第16話:焚き火
パチパチと音を立てる焚き火を囲む7人の前には、炭火がじっくり通った鹿肉のステーキが並んでいた。皿代わりの大きな葉は敷くだけで臭みを取り、ついでに香り付けにもなるという。
鹿を狩猟したミルド達の願望を叶えたのはヨシロだ。
血抜きから解体まで見後にこなしたヨシロはなんと料亭の娘だった。実の両親は他界しており、料亭の夫婦は育ての親に当たるらしいが、その腕はしっかりとヨシロに受け継がれている。
「「いただきまーす」」
ヨシロ以外の全員が声を揃えて鹿肉に齧り付いた。
ロースト仕立ての鹿肉はアッサリとしつつも、噛むたびに野性感溢れる味わいが口に広がる。塩コショウだけの味付けがその旨味を引き立てていた。
(こんなに旨い肉は初めてだ)
ミルドも思わず唸り、水汲み班が用意した水を喉に流し込んだ。
その水がまた美味しく感じて、頬が勝手に緩む。
「……うぅ……おぇ……ううう……」
「ラドローズさん!や、やっぱり臭味が取れてませんでしたか?臭いですか!」
「う……ちが……美味すぎて……涙が止まらないのじゃ」
ミルドを挟んで左にラドローズ、右にヨシロがやり取りを交わす。
昼食を摂っていなかったラドローズはあまりの美味しさに泣きじゃくっていた。それを微笑ましく見守る他の若者達もまた満足そうな顔をしている。
「ヨシロさん、あなたも食べて。本当に美味しいわよ」
「は、はい!いただきます!」
イズーナに促されて、不安そうにしていたヨシロも鹿肉を小さく頬張った。
一通り咀嚼した後、「おかあさんの味にはまだまだ遠いなあ」と呟くヨシロにミルド達は苦笑するしかなかった。
和やかな雰囲気がラズンの森に訪れる。
一般的な冒険者試験では中々見られない光景だ。普通は緊張感が漂い、当日出会った試験者のことを考えている余裕など無い。
それが今は、各々が互いの性格を理解し始めて、気を許し、談笑するまでになっていた。
「ラドローズさんは変わった魔法を使うんですね」
「む、そうか?妾からしてみればお主らの方が変じゃ。体内の魔力だけでは大した魔法は放てぬじゃろ」
ヨルムが、魔法で焚き火をつけたラドローズに感想を述べる。【嘆きの洞穴】では「魔力を失った」と言っていたものの、日常生活では困らないほどの魔法は使えるらしい。
と言ってもかなりの時間を要していたが、問題なのはそこではない。
「だから周囲のマナを利用しようとしたの?」
「うむ、マナは常世に溢れる無窮の賜物じゃ。今は上手く操れぬが、術式的には効率も威力も抜群。お主らもそう学んでいるのではないのか?」
ラドローズが首を傾げて逆に質問をする。
本人は気付いていない。何千年も魔王城に籠もっていたせいで、世界の常識が大きく変わっていることに。
確かにラドローズの主張は全面的に正しい。
だが自身を起源とする「マナを利用した魔術」は、怠けた行動のせいで歴史に埋もれてしまったのだ。
ヒューマン族の中では「マナは個人で扱える代物ではなく、得られる恩恵も少ない。ならば魔力の扱い方学んだ方が良い」というのが定説だ。
「……理屈は合っているかもしれないけど、それは失われてしまった古代魔法よ。マナを操れる人なんて現代には残っていないわ」
「う、失われてなどおらぬ!魔王である妾が──」
魔法に関して無知であるミルド。同じく魔力適性の無いキースと一緒に話題に置いてけぼりになっていたが、ラドローズが『魔王』と口走った所で口を塞いだ。
目で困惑を訴えかけてくるラドローズに口の動きだけで「まずい」と伝えると、ようやく察したらしく大人しくなった。
「コイツは魔法の研究をしてるんだ。そのせいで、ちょっと頭がイカれてる」
「そ、そうじゃ!妾は少しイカれてるのじゃ!」
その場をなんとか誤魔化したミルドとラドローズは、話題が別の方向へ流れていったのを見て、安堵した。
それからも鹿肉を頬張る時間が続いた。
ミルド達が狩猟した鹿はそれなりに大きな個体で、食べられる所も多かった。
イズーナとヨシロの女子2人組は既に腹を満たしたようで談笑に専念している。未だに調子を崩さずに食べているのはミルドとラドローズくらいのものだった。
また、ミルドはギフトスキルの件でヨシロに謝罪したいと思い、チラチラと顔色を窺っていたが、会話の糸口を掴めないでいた。
「ねえ、ラドローズさんはそのフード、取らないの?」
暇を持て余したイズーナが不思議そうに声をかける。
鹿肉を口に運ぶ際、邪魔そうにしているラドローズが気になったのだろう。
出会った当初、その全身ローブという風貌に、若者達が抱いていた警戒心はやがて興味へと変わっていた。
全員の視線を集めながらラドローズはミルドへ視線を送る。
ミルドは口に含んでいた鹿肉を急ぎめに飲み込んで「大丈夫なのか」と小声で聞くと、ラドローズはコクリと頷いた。
注目の的となったラドローズ。さすがに気恥ずかしさを感じたらしく、躊躇するようにキョロキョロと辺りを見渡した後、ゆっくりとフードを取った。
「「おお……」」
思わず漏れてしまった、という具合に感嘆の声が上がる。
イズーナに至っては口を手で覆って、溢れ出しそうになる嬌声もとい叫声を抑え込んでいた。
ラドローズの素顔を初めて見た若者達が抱いた感想はただひとつ。『カワイイ』だ。
特に男子諸君は唐突な美少女との出会いに頬を赤らめ、視線を下に落としていた。
「……何か言ってもらわないと、困るんじゃが」
「抜群に可愛いわよ、ラドローズさん!ヨシロちゃんは素朴な可愛さって感じだけど、ラドローズさんは品のある可愛さね」
「え?そ、そう?……えへへ」
鼻息を荒くするイズーナの称賛の声にラドローズは恥ずかしそうに微笑んだ。普段の可笑しな言葉遣いとのギャップに男子諸君はまた、頬を赤らめるのであった。
興味津々のイズーナが「なぜフードを被っていたのか」と聞くと、ラドローズは「光が苦手でのう」と本心を打ち明ける。
正体に繋がりそうな返答だったが、「日焼けは女子の天敵よね」と解釈したイズーナは全てを心得たような面持ちで頷くだけだった。
それからも談笑が続き、「ふたりはどういった関係なの?」という質問に「組んず解れずじゃ」との返答が波乱を巻き起こしたことを除いては平和な時間が流れた。
やがて、皆が眠りにつく時刻がやってきた。
ミルドが森で入手した手頃な木材を組み立て、布を被せただけのテントが2つ。若者達は既にテント内で就寝の準備を始めていた。
当然、性別ごとに別れている訳だが、「冷静に……ママの顔を思い出すのよ」と念仏のように唱えていたイズーナの鼻息は馬のようだった。
焚き火付近に残っているのはミルドとキース、ラドローズの3人だ。
この期に及んで焚き火に薪をくべ続けているキースにミルドは近付く。
「火は早めに消した方がいい」
「ハハハ、知らないのかい?フォレストウルフなんかは火を怖がるんだよ。D級冒険者のミルドくんはまだまだだね」
ミルドの助言をキースは嘲笑する。
確かに、フォレストウルフのような下級魔物は火を警戒するとされているが、ラズンの森にはそうでない魔物もいる。
加えて、ある程度の知能を持つ魔物には逆効果だ。人肉を好むオークや孕み袋を探すゴブリンは、ヒューマン族の焚き火を目印に襲うことがある。
それらを踏まえれば、フォレストウルフに襲われる方がマシだと判断したのだが、キースには通じていないようだった。
「好きにしろ」
そう呟いて踵を返したミルドは、距離を置いてそのやり取りを見ていたラドローズに顔を寄せて──
「警戒を怠らないでくれ。俺もすぐに動けるようにしておく」
と伝えた。ラドローズは焚き火の方を睨みながら、静かに頷いた。その瞳には確かに怒りが浮かんでいる。
そんなラドローズを後にしてミルドはテントの中に姿を消した。
夜は得意だ、というラドローズは早朝の惰眠を条件に、見張り役を引き受けてくれた。
交代制を取ることも提案したが、体の構造上、睡眠は必要ないとのことで一任することとなった。
「じゃあラドローズちゃん、見張りをよろしくね。焚き火の燃料はあそこにあるから」
白い歯を見せて笑うキースがラドローズの白磁器のような肩に手をおいて、馴れ馴れしく話しかける。
ラドローズは自身の肌を厭らしく撫で始めたキースの手を振りほどいて、焚き火の元に座り込んだ。
「妾を救ってくれたのがミルドで本当に良かったのう……」
長い夜を控えたラドローズは揺らめく炎を前に呟いて、なんやかんやで優しい仏頂面の冒険者を想った。




