第17話:不気味な笑顔
ラズンの森に何事もなく朝がやってきた。
警戒心から寝ては起きてを繰り返し、計2時間ほどの仮眠を取ったミルドは、熟睡するキース達を尻目に早々にテントから出た。
(首が痛いな)
簡易的なテントに男4人では流石に手狭で、息が詰まるようだった。実際、キースとジスのいびきは激しく、ゴブリンと寝た方がマシだと考えてしまうほどだ。
朝日を浴びながら、大きく深呼吸をして新鮮な空気を肺に取り込む。
抱き枕代わりにしていた斧を握り直し、感覚を確かめるように数回、素振りをする。いつもと変わらぬ安心感を覚えたミルドは、斧を背中に背負った。
前方を見れば、大きめの石を椅子代わりにしたラドローズがちょこんと座っていた。昨晩、食卓を囲んだ時の席だ。
夜のうちに、我慢できなくなって眠り落ちていることも視野に入れていたが、責務は全うしてくれたらしい。
ラドローズは、背筋を伸ばして遠くを眺めているようだった。
「良い朝じゃのう、ミルド」
こちらの足音に気付いたラドローズが振り向かずに声をかけてくる。
眠気混じりの声だったが、その柔らかさは睡眠不足だけが理由ではないように思えた。
「そうだな。見張り、ご苦労だった」
労いの言葉と共に、ラドローズの視線を追う。
すると、少し開けた場所で田舎風の衣服の少女が何かを振り回しているのが分かった。
ブンブン、と風を切る音がこちらまで聞こえてくる。
「あれは……ヨシロか?」
「うむ、かれこれ1時間ほど素振りをしておる。毎朝欠かさずしているそうじゃ」
「そうか」
ヨシロの向上心溢れる行動に、ミルドは僅かな微笑みを口元に滲ませた。
また、昨晩は結局ギフトスキルについて話せなかったことを悔やんだ。『強くなりたい』というヨシロはギフトスキルが欲しかったに違いない。
少しの間、ミルドとラドローズはひたむきに努力を重ねる少女を眺めていた。
その姿はさながら娘を見守る夫婦のようだ。いや、その達観した視線はむしろ、近所の老人っぽくもある。
「ヨシロは料亭の娘だと言っていたじゃろ?妾直属の料理人を遥かに凌ぐ腕じゃった。まあ……当時はまともな飯こそ運ばれてこなかったがの」
「確かに美味かった」
「元々は店を継ぐつもりだったそうじゃ。しかし、今のヨシロが目指しているのは冒険者。なぜそうなったのか、お主には分かるかのう?」
ミルドの方に顔を向けたラドローズは、紅い唇をニッと広げた。どこか含みのある笑い方にミルドは眉をひそめる。
少し逡巡してからミルドは口を開いた。
「村を守るため、じゃないのか」
ヨシロの村は戦える者が少ない、と本人から聞いた。
ラズンの森に溌剌としたゴブリンが蔓延っていたのはそのせいで、そのおかげでミルドは小銭稼ぎが出来たのだ。
そこで、ヨシロの動きが単調な素振りから変化する。
ミルドはその動きにどこか既視感を覚えて目を細めた。
横跳びからの後退、その最中に斧を沈ませてからの切り上げ攻撃。それはフォレストウルフ戦でミルドが披露した斧術だ。
「ククク……ヨシロには夢があるそうじゃ。それは冒険者を目指し始めた理由でもあると」
「夢、か」
儀式で話しかけてきた少女。
実直で努力家なヨシロがどんな夢を抱いているのかミルドには想像がつかなかった。
「『ミルドさんと肩を並べて戦うこと』だそうじゃ。クク……モテモテじゃのう」
無表情のままでいるミルドの内心を探るように、ラドローズは視線で舐め回した後、立ち上がった。そして、ニヤニヤと笑ってからミルドの腰を叩く。
「『ミルドさんには絶対内緒ですよ!』と言われ承諾したが、妾は魔族じゃからのう」
「ばかやろう」
「お主のそんな表情、初めて見るのう。さて、妾は愛しのねむねむ時間じゃ。後は頼んだぞ」
棒立ちのミルドを後にしてラドローズはおぼつかない足取りでテントに入っていった。
「そうじゃ!魔力の結晶のことなんじゃが……妙な感じがする。妾が目覚めてから少し話し合いがしたい」
ラドローズの言葉にミルドは神妙な面持ちでゆっくりと頷いた。
☆
(俺はそんなに立派じゃないんだがな)
ヨシロの夢を思い出しながらミルドは歩く。
約束通り、早朝の睡眠を取り始めたラドローズに代わって周囲の見回りに出ていた。
ダンジョン方面を軽く巡視してから、現在はラズンの森、外周部を反時計回りに進んでいる。夜に比べて危険性は低いものの、念には念を入れておいた方が良い。
ラドローズの言っていた言葉も気になった。
また、金稼ぎに繋がる素材などを出来るだけ回収したいという思惑もあった。あいにくポーチを野営地に置いてきてしまった為、大した額は望めないのだが。
(守りたいものを守れれば良い、か)
薪集めの際にヨルムとジスに伝えた言葉を反芻する。
冒険者のなりたての頃、初めて斧を握った13年前は確かに"そんな強さ"を求めていた。
地面に滴る血液が、血反吐なのか外傷による出血なのか分からなくなるほど過酷な日々を経て、満足のいく実力を身に付けた事を悟ったミルド。
それからは冒険者として活動する傍ら、故郷ウォーセンの住民達を守ってきた。その甲斐あって、かつては『墓場』とも評されていた醜悪な環境はガラリと変わった。
平和は続けば続くほど良い。
だが、ミルドは一種の虚無感にも襲われていた。魔物の掃討により戦う目的を失ってしまったのだ。
そんな時、幼馴染であるシャロンが受付嬢となった。彼女に誘われる形で冒険者ギルドの依頼を引き受けるようになったミルド。
そうして彼は出会ってしまったのだ。
『報酬金』という生きる意味と。
(ヨシロの誤解は解いた方が良いのかもしれない)
英雄として尊敬してもらえるのは嬉しかったが、期待されればされるほど失望した時の悲しみが大きくなることは、ミルドがよく知っていた。
それに自身のせいで失ったギフトスキル獲得の機会。謝罪と、それに代わる何かを用意しなければならない。
決意を新たに俯いていた視線を前に向ける。
随分と考え込んでしまっていたらしく、気付けば周囲の景色はガラッと変わっていた。
木々の壁に囲まれた大きな広場。
その中心に屹立しているのはラズンの森最大の大樹だ。『神々しい』という言葉がよく似合う。
(こんな場所があったとはな)
朝日による後光が差す大樹にゆっくりと近付く。
人が10人いても抱えきれなさそうな大きな幹、上を見上げれば樹葉の屋根がミルドを覆っていた。
暫く傍観していると妙なことに気付いた。
幹から枝が四方八方に伸び始める樹冠の辺りに、窪みが出来ていたのだ。
パズルのピースが一部分だけ抜け落ちてしまったような、そんな窪み。自然に発生したものでないことは明らかだった。
一瞬考え込んだものの答えは見つからない。
「まあいいか」といつもの思考回路で踵を返すと、ハッと息を呑んだ。
目の前に少年が立っていたのだ。
滑らかな金髪に、聖職者のような格好にショートパンツを履いているのが特徴的だ。
当然、顔見知りではない。かなりの至近距離だったにも関わらず、気が付かなかった。警戒心から思わず距離を取る。
「やあ、驚かせちゃったかな」
中性的な顔立ちから、どこまでも澄み渡ったような声が聞こえてきた。決して大声ではなかったものの、脳内に飛び込んでくるような明瞭さだ。
ミルドが黙っていると、少年はクスリと微笑んだ。
「主人公達の邂逅、選別、遥かなる運命の分岐点で。まさか、君がここに来るとはね。予想外だったよ」
「……誰なんだお前は」
困惑しながらも何とか言葉を発する。
少年の不可解な言葉の真意、『予想外』は何を意味しているのだろうか。頭に浮かぶ疑問を集約させて、正体を尋ねてみた。
「……でも君で良かったかも。ヨルム君だったかな、《伝達》は明らかに調整ミスだったし、ヨシロちゃんは限界知らずだしね。うーん……スキルを持たない君を、運命はなぜ選んだんだろう?そもそもなぜスキルを持っていないんだ?」
(なぜヨルムとヨシロの名前が?尾行されていたのか?)
身体が強張るのが分かった。
吟遊詩人のように軽やかに語る少年に、ミルドは恐怖を感じていた。
「まあ、アイツと一番仲良くなれるのは君なんだっけ。対策を練った今、もはや関係ないんだけどさ。いざとなれば金で釣ればいいしね、君は」
ミルドの瞳に、少年の笑顔がひどく醜く映った。
「ところでさ、銅貨7、銀貨4……いや、銀貨6枚だっけ?数日前に君が討伐したオークいるでしょ?覚えてるよね?」
ギフトスキルの儀式をシャロンに勧められた日。最も報酬の多い依頼ということで、討伐したオークのことだろう。
隣国で特別討伐対象になっていたとは知らず、上乗せされた報酬金にミルドは心を踊らせた。
加えてどこか不思議だったことを微かに覚えていた。
通常個体よりも強力で、『人語を操っていた』とシャロンに報告したが、軽く受け流されたのだった。
「アレさ、実は魔王の部下だったんだよ。四天王ロッサム君」
──ロッサム。記憶の何処かで引っかかったその名前を、ラドローズと出会った【嘆きの洞穴】で聞いたことをかろうじて思い出した。
青い肌で長身、キザな口調のサブジーナスという魔族が、『ロッサムを探してきます』と言ってダンジョンを出ようとしていた。
その直後、彼らを撃破した為、すっかり忘れていたが、意図せず脅威を排除できていたようだ。
だが、注目すべきはそこではない。
(なぜコイツは俺がオークを倒したことを知っているんだ?)
「あーボクがそれを知ったのはさ、マンタ国で大騒ぎになってるからなんだよ。本来見られないはずの発達した声帯、オーク族に関して歴代最高クラスの筋肉繊維……とかね」
偶然か否か、ミルドが口に出してもいない疑問に少年は答えた。
「そこでさ、君は疑問に思わない?本来の、特別討伐対象のオークはどこに行ったんだ、ってね」
「何が言いたい」
「あはは、君は各国の情勢とか興味ないんだったね。隣国での依頼が、辺境の地ウォーセンでも貼り出されていたいたのは、近付いて来ているからだったんだ」
その言葉にゾッとした。
背筋に伝う汗は氷よりも冷たい。
「ほら、耳を澄ませてみて、うんうん……ああ、少年少女の悲鳴が聞こえてくるよ!」
血相を変えたミルドは走り出した。
その背後で正体不明の少年がニッコリと笑ったことは知る由もなかった。




