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第15話:冗談

 フォレストウルフの群れを討伐した一行は未だにラズンの森に留まっていた。彼らがいるのはダンジョン範囲から抜けて、件の薬草の群生地帯まで引き返した所だ。

 

 オレンジ色の夕焼けを背景に木々は揺れている。


「ほ、本当にすみませんでした!」

 

 まるで謝ることしかできなくなったカラクリ人形のようにヨシロは何度も頭を下げる。

 ポニーテールに結んだ髪が地面スレスレまで垂れ下がる姿からは猛省が感じられた。


 それはいつも通りのおとなしいヨシロだった。

 先の戦闘で狂暴化していたのが嘘のようである。


「いや大丈夫大丈夫!旅をしていると、野営になることはよくあるしさ!ヨシロちゃんが気にすることじゃないよ!」

「それに私達も限界だったわ。夜道を歩いて盗賊なんかに出くわしたらタダでは済まなかったもの──それよりも本当に凄かったわね」


 キースとイズーナが宥める。

 彼らが漁業の町カルーズに戻っていない理由は、フォレストウルフとの戦闘後、ヨシロが気絶してしまったからだった。

 

 スキル《狂戦士》は一時的に高い戦闘能力を得られるが、代償が付き纏ってくる。先程、「こんなのは初めてです」と朧げな表情で語っていたヨシロは知る由もなかったはずだ。

 彼女の身に起こったのは『スキルの覚醒』。備わっていた素質が戦闘により開花したのだ。顕現の場にミルド達がいたのは幸運だったといえよう。


 ヨシロの昏睡中、負傷者を守りながら夜の森と街道を歩くのはかえって危険だ、と判断して野営をすることになった。

 現在はC級冒険者キースを軸に野営準備の役割分担が決められようとしている。


 協調性のないミルドとラドローズがぼうっとしていると、集団から抜けて、頬に赤みを帯びたヨシロが駆けつけてきた。

 ミルドと同じ位置にあるポーチにはフォレストウルフ計3匹分の牙や毛皮が押し込まれている。先程、ミルドが剥ぎ取ったものだ。


「あ、あの、お二人とも先程はありがとうございました!ラドローズさんには助けていただいて、ミルドさんには素敵な経験をさせていただきました!」

「良いのじゃ。それに随分と褒められておったのう」


 フードの下でラドローズが自慢気に笑った。

 ヨシロを助けたと言っても、その場で「どうしようどうしよう」と半狂乱になっていただけだし、イズーナ達に褒められていたのはヨシロなのだが、どこか満足げである。


 その姿をミルドは眺めながら「魔族がヒューマンを助けようとした」という事実を反芻していた。

 ミルドは胸中に芽生えつつある信頼感を受け入れ始めている。


「ミ、ミルドさんも、ご迷惑をおかけしちゃってすみません」 


 ヨシロに話しかけられて、ミルドは思考を中断する。

 我に返って少女の顔をよく見てみれば、少し怯えたような表情をしていた。沈黙のせいで、怒っているようにも見えたのだろう。


 僅かに口元を緩めて、今一度ヨシロと目を合わせる。


「気にするな……それと良い斧捌きだったぞ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。戦っている時、どう感じた?」

「ええと……楽しかったです!自分が自分じゃないみたいにも感じたんですけど」


 そう言ってはにかむヨシロに、ミルドとラドローズも顔を見合わせて微笑んだ。

 少女に隠された伸び代はミルド達にも計り知れない。


 そんな和やかな雰囲気のミルド達をよそに役割分担が決まったらしく、間もなくキースの号令のもと野営準備が始まった。


 ミルド、ジス、ヨルムは薪拾い班。ヨシロ、イズーナ、ラドローズは水汲みと料理班。そしてキースが見回り役となった。

 「何かあったら遠慮なく叫ぶように」を念頭に置いての散開である。



 パキ、パキと枝を折る音が静寂に包まれた森に響く。

 男3人で構成された薪拾い班にそれらしい会話は無い。彼らは、焚き付けに丁度いい乾燥した木枝を黙々と拾い集めていた。


 都合良くランタンを持っていたヨルムを中心に、ちぐはぐな横一列で草を踏みしめる。左側に立つジスは、拾った長い棒を時折振り回し、ミルドは我関せず、とコツコツと枝を集めていた。


(日を跨ぐ野営は初めてだが、やはり不安だ。何か嫌な感じがする)


 日が沈んで藍色の空。

 永遠に続くと思われた沈黙は平凡そうな少年によって破られた。


「ヨシロさんすごかったですよね」


 ヨルムの呟き。再び訪れる息の詰まるような沈黙。

 ミルドは落ち葉を蹴り飛ばしたジスが何も喋らないらしいことを確認したて「ああ」とだけ答えた。その返事は何の意味も成していない。


 彼らはコミュニケーション能力が欠如していた。

 特にミルドは話題すら探していない。ふてぶてしいジスでさえ何か言うべきかとチラチラと様子を伺っているのにも関わらずだ。 


 そんな中、口を開き続けるヨルムは勇者と言えるだろう。


「あの、ミルドさんってこの前のギフトスキル儀式にいました?」

「ん、ああ」


 質問の意図は分からなかったが肯定する。

 大切な銀貨3枚を使った挙げ句、司教に暴言を吐いただけで終わった最悪の日だ。ついでに出会ったラドローズにも振り回されてばかりである。


「僕達、あの場にいたんですよ。ジスもだよね?」

「そうだな。オッサン、ギフトスキル貰ってないだろ」

「……ああ」


 あの日、儀式を受けていた若者達の中にヨルムとジスが含まれていたらしい。

 教会の扉を抜けた時、遠くで聞こえてきた冷笑。これから聞かれるであろう質問が容易に想像できて、人目をはばからず野太いため息を吐き出したくなった。


「一応見てましたけど、その……銀貨のことは知らなかったんですか?」

「知らなかった」

「持ち合わせていなかったんですね。まあ銀貨1枚はちょっと高いですし」

「いや、持ってなかったわけじゃないんだが」

「じゃあ何で帰ったんだよ。オッサン、D級冒険者のくせになんでギフトスキルを貰わなかったんだよ」


 最近のミルドが一番面倒くさいと感じる言葉、『なぜギフトスキルを貰わないのか』、『D級冒険者なのに』。

 ギフトスキルを持たぬ者の宿命といえるのか、故郷ウォーセンでも何回も質問され、道すがら出会った大抵の冒険者にも聞かれた。


(俺の勝手だろう)


 そう叫びたくなるが、必死に抑える。


「俺は守りたいものを守ることができればいいんだ」


 強く、ハッキリと言い放った。

 柄にもなく本心を赤の他人に告げたミルドはいそいそと枝集めに戻る。いつもは「面倒くさい」などと誤魔化しているが何故かそんな気分ではなかった。


 ミルド自身が現状に満足しているにも関わらず、あれこれと口出ししてくる者の心情が理解できなかった。


「意味わかんねー。オレはもっと強くなりてえ。守るだけじゃダメなんだよ」


 怒ったようにジスが反論する。

 訳がありそうな言い草だったが、ミルドはなんの関心も抱くこと無く薪を集め続けた。既に片腕では抱えきれぬほどの薪が集まっている。

 ヨルムは気まずそうな顔をして、何かを言いかけたが最後には黙り込んだ。


 再び訪れる静寂。大方薪を集め終わった3人は誰が合図するわけでもなく道を引き返し始めた。その足取りは出発したときよりも速い。


「なあ、オッサンはウォーセン出身なんだろ?」


 意外な人物からの質問にミルドはただ頷いた。

 先程のやり取りで気を悪くさせたか、と思っていたが、ジス本人はケロッとしていた。


「『勇者の亡霊』の話って本当なのか?」

「なんだそれは」

「ああ、僕も気になってた。ミルドさん、ウォーセンの冒険者ギルドでゴブリンロード討伐が報告されたのは知ってますよね?」


 当然だ、とミルドは頷いた。

 ヨルムとジスには、ミルドの堂々とした頷き方の真意は伝わっていないだろう。


「それだけじゃねえ。ここ最近の『災厄』。俺の村を襲ったワイバーン……あと、一国を滅ぼしかけたグリフォン、『四聖』が駆り出されたバジリスクの大群とかもウォーセンの冒険者が討伐したことになってる」

「でも、報告書には『匿名の冒険者』としか書かれていないんです。その偉業と秘匿性から一部では『ウォーセンには勇者の亡霊が住んでいるんじゃないか』って噂されてるんです」


 ヨルムはそこまで言い切って「そういえば」と言葉を続ける。


「町長が長らく不在なのも謎を深めてるんですよ」

 

  熱心に話すふたりに対してミルドは動揺を隠すのに必死だった。

 今語られた出来事は全てミルドの仕業だったからだ。


 田舎町ウォーセンに【本部】の職員が視察に訪れているのは不可解な報告書の調査の為だ。

 その真相は『災厄』と呼ばれる魔獣達を討伐したミルドが、大事になるのを避けて「穏便に済ませてくれ」とシャロンに頼み込んでいるからなのだが、逆効果だったらしい。


 むしろミルドの存在を世間に露呈させていないだけでも、シャロンを褒めるべきなのかもしれない。

 

「俺がやった、と言ったらどうする?」


 顔色を伺うように尋ねたミルド。

 若者達は吹き出すように笑った。


「ミルドさんも冗談を言うんですね」

「アンタはD級だろ。キース……さんはアルシードとかいう冒険者だと信じてたけどオレはそうは思わねえ。なあ本当に心当たりはないのか?」


 ジスは立ち止まってミルドに聞く。

 熱すら感じさせる表情だ。『勇者の亡霊』が彼の過去と密接に関係していることはミルドでも察することが出来た。


 話の流れ的には真実を語る雰囲気だが、ミルドは既に自白している。『冗談』と判断したのは彼らの方だ。


「知らんな」


 ふと感じた罪悪感を蹴飛ばしてミルドは先を急いだ。

 後に続こうとしたジスとヨルムだったが、足を止めた。


「鹿だ」


 暗くなり始めたラズンの森で、どちらかが発した言葉がポロリと溢れる。

 彼らから見て右手の方向、乱立する木々の間に4本の角を生やした鹿が周囲を見渡しながら歩いていた。


 絶好の食料だ、とそこにいた3人が生唾を飲み込む。

 突発的な野営を強いられたミルド達は充分な食糧を持ち合わせていなかった。キースとヨルムが持っていた心許ない数の携帯食料で乗り切ろうとしていた矢先である。 

 

「おい、どうすりゃいい?」

「ええと、魔法は良くないよね?」


 またとない機会に焦る若者達。

 それを制するようにミルドが前に出た。その手には若干長めの枝が握られている。


──ヒュンッ


 「まさか」と仰天する若者達を嘲笑うかのように、枝は円の残像を残しつつ、見事に鹿の頭部にヒットした。


 ミルドは気絶する鹿に駆け寄ってトドメを刺す。


「ヨシロを呼んで来い。ラズン村の住人はこの森でよく狩猟をしていたはずだ」


 とんでもない凄技に目を丸くしている若者達に素早く指示を出す。半ば賭けに近かったが、可能性を捨てきれなかった。

 獣肉は狩猟直後の『血抜き』が大事だとどこかで聞いた覚えがある。


 それにジスが応えてそう遠くない野営地へと全速力で駆けていった。


「ヨシロさん、解体とかできるんですか?苦手そうな感じですけど」

「さあな」

「あれ、2人はお知り合いじゃないんですか。儀式の時も話してましたよね」

「あれが初対面だ」


 数日前の事を思い出して思わず笑みを浮かべそうになる。

 あのぎこちなさ。後から知ったヨシロの性格からして、あの時は相当の緊張していただろうことを想像すると愛くるしさを感じた。


「師弟関係とかそういうのだと思ってました。結局ヨシロさんもギフトスキル貰ってないですしね」


 ヨルムの言葉でミルドの気色の悪い微笑みは一瞬にして消え失せた。

 不具合を疑われるほどにゆっくりとヨルムの方へ顔を向けてミルドは口をパクパクさせる。


「どうしたんですか?」

「……なぜ、ヨシロはギフトスキルを貰っていないんだ?」

「それはミルドさんが儀式を台無しにしたからじゃないですか」


 静寂の中、白目を剥いた鹿の心臓部からすうっと流れ出す血が、ミルドの足元に大きな水たまりを作り出していった。

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