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第6話:魔王の事情


「い、生きている」

「良かったな」


 その場にへたり込む魔族ラドローズ。

 目には安堵の涙が浮かんでいるが、強張った表情からは警戒を解いていないことが窺える。


 少女のような外見とは不釣り合いな言葉遣い。悪魔族や女夢魔族のようでありながら角や尻尾は無い。

 そして、『魔王』と名乗っていた。


「なぜ殺さなかった。妾は奴らと同じ魔族なのじゃぞ」

「俺は特別魔族が嫌いなわけじゃない。ただ、奴らを放っておけば死人が出ていた……お前とかな」


 お互いに不干渉であるヒューマン族と魔族。

 それは無関心から生まれたものではない。奥底で滾る本能を、古来より続く憎しみを縛り付ける『条約』によって保たれている仮初の平和だった。


 ミルドが冒険者として活動していると、稀に噂好きの依頼主から報酬のついでという建前で「魔族が迷い込んだ」等の話題を耳にすることがある。

 少し気になって「最後はどうなったのか」と聞くと、返ってくる答えは「殺された」か「貴族の見世物になった」かのどちらかだ。


 そのまた逆も然り、なのだろう。

 ヒューマン族と魔族はお互いに相容れぬ存在なのだ。


 実際、ミルド自身も教会で魔族を見かけた際は胸中に言いようのない憎悪を覚えた。

 しかし、物事の判断基準に関して『金』へ重きを置くミルドにとって種族とは些細な事だった。

 2人組の魔族を殺したのは救命とコインネックレスを拝む為だったし、生き残ったラドローズは見逃すつもりでいる。


 ここに用はない、と判断したミルドは踵を返した。


「ま、待て!待つのじゃ!お主に頼みがある!」


 その呼びかけに足を止めて渋々と振り返る。

 そこには跪き、何かを必死で掴むような姿勢でいるラドローズ。鎖に囚われ、暴行を受けていたせいかドレスは土に汚されている。


「なんだ」

「その……お主の家に泊まらせてほしいのじゃ……」

「は?」


 突拍子もない発言にミルドは驚く。というより呆れる。

 薄暗い洞穴で燃え盛る死骸、飛び散った赤黒い血。死の匂いが充満するダンジョン内に転がったラドローズの拍子抜けするような頼み。


 一方でラドローズは至って真剣という表情で言葉を続けた。


「まずは妾の話を聞いてくれぬか……ことの始まりは今朝。それはそれは眠い朝じゃった。しかし、妾は魔族の主としての責任あるからのう。寝惚け眼を擦りながらふかふかの布団から出たのじゃ」


 どうだ偉いだろう、と言いたげな表情でこちらを見てきたラドローズに視線だけで続きを促す。


「するとな、身体に妙な違和感を感じたのじゃ。重りをつけられたように手足が上手く動かない。ぼーっとして頭に靄がかかったような気がする。あと……すごく眠かった」

「それは寝不足だ」

「結論を急ぐでない。そこで妾は魔法を使ってみることにしたのじゃ。クク……あらゆる生命の存続を左右すると畏れられた魔力をちと弄んでやろうと思ってのう。そこで妾のとっておきの血象魔──」

「要点だけ言ってくれ。その話とさっきの奴らはどう関係するんだ?」


 興味もない起床事情を話し続けるラドローズを制止する。

 これ以上は耐えられないと歪めた表情で訴えながら。


 死骸の放つ炎は勢いを増してきて、焦げ臭い煙は鼻の奥まで到達していた。


「そうじゃ!サブジーナス、セラスス……彼奴らは魔族でも最高峰の実力を持つ『四天王』でのう。今だに信じられぬが、妾は裏切られたらしい」


 そう言ってラドローズはシュンとする。

 先程までの威勢が嘘だったようだ。

 

「つまり……力を失ったのか?」


 これまでの話から推測して質問をぶつける。

 それは思いつきや直感に近いものだったが、「うんうん」と2度頷いたラドローズを見て正解だと分かった。


「そうなのじゃ……妾は偉大なる魔王としての魔力を使えなくなってしまった。魔王城は乗っ取られるし、魔法もロクに使えぬし……最悪じゃ」


 ボソボソと言葉を零したラドローズ。今にも泣きそうだ。


 彼女の話を要約すると、ある朝、目を覚ますと魔力を失っていた。不測の事態に狼狽えていると、それを好機と見た出世欲の強い部下達に襲われて、ヒューマン領まで逃亡してきた。

 しかし身を隠す場所がないから泊めてほしい。といったところだろう。


「そうか、それで寝床の件なんだが」

「うむ、お主には迷惑をかけることになるのう」

「ほかを当たってくれ」

「なっ!?」


 なぜか申し訳無さそうにしていたラドローズにそう告げ、ミルドはスタスタと歩き始めた。


 ヒューマン族に友好的な魔族なんてものは歴史書には載っていない。あらゆるリスクがちらつく状況で彼女に手を貸す義理はなかった。


(魔王と四天王?ふざけた話だ……早くウォーセンへ帰らなければ)


 おそらく日は暮れているだろう。

 ウォーセンの冒険者ギルドは夜になれば閉幕する。シャロンが帰宅するまでに、明日分の依頼を確保しておかなければならない、とミルドは焦っていた。


「ちょ、ちょっと待てい!!」


 ラドローズは手首に付いたままだった手枷を放り投げて後を追う。


「何の用だ」

「お、お主は人の心がないのか!か弱い乙女が路頭に迷っているのじゃぞ!」

「野宿すればいいだろう」

「腹をすかせた魔物の餌食になってしまう!」


 静寂に包まれたダンジョンに響く足音と少女の荒い息遣い。

 大股で歩くミルドに追いつくため、ラドローズは小走りになる必要があった。


「というか、なぜ俺がお前を助けなければならないんだ」

「妾が可哀想だからに決まっておる!」

「感情だけじゃ世界は回らないんだ。無償の愛は存在しない」

「ぬう……現金なヒューマンじゃのう!ならば──」


 ミルドの前に駆け出したラドローズは腕を組んで立ち塞がった。

 何をするかと思えば、真っ白なデコルテから続く控えめな胸を寄せ上げて扇情的な笑みを浮かべだした。


「妾が撫でてやろう」

「……なんだと?」


 怪しげな薄ら笑いを浮かべて洞穴内をぐるぐると闊歩し始めたラドローズ。ミルドはそれを呆然と眺める。


「クックック……今ここで、お主の頭を撫でてやる。妖艶たる妾が直々に愛でてやるなんて、これほど豪華な褒美は無いぞ?」

「お前……」


 小さく呟いたミルドはクネクネと動くラドローズに近付く。

 初めは余裕綽々に見えたラドローズだったが、その頬は段々赤くなっていった。


「うぅ、ちょっと緊張する……じゃが、お主の獰猛な獣の如く情欲を妾が受け入れてやろう!さあ!」

「お前に興味はないぞ」


 最低ともいえる捨て台詞を吐いたミルドは隙をついて、一目散に走り出す。

 口をへの字に曲げていたラドローズは羞恥心に上乗せされた怒りで顔を更に赤くした。


「な、なんじゃと〜!?!?わ、妾を侮辱しおって!!」

「む……速いな」


 渾身の全力疾走に二房の銀髪を激しく揺らしながら食い付いてくるラドローズに目を丸くする。


 魔族は個々において一般的なヒューマン族を遥かに上回る身体能力を持つとは聞いていたものの、これほどまでとは予想外だった。


「はぁはぁ……く、くそ!常闇に包まれた妾と同格だとは……お主、速いな!」


 驚いていたのはラドローズも一緒だったらしい。

 攻略には日を跨ぐこともあるとされる【嘆きの洞穴】を一気に走り抜ける両者は既に出口付近まで差し掛かっていた。


 前方に見えてきた出口から新鮮な空気が吹きすさぶ。


「うっ、おえっ……お主!何が望みじゃ……酒か!女か!金か!」

「しつこいぞ!」

「た、頼む〜!!泊めてくれ〜!!妾に敵対しないヒューマンはお主が初めてなんじゃ!!昼下がりに出会った小太りの親仁にはパンの代わりに泥を投げられ、街道ですれ違ったチビ魔法使いには試し打ちの的にされかけ、王都スウェーズルとやらでは──」


 ラドローズの口から語られるヒューマン族による汚行の数々。汗と涙と鼻水と一緒に次々に飛び出してくる。


 彼女とは出会って数時間の浅い仲だったが、これまでの言動から報復行為に及んでいない事はなんとなく分かった。

 

 部下に裏切られ、逃げた先ではヒューマン族に理由もなく虐げられた。それでも尚、誰かに頼らざるを得ない状況。

 幼稚で危機感のない雰囲気を感じるが、本人からしてみれば絶望的なのだろう。


 ミルドは僅かに歯軋りをして、駆ける足をゆっくりと止めた。そこは【嘆きの洞穴】のちょうど出入り口。

 夜空には月が淡い光を放ち、涼しい夜風は頬を撫でた。


「ひぃ、はぁはぁ……なん……ううっ、なんじゃ追いかけっこは……もう終いか」


 少し遅れて追い付いたラドローズの方へ振り向く。


「金は持っているか」

「か、金?ちょっと待つのじゃ」


 一瞬呆けた顔をしたラドローズだったが慌ててドレスをまさぐり始めた。

 腕から胸、腹、そして腰。探し続けるラドローズの手が最後に触れたのは右腰辺りにつけられた真っ赤なリボン。


「す、すまぬ……今手元にあるのはこれだけじゃ……」


 リボンの結び目から出てきたのは泥で汚れた一枚の銅貨。

 それは一泊の宿泊代には物足りない額で、さらに市場価値の低い隣国マンタ産の銅貨。


 ミルドはそれを手に取って、涙を浮かべながら俯くラドローズに向き直る。


「一晩だけだ」


 その一言でラドローズに笑顔の花が咲いた。


「よ、よいのか!」

「2度は言わない」

「あ、ありがとう!妾を救ってくれたお主ならばそう言ってくれると信じておった……そうじゃ、お主の名前を教えてくれ!」

「俺はミルドだ」


 ミルドが名乗り終えた時だった。

 遠くからやってきた金属の擦れる合唱音と「そこを動くな」と呼び止める怒号。

 目を凝らしてみれば、王都の方角からやってくるそれは隊列を組んだ王宮騎士団だった。皮肉なことに先頭には騎士団長の赤い羽飾りが揺れている。


「何じゃ?」

「王宮騎士団だ」


 小さく息を漏らしたミルドは【嘆きの洞穴】に突入前の出来事を思い出す。

 魔族に襲撃されて血を流していた騎士団の援軍がようやく到着したのだろう。


(タイミングが悪いな。よりにもよって魔族と一緒だ)


 彼らとはまだ距離がある。

 ただ、王都の反対方向は山岳地帯だ。未知の領域と魔物、加えて辺りは暗闇に包まれている。


(なら正面突破か?)


 ミルドは思い浮かんだ案をすぐに打ち消す。

 ラドローズを庇いながらの戦闘は骨が折れるし、乗り越えたとしてもその先にあるのは『反逆者』の称号だけだ。


「ここは撤退するのじゃ!」

「ああ、分かってる。だが手段がない」


 刻一刻と迫りくる王宮騎士団。

 チラリと見れば、先頭の騎士団長はこちらを捉えているように思えた。教会で聖職者に暴言を吐いた件もあり、若干の罪悪感を抱いたミルドは慌てて目を逸らす。


 緊急事態。

 ミルドが打開策を探して隣を見れば、トラブルの発端であるラドローズは笑っていた。


「ククク……諦めるのはまだ早いぞ?魔王である妾の血象魔法をお主に見せてやろう──我が心血が象りし深紅の共鳴……顕現せよ、『血塗られた双翼』」 

 

 ラドローズが胸元のブローチで人差し指を引掻く。

 飛び散った血がふわふわと漂い始め、それは彼女の背中を覆い始めた。


 次の瞬間、ラドローズは深紅の大翼を背に宿し、夜空に浮かぶ。


「さあ、ミルドよ。妾の手を取るが良い」 


 月を背景に手を差し伸べるラドローズの佇まいは、確かに『魔族の主』に相応しかった。

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