第3話:マンドラゴラと苦肉の策
スキル、それはこの世界の概念である。
これは後世に語り継がれる冒険者が遺した言葉──ではなくとある田舎町の3枚目B級冒険者の戯言だ。
とはいえ、その表現は当たらずといえども遠からずと言った所で、スキルは世に生きるあらゆる生命とその生活の核と言っても良い。
そんなスキルには2種類あり、1つは己の努力と経験が反映される鍛錬系スキル。もう1つは魔法巻物やギフトスキルなど外部から得られる付属系スキルだ。
明確な違いとして、前者は育てるほど見返りが増えていくのに対して後者はレベル上げ不可。また、それぞれの方法でしか入手出来ないスキルがあることが挙げられる。
この大陸に住む者、つまりヒューマン族と魔族は己のスキルを理解し活用しているのという訳だ。しかし、どんなものにも"例外"が存在することを忘れてはならない。
「なんだっていいが……水晶の計測ミスなんじゃないか」
ミルドは肩をすくめて言った。
先程判明した彼のスキル《斧使い レベル11》。実のところ、この結果は一国が動いてもおかしくない事態なのだが、それに気付こうともしないミルド本人はあっけらかんとした表情だ。
そして、彼の友人であるアルシードはどこか納得したような顔をしている。
「断言させてもらうが、それはあり得ないんだよ。このスキル鑑定は女神サマの御神力をお借りして実現しているものなんだぜ」
「女神サマ?」
「まあ、オレは信じちゃいないが……おっと、陰口はご法度だったな。とにかく計測ミスなんてのは聞いたことがない」
正確無比、誰もが信頼するスキル鑑定。
その初出は大昔、勇者率いるヒューマン族と残忍な魔王軍が血で血を洗う戦争を繰り広げていた時代まで遡り、かつての国王が招集した『勇者パーティ』の戦士達の鑑定記録が現代にも遺されている。
ちなみに、ヒューマン族の選ばれし者『勇者』が所有していたとされる同名、《勇者》のスキルレベルは10だったそうだ。
「そうか、じゃあ……そういうことでいい。俺は申請書を──」
「待て待て、その行為がどんな結果をもたらすのかお前、分かってるのか?」
「一体何なんだ……」
アルシードの問いに心底面倒くさそうに答えるミルド。
彼は若干苛立っていた。受付嬢の陰謀と故郷の同調圧力に負け、流されるようにやってきた王都スウェーズル。加えて【本部】でのスキル鑑定。ここへ至るまで馬車の運賃を含めると銀貨を3枚も消費していた。
その損失はミルドの機嫌を損ねるのには充分すぎる。
(限界を超えたスキルだがなんだか知らないが、無駄に失った銀貨を取り戻さなければ)
ミルドの金銭欲はスキルに対する興味を充分に上回っていた。
「申請するってことはアイツらにスキルを見せるってことだ」
「ああ、銀貨を1枚も使ったんだ。どんな手を使ってでも見せなければならない」
「よく考えろミルド。【本部】様ご贔屓のA級冒険者達ですらスキルレベルは良くても7とか8なんだぜ。最も『勇者』に近いとされてる剣聖シグリッサでさえもな」
「……誰なんだ」
「それは一旦置いとけ。というか初期スキルの《斧使い》はレベル5で《斧術》に進化するはずだろ?で、そんなところにスキルレベル11の奴がノコノコやってきたらどうなると思う?」
熱弁を振るうアルシード。近くでウロウロしていた貧弱そうな冒険者がその激しさに驚き、一瞬足を止めた。
それでも、甲斐あってミルドもようやく自身の置かれた状況を理解し始めた。
「……意外と何事もない、というのはどうだろうか?」
「んなわけねえだろ。お前は王宮騎士団送りか【本部】の『スキル・魔術会議』の飼い犬決定だ」
「それは勘弁してほしい」
「へっ、金はたっぷり手に入るぞ」
「俺は金を愛しているが、同じくらい自由も愛してるんだ」
女神の恩恵であるギフトスキルに対して全くの無関心、13年に渡る冒険者人生で冒険者ランク昇格試験に挑戦したのは見習い卒業時の1度のみ、冒険者人口の8割が所属しているとされる冒険者パーティへの勧誘を断った回数は脅威の3桁超え(半分以上がアルシードの誘いではあるが)
そんなミルドが何より嫌うのは規則に縛られることだった。
確かに彼は重度の金貨収集中毒で、日常を魔物を薙ぎ倒して金を稼ぐか、自宅に溜め込んだ金貨の山を愛でるか、というふうに過ごしているが、時には全てを忘れて昼間からのんびりと酒を嗜む日もある。
ミルドはそんな他愛の無い日常を愛していた。
「まあ、本来なら今すぐ【本部】に掛け合うべきだ。『このスキルで女神サマの慈愛に満ちた世界を守ります』ってな」
「女神サマの慈愛なんか糞食らえだ」
「落ち着けよミルド。それは『本来』の話だ」
アルシードはミルドの肩に腕を回すとニヤリと笑った。
応じてミルドは聞き逃すまいと耳を寄せる。こういう時の彼が頼りになることをミルドは良く知っていた。
「オレに妙案がある」
「何だ」
「あの係員の目をよく見ろ」
アルシードは受付口を小さく指差す。
受付口の一番奥から3番目、そこには男の係員がぼうっと立っていた。いつ何時も人の出入りが絶えない冒険者ギルド【本部】でなぜか彼の所には列ができていない。
「……ああ」
「干からびたマンドレイクみたいだろ?」
洞穴のように窪んだ目、垂れた口から汚らしい悲鳴を発するマンドレイク。それらの情報を頭に浮かべながら改めて見る係員の顔は確かに"ソレ"と似ているかもしれなかった。顔の作りというよりは醸し出す雰囲気が、だ。
「だからどうしたんだ」
「オレにはわかる。アレは仕事を辞める奴の目だ」
「は?」
☆
「あー……今、大丈夫か?」
長い長い受付口。奥から3番目。
ミルドはマンドレイク──ではなく虚ろな目をした係員に話しかけていた。
間近で見るとよく分かるが、彼は立っているだけで負のオーラを放出しており、それは冒険者ギルドの顔である受付係のして良い雰囲気ではなかった。
「……え、あー、ようこそお越しくださいました。ご用件は……?」
係員は少しの静寂の後、お得意の典型文を言い切らずにこちらへ視線を寄越してきた。彼と目を合わせたミルドは生気を吸われそうになり、咄嗟に視線を手元へ移す。
「儀式を受けに来たんだ。その、ギフトスキルの」
申請書と冒険者証を一抹の不安を抱えながら係員へ手渡す。すると係員は気の抜けた返事をして受け取った。
しばしの沈黙。何も確認しないでくれ、と乞い願うミルドだったが、係員は見かけによらず、どんな状況でも最低限の仕事はこなすタイプだったようで、先程の事務的な係員と同じく冒険者証を指でなぞり始めた。
そして彼の指は、やはりスキル欄で止まる。
「あー、これなんすか?」
係員の指が示す所には、その1桁部分に2本の横棒が引かれた《斧使い レベル11》の文字が載っていた。これがアルシードの妙案、『取り消し線でなんとか誤魔化す作戦』だった。
「近所のガキに『弱すぎるから』と1を足されてしまってな。0だったら見栄も張れたんだが。11というのはあり得ない数字だろ。ははは……は」
再び訪れる沈黙。
冒険者証は冒険者にとっての身分証明書であり、偽造行為は決して許されるものではない。その扱い方は冒険者ギルドの総本山である【本部】では尚更厳しく指導されているはず。
あまりにも無謀で幼稚な案に焦り、尚且つ情けない気持ちになるミルドだったが、儀式の時間が刻一刻と迫る今、頼るほか無かった。
係員の視線は冒険者証から緊迫した面持ちのミルドへ3回ほど行ったり来たり。そして最後は天を仰ぎ──
「……ま、いっか。えっと……はい。承りました」
全てを諦めた様な顔で係員は言った。
それからギフトスキル授与許可証がミルドの元へ渡るまでさほど時間はかからなかった。
☆
「いやあ、しかし、ついにお前もギフトスキルかあ!一体何が貰えるんだろうな」
アルシードの奇策で危機を脱した2人は再び、スウェーズルの大通りに出ていた。
先程判明した《斧使い レベル11》について協議したいのは山々だったが此処から先は別行動。ミルドは儀式へ、"馬鹿みたい"な用事を終えたアルシードは一足先にウォーセンへ立ち戻るとのことだった。
【本部】から出た後、質問攻めに遭うことを覚悟していたミルドだったが「ま、後でゆっくり話そうぜ」と笑うアルシードを見て言及するのをやめた。
「さあな。アルシードは風魔法だったか」
「《風魔法 レベル2》だ」
「同じだろう」
「いーや違うさ。レベル2ってのが重要なんだ」
そうやって語るアルシードはウォーセンで初めてギフトスキルを授かった冒険者だった。
今から何ヶ月前の出来事になるのかは忘れてしまったが、会う度に自慢されウンザリした事はミルドの記憶にハッキリと刻まれている。
ちなみに《風魔法》というスキル自体は珍しいものではない。しかし、元々魔力適性の無い者が手に入れた、となれば話は別だ。その所業はやはり奇跡に近く、アルシードがはしゃぐのも無理はなかった。
「不安か、ミルド」
「……ああ、少しな」
そっぽを向いたまま質問してくるアルシード。
視線を下に向けたミルドもまたボソッと呟いた。
人々に力を与え、文明を豊かにしてきたギフトスキル。期待が無いと言えば嘘になる。しかし、これまで「胡散臭い」と反対してきたミルドは未だ懐疑心を抑えられずにいた。
「まあ、そうだよな。《斧使い》の事もあるし……けど、ウォーセンにはオレ達やシャロンちゃんもいる。初めは慣れない力に困惑するかもしれないが、皆協力してくれると思うぜ」
「……ああ、そうだったな」
「いざとなりゃ俺のパーティに来ればいいしな」
「それは断る」
「へっ……また失敗かよ」
自嘲気味に鼻を鳴らしたアルシードは「じゃあな」と手を振りその場から去っていった。