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第1話 仕事と日常

私、久保田雪は、今、美柵町の一軒一軒を訪ね歩いている。


私の朝は、町の風景の一つになることから始まる。社会福祉士としての仕事は、個別訪問を行いながら住んでいる人たちの日常生活を支えるため、困りごとを聞きながら解決策を一緒に考えること。訪れる家はさまざまで、高齢者夫婦の家があれば、子育てまっさかりの夫婦の家もある。建物だって、年季の入った古民家もあれば、比較的新しい平屋なんかもある。


雪はいつも、控えめな笑顔と落ち着いた雰囲気で高齢者たちの玄関を訪れる。

彼の優しげな態度は、初対面の人でも安心感を与え、じわじわと信頼を築いていく。


「こんにちはお元気ですか?」そんな声掛けから、訪問が始まる。


高齢者の多くは、彼が来ることを楽しみにしている。彼の控えめな人柄が、人々に警戒心を抱かせず、自然と心を開かせるのだろう。


自宅で一人暮らしをしている90歳の田中さん。


「久しぶりに人と話せる」

と訪問すると嬉しそうに笑う。

話を聞きながら、一緒にお茶を飲んだり、庭に出て野菜の様子を見たり。


「この前もらったお薬、ちゃんと飲んでますか?」


「ええ、飲んでるよ。でも、最近足腰がだいぶ弱くなっちゃってね……」


田中さんの足元を心配そうに見つめ、今後の支援計画について頭を巡らせる。

ちょっとした雑談の中にも、支援が必要なサインがある。それを見逃さずに、さりげなく体調や生活の変化を探る。

日常の中で生じる小さな変化に気づくことで、高齢者たちの安心した暮らしを支えることができる。


しかし、そんな仕事にも苦労は多い。訪問先の家々では、それぞれ異なる悩みや困りごとがあり、その対応に奔走することもしばしば。家庭内の問題や、生活の孤独感に加え、時には行政や家族との板挟みになることもある。今、町内では、遠方に住む家族、子どもたちとの関係が希薄になりつつある人が増えている。


山際の一軒家に住む、80代の佐藤さんを訪ねた。

佐藤さんは最近、息子と電話で口論になり、それ以来連絡が途絶えている。

「もう私のことなんか、どうでもいいんだろうね…」

佐藤さんはそう呟き、遠くを見つめるような目で庭を眺めていた。

その背中を見つめながらも何も言えない自分がもどかしかった。どうすれば家族との関係を修復できるのか、あるいは、佐藤さんがこの孤独を受け入れて前を向けるようになるのか、考え続ける。ただ、どれだけ考えても明確な正解は見つけられず、訪問が終わった後もすっきりとしない気持ちのままだ。


小さい町とはいえ、役所の手続きや福祉サービスの申請についてはそもそも煩雑な手続きが多い。結果、支援が行き届かないなんてことも起きる。本人や家族が手続きを難しく感じたり、煩わしいと思い、後回しにしたままだと、十分なサポートを得られないまま困っている人もいる。町の人たちとの交流とおしゃべりが、一つの解決策になればいいなと思いつつ、次の訪問先に向かう。


斎藤誠さんは、美柵町の中でも少し離れた山裾にある古い木造の家に一人で暮らしている。斎藤家はかつて、町の中で名の知れた農家だったが、今ではその面影も薄れ、家の周りには雑草が生い茂っている。初めて訪ねたときも、今みたいに庭先で古びたラジオを手にして、ぼんやりと空を見上げていた。


「こんにちは、久保田です。今日は、おかげんいかがですか?」

声をかけると、誠はゆっくりと振り返り、かすかに微笑んだ。


「この辺りは昔、もっと賑やかだったんだよ。町の祭りも、そりゃあ賑やかでね……」

斉藤さんが話す昔の話には、私の知らない美柵町の歴史が詰まっている。その話を興味深く聞きながら、彼の記憶の断片を繋ぎ合わせながら斉藤さんの人生について少しでも理解できるようにと思う。特に、ふるさと農園の立ち上げに関する話は、特別なものだった。


「ふるさと農園ができる前、あの土地には古い道があったんだよ。今じゃ誰も覚えちゃいないが、あの道を知ってるのはわしくらいかもしれん」

その話は斉藤さんが時折、繰り返す内容だ。斉藤さんの話す「古い道」が、ふるさと農園なのか、美柵町なのかの思い出に深く関係しているのだろうと。


忘れ去られた町の歴史や、今では知る人も少なくなった風習。私は、訪問するたびに少しずつ斉藤さんの話を引き出し、それを記録していった。

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