋭い観察力を持ち、私の行き詰まった考えを整理するのに付き合ってくれる貴重な存在だ。美咲に手帳を見せると、彼女はすぐにその内容に興味を示した。
髙橋美咲は、東京の美大出身。大手出版社から書籍の挿絵や表紙のデザインなどをフリーで請け負っているイラストレーター。写真やWebなんかもするみたいで、フリーながら忙しいらしい。年は20代後半、いわゆるアラサー。性格は明るくて社交的、好奇心旺盛でミステリー好き。数年前に2拠点生活というらしいが、桜丘町にやってきて、地域のイベントで子どもワークショップや地域イベントのポスター制作などを行っている。道に絵を描くチョークアートのイベントをしているときに偶然知り合い、それからの縁だ。
「これは面白いわね。特に、この地図みたいなものが気になる……」
美咲は、手帳の中に描かれていた簡単な線画に目を留めた。それは明確な地図ではなかったが、何かの場所を示しているかのような不規則な線と小さな印がいくつも描かれていた。おそらく、誠が何らかの記憶を頼りに描いたものだろう。
「この『埋もれた道』って、何か隠されたものに関係しているんじゃない?戦時中の噂って、どうしても無視できないわよね」
美咲はその言葉に力を込めた。彼女の好奇心は強く、すぐに調査を始めたくてうずうずしている様子だった。
「一緒に調べてみようよ、久保田さん」
「私も興味が出てきたわ」
「『埋もれた道』の謎、これが斎藤さんの失踪と関係してるんじゃないかって気がするの」
彼女の言葉に、私も少しずつこの違和感に自信を持ち始めていた。
単なる迷子ではなく、斎藤さんが何かを探し、何かを守ろうとしていた――そう考えると、すべてが一つの流れとして見えてくるような気がした。
「分かった」
「手がかりは少ないけど、まずはこの手帳の内容を調べてみよう。何か出てくるかもしれない」
こうして、二人は斎藤さんの手帳に記された謎を解き明かすための第一歩を踏み出した。