第2話 思い出と噂
久保田雪は、美柵町にある「ふるさと農園」を訪れることが増えていた。
農園は町の人々が協力して立ち上げた共同プロジェクトで、町外から訪れる観光客も少なくない。新鮮な野菜の収穫体験や、季節ごとのイベントが人気を集め、町の財源の一部となっている。
しかし、雪にとってこの農園には、誠から聞かされる不思議な話がいつも頭に引っかかっていた。
ある晴れた午後、私は再び斎藤誠の家を訪れ、彼の昔話に耳を傾けた。
庭に腰を下ろし、古びた茶碗を持った誠は、遠くを見つめながらぽつりぽつりと語り始める。
「ふるさと農園ができる前はな、この辺り一帯はただの荒れ地だった。農家の後継ぎも町外に出て、担い手を失った農地は廃れていくだけ。だけど、わしらの世代はその荒れ地を農園に変えて、少しでも町を賑やかにしようと頑張ったんだよ。地元に残った若い連中も一緒になって、土を耕して、種を蒔いてな」
斉藤さんの瞳には、遠い昔の光景が蘇るように懐かしさが漂っていた。彼は当時、まだ青年で、ふるさと農園の立ち上げに大きく関わっていたという。その言葉には、かつての努力と情熱が滲んでいた。
「だけどな、その頃からずっとあの場所には『埋もれた道』の話があったんだよ」
「埋もれた道、ですか?」
一瞬、表情を曇らせたような気がした。
「そうさ。今の農園の中央あたり、あそこには昔、町の人間でも知る者が少ない古い道があったんだ。わしが子どもの頃には、年寄りたちが『その道を掘り返すと祟りが起こる』なんて言っていたものさ。道はいつの間にか姿を消し、今じゃあの農園の土の下に埋まってしまった」
私はその話に耳を傾けながら、ふるさと農園の豊かな景色を思い浮かべていた。
今では多くの家族が訪れ、子どもたちの笑い声が響く場所だ。しかし、その下に隠された「埋もれた道」という言葉が、雪の心に奇妙な引っかかりを残した。
斉藤さんが語る昔話は、少しずつ深みを増しているような気がする。
その日は、いつもより少し多く口を開いた斉藤さんが、戦時中の話を断片的に教えてくれた。
「戦争があった頃、この辺りもいろいろなことがあったよ。食べ物もろくに手に入らん時代だったが、人々はなんとか生き延びようと必死だったんだ。そんな中でな、この土地に何かを埋めた連中がいたっていう話がある」
興味深く耳を傾けたが、誠の話はまるで霧に包まれたように具体性がない。
「何が埋められていたんでしょうか?」
と雪が尋ねると、誠はぼんやりとした目で遠くを見つめながら、答えを濁した。
「わしにもよくはわからんよ。」
「ただ、当時の混乱の中で、誰かが何か大事なものを隠したらしい」
「金か、それとも……大切な何か。わしらには、真相を確かめる術もなかったからな」
断片的な話からは、何を隠そうとしたのかまではわからなかった。ただ、その話を聞く私の胸には、何か不安が広がっていった。
「わしはな……守らねばならんものがあるんだよ」
小さな声で呟いた。その言葉に、少し戸惑った。
「守らねばならんもの……?」
その言葉の真意を尋ねようとしても、それ以上何も言わなかった。
「埋もれた道」「何か埋めたもの」という言葉を気にしつつ、次の訪問へと向かう準備を進めた。