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第2話:《斧使いレベル11》

 城壁に囲まれた城塞都市、王都スウェーズル。

 天を覆う程に高くそびえ立つ城門をくぐり抜けた先には石畳の道が三叉に広がっている。

 

 真正面に敷かれた道は『スウェーズルの大通り』と呼ばれ、その道幅はたった今すれ違った馬車でさえ半分も埋められていない。

 一方で城壁に沿って広がる左右の通路は大通りの道幅を半分に夥しい数の住居が立ち並んでいた。そして中央に見えるはスウェーズル国王の鎮座する城。


 先刻、田舎町ウォーセンからこちらへ到着した斧使いと剣士は大通りを進んでいく。


「──で容姿端麗、才色兼備。そんなシャロンちゃんとデートできるのはスゴイことなんだぜ。伝説だ」

「アルシード、何度も言ってるがデートなんかじゃない。成り行きで食事することになっただけだ」


 王都で行われる儀式当日。ウォーセンから馬車で3時間程揺られたミルドとアルシードはようやく目的地に到着した。トラブルは殆どなく長閑な旅路だったが、ミルドの顔はどこかやつれていた。


 その原因は彼の横でヘラヘラと笑う細長の男、B級冒険者のアルシードにある。『剣闘の集い』というパーティのリーダーを務めているアルシードは今回【本部】への活動報告をする必要があるとのことで同行する運びに。


 馬車を使った移動は他人と隣り合わせになることは珍しくなくミルドも不満はなかった。

しかし、ゆらゆら揺れる馬車の中で延々と続くアルシードの無駄話に相槌を打ち続けた結果、見事に乗り物酔いをしてしまったのだ。


「知ってるか?シャロンちゃんが他人と食事をしている所は誰も見たことがないらしい」

「……ああ」

「誘いは全部断ってるらしいぜ、彼女。だからお前は偉大なる初めての──」

「待て、俺とシャロンは赤ん坊の頃から顔馴染みなんだぞ」

「そこが良いんだろうが」


 それから無言の圧力をかけてくるアルシードに微妙な顔で返事をしたミルドが会話を終わらせた。


 比較的寡黙で雑談を得意としないミルドにとって"あの3時間"は地獄と言っても過言ではなかった。

良く言えば退屈しなかったが、期待されるほど親密ではない受付嬢について根掘り葉掘り聞かれるのは非常に面倒くさかった。


 それでも、アルシードを邪険に扱うことが出来ないのも事実だった。

彼は人間関係のトラブルの際によく手助けをしてくれる。加えて王都へ初めて訪れたミルドにとって彼は案内人でもあった。


「そういえば、【本部】はこっちで合ってるのか」


 スウェーズルに到着後、門番を軽くいなした所までは良かったものの、それ以降、周囲を見渡す素振りすら見せないで実りのないお喋りに夢中になっていたアルシードに確認する。


「ああ、このまま真っ直ぐだぜ」

「そうか、てっきりいい加減に歩いているのかと」

「おいおい、オレをただのお喋り野郎だと思ってないか?」

「違うのか?」

「……お前容赦ねえな」


 そんなやり取りをしながら2人は足を進めていく。

 大通りは肉屋や鍛冶屋だけでなく、故郷では見られない百貨店や花屋、ジュエリーショップなど小洒落た店なども活気づいていたが、ミルドはそれらには目もくれずひたすらに真っ直ぐ歩いていた。


(ギフトスキル。一攫千金は見込めるのか?)


 幾つかの分かれ道を進み、暫くしてアルシードの歩みが緩やかになり始めた。ミルドもそれに合わせてペースを落とし、ついに歩みを止めた。


「ここか」

「到着だ!混んでないといいんだけどな」


 通りの突き当たり、2人の目前には太陽の光を浴びて輝く縦にも横にも広い建物が堂々と建っていた。



 高級感漂う石造りの冒険者ギルド【本部】。

 建物の中には両手では数え切れないほどの冒険者が右往左往している。

 また、冒険者を迎え入れるように横へ直線的に伸びた受付口には何人もの係員が並んでおり、若い受付嬢1人が切り盛りするウォーセンの冒険者ギルドとは大違いだと分かる。


 先程、同じくこの景色を目の当たりにしたアルシード曰く、「今日はあんまり混んでねえな」とのこと。

 そんな言葉に嫌気を露わにしていたミルドは今、そこそこの順番待ちを終えて【本部】の係員と相対していた。


「ようこそお越し下さいました。本日はどのようなご用件でしょうか」


 男性係員は事務的な定型句とお辞儀でミルドを出迎えた。どこか距離を感じる対応にミルドは一瞬、故郷に想いを馳せるのだった。


「儀式を受けに来たんだ」 


 ぶっきらぼうに言ったミルドはポーチから折り目のついた紙を取り出す。その際、視界の端に入り込んできた赤い王宮印がやけに煩わしく感じた。


(ついに……か)


 この書類を手渡したが最後、ミルドにはギフトスキル授与が決定する。"それ"が蔓延した今、傍から見れば些細で日常的な出来事なのかもしれないが、当のミルドは人生の分岐点に立っているような気がしてならなかった。


「承知しました。では冒険者証の提示をお願い致します」


 受付口で尻込みするミルドにしびれを切らした係員は申請書を乱暴に引ったくり言葉を続けた。

 故郷とは大違いの雑な扱いにミルドは顔を顰めるが、今更引き返すのもいかがなものか、と思い指示に従うことにした。


「これでいいか」

「……ミルド様。スキル欄が空白となっていますが、未所持ということでよろしいですか?」

「いや、未所持というか、自分のスキルを知らないんだ」


 冒険者証のスキル欄には『上位スキル』や特筆すべきスキル、いわゆる『便利スキル』などを記載するものだと思っていた。ミルド自身、心当たりが無かったため空欄のままにしていたのだが、相手側にとっては都合が悪かったらしい。


「冒険者の方にはお持ちのスキルを記載して頂く義務があります。あちらで鑑定してきて頂けますか?」


 そう言って係員は広々としたロビーを指し示す。

 そこには豪華な長椅子や大きな円卓、金色の台座に乗った水晶等が並べられていた。


(水晶か?なんだアレは)


 怪しげに存在感を主張する水晶。

 遠くから見ただけでも従来のものより大きいことが分かる。目にするのは初めてだったが係員の言う『鑑定』はアレを使うのではないかと見通しが立った。



「スキル鑑定してなかったのか?」

「する必要もなかったからな」

「お前、強いくせにそういうのには無頓着だよな」


 水晶の前にミルドとアルシードは並んでいた。

 金の装飾が散りばめられた円柱の上でぼんやりと点滅を繰り返す水晶。横にはその魔力でふわふわと浮く木箱があった。当然ウォーセンでは見られない設備だ。


「アルシード、報告はもう終わったのか」

「……なあ知ってるか?B級冒険者が3名、C級冒険者が4名所属するそこらでも腕利きだと評判な『剣闘の集い』のリーダーに課せられた報告義務、はるばる王都までやってきた末に何て報告するのか」

「知らん」

「ただ一言、『異常なし』だ!馬鹿みたいだろ」

「ああ、馬鹿みたいだ」


 その話を聞いたミルドはつくづくソロで活動していて良かったと思うのと同時に、当たり前のように横に立っているアルシードが今後退くことはないという事実に意気消沈した。

 

 アルシードは口が軽い。それも抜群に。

 自身すら知らなかったスキルの内情を一番に知る人物として最も適切でないのは間違いない。


「冒険者証を翳せばいいんだったな」

「ああ、横で浮いてる木箱に銀貨を1枚入れてからな」

「……なんだと?金を取るのか?」


 ミルドの目つきが一瞬にして変わった。


 銀貨1枚と言えばおおよそ革鎧一式分。見習い冒険者達はそんな銀貨を手に入れるために死物狂いで依頼をこなして下積みを重ねていくものだ。

 ミルドにしてみれば、スキルを確認する暇があるのならば自己鍛錬に励み、浮いた金で武具を充実させた方が未来に繋がる。


「何事も金がかかるもんだぜ。お前もよく知ってるだろ」

「これが【本部】のやり方か。噂通り金の亡者だな」

「お前が言うのかよ」


 ミルドはため息を吐き、しぶしぶ取り出した巾着袋から銀貨を丁寧に木箱へ投入した。チャリン、と硬貨の重なる音がミルドの鼓膜に寂しく響く。


 それに呼応するように水晶は輝きを増していく。

 次の瞬間、追い打ちをかけるように更なる輝きを放った水晶はミルドの冒険者証に文字を刻んだ。


「おい、どうだった?」


 アルシードの言葉を合図に自身の冒険者証を覗いてみると──


 ミルド【D級冒険者】

 職業:斧使い

 スキル:《斧使い レベル11》


「斧使い、だけか。それに中途半端な数字だな」


 冒険者証に新たに刻まれた文字を見て率直な感想をこぼす。

 少し経って隣に立つアルシードが何も言ってこないのに気付き、訝しげに横を振り向いた。


 すると、アルシードの視線は未だに冒険者証へ釘付けとなっていた。どこか怪しんでいるという風だ。


「ミルド、もう一度やってくれるか。金はオレが出す」


 おかしな提案に首を傾げるミルドをよそに、アルシードは何処からか取り出した銀貨を乱暴に木箱へ投入した。


(アルシード、もったいないことをするな)


 不思議な面持ちのまま再び冒険者証を水晶に翳すと、それは先程と同じく大きな光を放った後に大人しくなった。

 

 そして、今一度確認した冒険者証のスキル欄にはやはり《斧使い レベル11》としか書かれていなかった。


「何かおかしかったのか」


 変わらぬ結果を受けて遂には黙り込んでしまったアルシードに声をかける。


 推測するにアルシードはガッカリしているのだろう。

 田舎町で「お前は強い」、「A級冒険者にも昇格できると思いますよ〜」などと期待していた男のスキルは1つしか無かった。それも《斧使い》という斧を振るえば子供でも手に入る未進化の初期スキルだ。


(あとはギフトスキルに期待か?)


 内心で己を自嘲し、鼻を鳴らした。


「ミルド、よく聞いてくれ」

「言われなくてもお前が喋るのを待ってたんだ」


 ようやく口を開いたアルシードに耳を傾ける。


「それぞれのスキルのレベル上限は10までなんだよ。11なんてのは歴史上存在しない」

「ほう」

「つまり、お前は越えちまったんだよ。人智の及ぶ領域をな」


 目を燦々と輝かせるアルシードにこれまた大きく出たな、とミルドは感心した。


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