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第9話:偶然を装ったストーキング


「ミルド君のおかげで助かっちゃったわ〜ホント、ありがとうね」


 町から少し離れた牧場を営む夫婦からの依頼、木材の調達をミルドは終えたところだった。

 

 木の伐採を数分もかからず済ませて、せっかくだからと始めた丸太の加工と荷車の組み立てを牧場の御主人と協力して2時間ほどで終わらせた。


 牛舎近くを見てみれば、ピカピカの荷車に牧場の御主人がミルク缶やら木箱やらを運び込んでいた。


 今から大事な大事な報酬金の話をしたい所なのだが──


「森ですっごく大きい魔物に壊されちゃってね〜私ったらすぐ逃げちゃって、夫も頼りがいがなくってね〜」

「ああ」


 どこか楽しそうに馬車が壊れた経緯を語る牧場の婦人。

 目尻の3本皺は中年に片足を突っ込んでいる証拠。「最近は体が動かなくてね」と自嘲していたが、まだまだ元気そうだ。


 婦人が話し始めてからどれくらいの時が経っただろう。

 延々続く世間話にミルドはマンドレイクのような顔をしていた。


「そういえばシャロンちゃんとはどうなのよ?んふっ、昨日は夜遅かったみたいじゃない?」

「残業をしていたんだろう。俺は帰りが遅かったからよく知らないが」

「あらそうなの?てっきり仲良くお話してるのかと思ってたわ」


 当たり障りのない世間話。

 退屈を持て余したミルドは今日の昼飯は何にしようか、と考え始めていた。質問された時以外は頷くばかりで殆ど聞いていない。

 

「でも、私が依頼書を出しに行った時は私服だったのよねえ。ほら、シャロンちゃんがよく着てるワンピースで。確か……閉店間際だったかしら。悪いことしちゃったって謝ったのよ私」


(閉店間際?昨晩、冒険者ギルドの灯りを見たのはそれより後だ)


 仕事を終えたシャロンは一体何をしていたのか。

 興味があるようなないような、ぼうっとした頭で考えるが答えは見つからない。


「婦人、そろそろ報酬金の話をしよう」

「あらいけない。話しすぎちゃったわね」


 このままでは埒が明かない、と話題を変えた。

 婦人はこちらが止めるまで話し続ける癖がある。


「手持ちは無いんだったな?」

「そうなのよ〜荷車が壊れちゃったのが昨日、今日の出来事でしょ?」


 朝、顔を合わせた際に聞いたことを確認する。

 依頼書の報酬欄に記載してあった『要相談』とはそういった意味だったらしい。

 最近になってようやく財政が潤い始めたウォーセンでは、稼ぎ頭である牧場夫婦ですら、その日暮らしの生活をしている。


「なら後払いでいい。明日の夕刻までに冒険者ギルドに渡しておいてくれ。金額はシャロンと決めてくれていい」

「ごめんなさいね〜迷惑ばっかりかけちゃって」


 ウォーセンにとって彼らは大事な存在だ。

 牧場の儲けの一部を公共施設や道の舗装などへ補填してくれているのだ。当然少しずつではあるが、塵も積もれば山となる、というものだ。


 当然、ミルドにとっても有り難い存在であるため、報酬金に関することでも多少は寛容になってしまう。

 この恩が回り回って、いずれ自分の得になることをミルドはよく知っていた。


 別れの挨拶をすませると婦人は荷物運びを手伝い始めた。

 こちらに気付いた御主人に手を振り返して、その場を後にする。


(さて、と)


 牧場に広がる草原から少し歩くと、徐々に家屋が増えてくる。

 冒険者ギルドや道具屋などが密集するウォーセンの中心部へ続く道へ差し掛かった所で足を止める。


 後方へ意識を向けて、改めて感じる気配に呆れたように肩を窄める。


「いるんだろう。出てこい」


 周囲に人気が無いことを確認してから声を掛ける。

 田舎町とはいえ、昼時にも関わらず通行人の姿がないという手放しでは喜べない状況だが、今は都合が良い。


 そんなガランとした通りの端、家屋の柱の陰からミルドの声に反応した黒い人影が顔を覗かせる。


「う、うむう……」


 黒のローブ、浅く被ったフードからラドローズの気まずそうな顔が垣間見えた。こちらへは近付かずに柱の陰に隠れたままだ。


「ついてくるな」

「べ、別に妾はついていってないも〜ん。たまたま行く道が同じだっただけじゃも〜ん」

「魔族領とは反対方向だろう」


 冒険者ギルドと反対方向の空を適当に指差して指摘すると、ラドローズは一通り目を泳がせた後、誤魔化すようにソッポを向いた。


 今朝、冒険者ギルドの出口でラドローズとぶつかったミルドは何事もなかったように牧場へ向かった。

 協力的でない姿勢を明確に見せつければ諦めるだろう、と思っての行動だったが、ラドローズには通用しなかったらしい。


 木を伐採する最中、遠くで揺れる黒いローブの裾。

 薪割りの要領で丸太を木板へと加工してる最中、少し離れた所で「ぐうぅ」と唸る空腹の音。

 荷車の完成時、背後で聞こえた小さな拍手と感嘆の声。


 金以外に興味を示さないミルドでも流石に気付いた。

 自身が尾行されているということに。


「いいか、確かに洞穴では情けをかけてやった。だが、それで最後だ。お前の里帰りを手伝うつもりはない」

「で、でも妾ひとりじゃ無理……」

「暇な冒険者がそこら辺にいるはずだ。あいにく俺は忙しい」


 ラドローズのしょんぼり顔を視界の端へ追いやったミルドは次の依頼を確認する為、冒険者ギルドへと向かった。


(このしつこさはアルシードにも似ているな)


 世間的にもそれなりに強者とされているB級冒険者のパーティー勧誘をミルドは何十回も断ってきた。

 地位や名声、道徳や優しさよりも金を優先する男が、一文無しの魔族に肩入れするなど本来あり得ないのだ。


 一度だけ背後を確認したが、既にラドローズの姿は無かった。ようやく諦めたか、と安心して前を向く。


 それから冒険者ギルドでめぼしい依頼が無い事を確認したミルドは、ウォーセン最安値の飲食店で効率の良い食事を済ませた後、魔物狩りへと出かけた。


 今回はウォーセンから東の方角へ連なる【穿空の渓谷】に向かう予定だ。

 

 空を支配する猛禽類の魔物が生息する、D級冒険者が立ち入れば身の危険が迫るはずのエリア。

 そこそこの近場とあって放置していると、溢れた魔物がこちらに被害を及ぼす可能性がある。


 ──という危険性を肝に銘じているのは現時点でミルドとシャロンだけ。通説では、無害の空飛ぶ魔物達を観察できるダンジョンとされている。


 それはなぜか。

 危険度の高い魔物はミルドが一網打尽にしているからである。


(バレーイーグルは上手く繁殖しているだろうか。1匹から剝ぎ取れる羽毛で銀貨1枚……そのまま焼けば食料にもなる。1度で2度美味しい最高の獲物……!)


 道具屋で大量のナイフを買い揃えたミルドは鼻息を荒くして渓谷へと向かった。


☆ 


「シャロン、交換してくれ。バレーイーグル4匹分の嘴、爪、羽根だ」


 コト、と小さめの麻袋が音を鳴らしたのは夕日が雲に揺れる頃。【穿空の渓谷】から帰ってきたミルドは不満げな顔をしていた。


「お疲れ様でした〜あれ、もしかして不作でしたか?」

「……ああ。時期を見誤った」

「う〜ん、何かあったんでしょうか。このくらいで危険個体がいくつか見られるはずですよね〜?」 


 さあな、と両方の手のひらを上に向けて首を振るミルド。

 シャロンの言う通り、これほど残念な結果は初めてだった。定期的な金稼ぎの結果、バレーイーグルの繁殖周期を割り出せた筈だったが、自惚れであったらしい。


 ヒューマン族はまだ魔物の習性を完璧に理解できていない。


「そろそろ策が尽きてきたな」

「ラズンの森はゴブリンロードを倒したせいで平和ですもんね〜」

「ああ」

「そんなミルドさんに美味しいお話があるんですよ〜」


 落ち込むミルドを前にニッコリと笑ったシャロンは依頼書を手渡してきた。


 期待の眼差しで依頼書を読むと──


 依頼:妾の同行

 依頼人:麗しの妾

 報酬:金貨1,000,000枚

 補足事項:冒険者ミルド、ウォーセンの森にてお主を待つ。


 と、内容の割には達筆な字で書かれていた。

 

「なんだこれは」

「可愛いらしいお嬢さんからの指名ですよ〜」


 思い当たる節から顔を歪めるミルド。

 シャロンはその姿を完全に面白がっているようだった。

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