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第4話:儀式

 

 王都スウェーズルの中心部、王城の横に位置するコシュマール教会はギフトスキル授与の儀式が執り行われる神聖な場所である。

 この国における二大組織、冒険者ギルド【本部】と対を成す存在だ。


 普段は聖職者と信者が手を合わせて座る長椅子には色とりどり、様々な服装が並んでいる。彼らは俗に言う野次馬だ。

 ギフトスキルの顕現から暫しの時が過ぎて、厳格だったはずの儀式は民衆の一時の娯楽と化しているらしい。


「はぅ……こんなに人がいるなんて……」


 中央通路には儀式を受ける者が列を成していた。

 その数13人。殆どが初々しい若者で腰に携えた剣は汚れを知らず、片手に持った杖は僅かに魔力が漏れている。

 最後尾付近にいる大柄な斧使いは明らかに周囲より浮いていた。


「あのう、斧使いさん……」


 『斧使い』という単語から自身が話しかけられていると気付いたミルドは後ろへ振り返り、声の主と顔を合わせた。


(ほう……)


 そこには小柄で幸薄そうな少女が自信無さげに立っていた。身長はミルドより一回り以上小さく、年齢もおそらく10以上は離れている。

 後頭部でまとめた栗色の髪束は馬の尻尾のようだ。白く袖口の広いワンピースに皮のベストを着ていた。

 そして、背中には両刃の斧を背負っている。


 実はあまり人気のない斧使いという職業。

 剣と魔法が主流のこの世界で、2人の斧使いが鉢合わせることは珍しい。


「なんだ」

「あ、あの……斧使いさんは緊張しませんか?」

「いや、緊張はしてない」

「あはは……そうですよね」


 自信無さげに尋ねてきた少女は乾いた空気を吐き出す。

 会話が終わったと判断したミルドは再び前を向いた。女の斧使いとの邂逅は生まれて初めてだったが、大きな関心が湧くことは無かった。


 それより気になったのは少女の馴れ馴れしさだ。

 知り合いの如く話しかけてきた少女とミルドは正真正銘の初対面。『斧使いさん』と自身も該当するはずの名称で呼びかけてきたのがその証拠だ。


 前方に見える講壇では『女神教』の司教と思わしき人物が長々と説教を垂れている。

 先程は隣国の主、その前は騎士団長と挨拶は続いており、最初から聞く耳を持たないミルドはひどく退屈していた。


「そ、そのう……わたしはヨシロって言います。ミルドさん、ですよね?」


 また背後から聞こえた言葉にミルドは驚く。


(なぜ俺の名前を?)


 改めて確認してみるが、やはり知った顔ではない。


「どこかで会ったか?」

「い、いえ!あの、わたしはウォーセンの隣の隣にあるラズンという村に住んでまして。近くにはラズンの森があるのですが」


 ラズンの森──その名を聞いてミルドはピンときた。

 そこは良質なゴブリンが数多く棲息していた、いわば金稼ぎスポットとして重宝している場所のひとつだった。


 魔物の牙や皮は依頼の報酬金と並ぶ冒険者の収入元である。その価値は状態により大きく変動し、綺麗であればあるほど良い。ラズンの森に棲むゴブリン達はどういうわけか傷一つ無い個体が多くを占めていた。


「ああ、最近はどうだ?(かしら)のいないゴブリン達は元気にしているか」


 ゴブリンの頭──ラズンの森のゴブリンロードは以前ミルドが討伐した。シャロンとは一悶着あった、この件。その報酬は金貨4枚と金好きのミルドが危うく気絶しかける額だった。


「いえ!それはもう弱っていて!わたしもこの前初めて撃退したんです。母さんにも『よく頑張ったね』って褒められまして」


 へへへ、と照れ笑いを浮かべるヨシロ。

 そこで彼女の両手の所々に包帯が巻かれていたことに気付いた。背負っていた斧の持ち手が淡く変色していたことにも。


 それは彼女の努力の証。


 ミルドは遠い昔を思い出して懐かしくなった。

 身の丈に合わぬ斧を一心不乱に振り回していたあの頃を。


「そうか、良かったな」


 ミルドは珍しく口元を緩ませた。

 講壇に立っていた司教が儀式開始の言葉を述べ始めたことにも気付かずに。


「はい!で、そ、その、ゴブリンロードを倒してくれたのはやっぱりミルドさんだったんですね!」

「ああ」

「ラズン村はゴブリンに悩まされてたんです。わたし達は村長以外、みんな戦えないので。畑の作物は盗られちゃうし、街の人とかわたしの親も、その……」


 ヨシロの雰囲気が更に暗くなる。


(戦える者がいなかったからゴブリンが生き生きとしていたのか)


 ヨシロの話で疑問が解決した。

 ラズンの住民にとってゴブリンは脅威だったのだろうが、おかげでミルドは美味しい思いが出来た。


「でも、ある日を境にゴブリンに襲われることが無くなったんです」

「雨の日だっただろう」

「そうですそうです!その日はわたしも村長と一緒に見回りをしていたんですが、なにもかも剥ぎ取られて倒れるゴブリンの山を発見して、村中大騒ぎでした!『誰がやったんだ』『勇者様だ!』って」

「勇者、か。正体はただの斧使いだったがな」


 いつしかヨシロの独特なペースに乗せられていたミルドは再び笑みを零す。

 大金を手に入れた思い出が絡んでいることもあったが、嬉しそうに話す少女に影響されているのは紛れもない事実だった。


 一方で楽しげに話すふたりを置いて中央通路の列は先へと進み始めている。


「でもミルドさんがラズン村の英雄であることに違いはありません!ずっとお会いしたかったです」

「たまたまだ。しかし、どうして俺だと分かったんだ」

「ええと、結局わたし達では分からずじまいだったんですが、ウォーセンからお手紙が届きまして」

「手紙?」


 配達に銅貨1枚もかかる手紙なんぞを出した覚えはないとミルドは首を傾げる。


「冒険者ギルド【ウォーセン支部】の『シャロン』さんからでした。ゴブリンロード討伐報告書と支援金まで頂いちゃって」

「ああ、シャロンか」


 思わず舌を巻くミルド。自分の知らない内に手回しをしていた故郷の受付嬢は流石の優秀さだ、と。


 『支援金』という言葉には引っ掛かりを覚えたが、嬉々として語るヨシロに水を差すのは野暮だと流石のミルドも空気を読んだ。

 

「そうなんです!ミルドさんとシャロンさんにお礼を申しあげるために、この後はウォーセンに寄ろうと思ってまして。あ、実は──」

「お前達!何をしているんだ!」


 低く野太い声がヨシロの声を遮った。

 ヨシロは肩をビクリと震わせた後、何かを察して顔を青くした。

 

 何事だ、とミルドはゆっくりと振り返ると、そこには灰色のマントを羽織った鎧の鉄仮面が仁王立ちをしていた。兜の頂上で揺れる赤い羽飾りは騎士団長の証だ。

 彼の横には先程まで前に並んでいた若者たちが薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。


「儀式が始まるぞ。グズグズせず早く並べ!」


 再び声を荒げる騎士団長。


「あぅ……気付きませんでした。ミルドさん、ごめんなさい」


 怯えながらヨシロは謝る。

 それに対してミルドは大丈夫だ、と手を上げて合図した。



「次の者──」

「──です」

「──《精霊使い》。ほう、素晴らしい。女神様の御加護があらんことを」


 ついにやってきたこの瞬間。

 儀式を終えた若者の嬉しそうな表情と野次馬たちが漏らす感嘆の声。一連のやり取りが11回続き、ミルドの順番がやってきた。


「頑張って下さいミルドさん!」

「ああ」


 背後から掛けられた応援の声に短く返事をしたミルド。

 彼の胸中に不安は無かった。どんなギフトスキルであろうと受け入れてやろう。そんな気構えで一歩前へ進む。


(もしかしたら外れスキルかもしれない。それでも乗り越えればいい。俺には金と……友人がいる)


 騎士団長、隣国の国王、名を忘れた来賓の横を通り過ぎて、講壇に続く階段を踏みしめる。女神の描かれたステンドの光が視界の端に射し込んできた。


 あと少しで到着、といった所でミルドは止まった。いや、止められた。司教の横に立つ年老いた聖職者の男がグイグイと腕を押し込んできていたのだ。


「なんだ?」


 眉間にシワを寄せて尋ねるミルド。

 せっかく意を決してやってきたのに邪魔をする気か、と。

 民衆から尊敬を集める聖職者を前にしてもぶっきらぼうな態度は変わらない。


「D級冒険者ミルドよ、何かを忘れてはいないか」

「いや、何も」


 低くしゃがれた聖職者の言葉と見習い冒険者達の群れから聞こえる冷ややかな笑い声。


 【本部】で貰った許可証は渡したし、冒険者証もスキル欄を親指で隠して提示した。間違いは無かったはずだ、とミルドは再確認する。


「コホン……喜捨(きしゃ)を、慈愛の精神を忘れてはなりませぬ」


 そう言って聖職者は真っ白の箱をずいとミルドの前へ差し出した。喜捨──つまり金銭を寄付することを聖職者は望んでいるのだ。儀式の最中、そっぽを向いて依頼のスケジュールを立てていたミルドはそんな事を知る由もなかった。


「それは善意、というやつだろう?あいにくお前らに渡す金はないんだ」

「……銀貨1枚だけですぞ。ただそれだけで貴殿の人生は彩られるのです」

「それだけ?銀貨1枚だけ、だと?」


 聖職者は愚かにも言葉選びを間違えた。


 例えば、魔法が暴発してミルドの頬をかすめたとしても彼は顔色一つ変えずに許すだろう。揺れる馬車で3時間喋り続けた結果、乗物酔いに陥らせたとしても彼は許すだろう。いや、実際許していた。


 しかし、硬貨を貶すこと。

 それはミルドの逆鱗に触れる行為だった。


 それでもまだ猶予はある。人は言い間違えをする生き物だ。

 硬貨に対する敬意とその態度さえ残っているのならばミルドは納得してくれるだろう。


「ふむ……たかだか銀貨すら払えんというのか。有望な子羊達は慈愛の心を持っていたというのに……これだから庶民は」


 ブチッと何処かで音が聞こえた気がした。

 ミルドは目を瞑り、ひとつ深呼吸。溢れ出るような殺意を僅かに残る理性で抑え込んだ。


「帰る」

「な、なんだと。儀式はまだ──」

「金の価値を知らぬ者と交わす言葉はない。地獄で会おう」


 その言葉に一同は驚愕した。

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