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第14話:努力とギフトスキル

「こんな低レベルなコトやってられるかよ!」


 ジスの荒々しい声が森に響く。

 各々が充分な量の薬草を採取し、帰足を揃えようとしていた時である。ある者は驚き、またある者は呆れていた。


「ジ、ジスくん!試験はこれで終わりだよ!それに、これ以上探索をして怪我でもしたら大変だろう?危ないよ!」

「危ない?……じゃあアンタは毎日安全な冒険をしてるわけだ。オレが目指してる冒険者はそんなんじゃねえ」


 高みを目指すジスにとって『薬草採取』は肩透かしを食らったようなものなのだろう。

 

 新米冒険者によくある話だ。

 彼らの多くが憧れるA級冒険者の初陣は、大型魔物の討伐やその結果、街の危機を救うなど、大層な功績を残している。

 

 ジスはこの冒険者試験を初陣と捉えているのだろう。

 目標があるのは悪いことじゃない。だが、はやる衝動はかえって足枷になる。


 冒険者試験における実技科目で、護衛が必須となったのはジスのような受験者が命を落とす事故が頻発したからだ。

 

 ミルドとキースは彼らのブレーキ役になる義務があるのだが──


「……よし!今回は特別!冒険者試験には見学の意味も込められているし、もう少し奥まで進んでみようか!僕だって何度も死線をくぐり抜けてきたんだ。みんな、僕から離れないようにね!」


 キースは、自身を奮い立てるように両手を叩いて、木々が乱立する森の懐へと歩き出した。

 フン、と鼻を鳴らしたジスはその後に続く。その表情には一片の恐怖すら見られない。


「ヨルム、私達はどうするの?多分、この先は危険よ」

「うん、でも僕達にはギフトスキルがある。大丈夫だよ」


 気品を感じさせる聡明な顔立ちのイズーナは、ラズンの森の危険性を理解していた。だが、幼馴染の『ギフトスキル』という言葉で、自信を取り戻したのか一歩を強く踏み出した。


 残るはミルド一行。


「ミルドよ、この先は……」

「ああ、【小鬼王の森】だ」


 ラズンの森の安全性は【カルーズ支部】の冒険者試験で選ばれるほど保証されている。しかし、それは外周部のみ。

 森の中心、かつてゴブリンロードが棲みついていた限定的な範囲は『C〜B級冒険者推奨ダンジョン』に認定されている。

 多くの冒険者がゴブリンロードに恐れて近寄らなくなった結果、魔物は繁殖し、力をつけていったのだ。それは主なき現在も変わらない。


 幸運なことに、現在まで魔物と遭遇することはなかったが、ダンジョンに進むほどその確率は上昇していく。


「同胞の臭いがプンプンとしておるわ。彼奴らを止めなくて良かったのか?」

「俺は『落ちこぼれ』らしいからな」

「ククク……すっかり根に持っておるな」


 あくまで静観。これがミルドの基本スタイルだ。

 ミルドはソロで活動をしているが、意図せず他の冒険者と目的地が場所が被ることもある。

 今のようなへそ曲がりになる前のミルドは、同様の状況下に置かれた際はアドバイスや忠告をしていたが、素直に従う冒険者は殆どいなかった。

 その結果、彼の性根は腐ってしまったのだ。


 階級こそが全て。そう考える冒険者はかなり多い。

 そんな人間ほど前提が崩れた時、脆いものだが、本人達は気付こうともしない。

 

「ヨシロ、あそこの危険性は知っているな?」

「は、はい!」

「だからこそ、進めば力が付くだろう。お前はどうしたい?」


 ゴブリンロードに苦しめられてきたラズン村の住人ヨシロ。

 村に戦える者は少ない、と語っていた彼女が冒険者試験にやってきたのには相当の理由と覚悟があるのだろう。


 試験の"付き添いの冒険者"としては力ずくにでも受験者を連れ戻さなければならない。

 しかし、ヨシロを応援する者としては、彼女の覚悟を無駄にはしたくなかった。


「わたしは……強くなりたいです」


 強く、ハッキリとヨシロは言った。

 それに応えるようにミルドも頷く。


「俺についてこい」


 ミルドはキース一行を追って【小鬼王の森】へゆっくりと足を進めた。

 続いて横に並んだラドローズが意味ありげに目配せをしてくる。ミルドはその意図を理解して顔を僅かに傾けた。


「魔力の源とやらはどうなってる」

「うむ、確実に近付いておる。のじゃが……移動しておるようじゃ」


 ふたりには冒険者試験の他にも「ラドローズの失った魔力を取り戻す」という目的があった。カルーズを出る前、ラドローズは確かに魔力が滾るのを感じたらしい。


 ヨシロが参加していた為に、それっぽく取り組んでいたミルドだったが、試験自体には無関心だ。

 何かと話しかけてくるキース一行など元より眼中にない。


「移動するのか?」

「おそらくじゃが、魔力源の封印がとかれたせいで、魔物か動物に取り込まれてしまったのやもしれん」

「まずそうだな」

「うむ、ゴブリンの目玉よりまずいじゃろうな」


(ゴブリンの目玉は食べられるのか?)


 【カルーズ支部】の冒険者試験。それぞれの思惑を胸に、全員が『試験放棄』という掟破りの道を選んだ。



 ラズンの森、中心部。

 鬱蒼と生い茂る木々は光を遮断し、夜と間違えるほど暗い。あちこちで擦れる葉の音は、風か、はたまた魔物か。


(そろそろ来る)


 【小鬼王の森】に差し掛かり、大きな樹木の根を跨いでから間もなく、ミルドは背中の斧に手をかけた。


 前方、後方でガサガサと茂みが揺れる。

 次に聞こえてきたのは複数の足音と腹に響くような低く唸る声。


「フォレストウルフだ!みんな!僕の後ろに!」

 

 前方に現れた6体のフォレストウルフ、灰色と白色を織り交ぜたような体毛、鋭い眼光は血に飢えているようだった。

 フォレストウルフ単体の推奨ランクは最下位のE級。しかし、群れとなればC級にまで跳ね上がる。フォレストウルフ達の連携攻撃は強力で、それを真似た作戦を立てる冒険者もいるほどだ。

 

 我先に、と声を上げたキースに若者達は従わなかった。


「フォレストウルフくらい俺だってやれる!《慧眼》!」


 口唱と共にジスの瞳が揺れて、淡い光を纏う。

 彼のギフトスキル《慧眼》は視覚に関わる能力を底上げする。視野の拡大と反射神経の向上が戦闘に及ぼす効果は絶大だ。


「私達も行くわよ!ヨルム!」

「うん……《伝達》。はああ!」

「きたきた!『氷の精霊よ、私に力を』!」


 合図のもと、ショートブレードを正眼に構えたヨルム。

 彼の所蔵する魔力は、剣から流れ出す光に乗せられて《精霊使い》のギフトスキルを持つイズーナへ"伝達"する。

 

 イズーナに突き上げられた杖に呼応するように、虚空より氷塊が現れ、直下の地表を銀色に染め上げていく。

 一陣の氷風が吹き荒れて、氷塊はイズーナの周りをひとつ駆け巡り、フォレストウルフと相対した。


 愕然とするキースを除き、若者達は準備万端のようだ。

 ちなみにキースのギフトスキルは『健脚』。決して弱くはないが、ジス達と比べると見劣りするのは事実だ。


「ヒューマンはここまで多様なスキルを身に付けておるのか……ヨシロも使えるのか?」  

「い、いえ……わたしのは……」


 恐縮した様子で首を振るヨシロ。

 今にも崩れてしまいそうな華奢な肩をミルドがポンと叩く。


「問題ない。最後に勝つのは努力だ」


 圧巻の光景を前にミルドは、自身の根底にある信念を思い起こすと、ヨシロを励ました。


(ヨシロに足りないのは自信だけだ)

 

 震えてばかりの小さな手、包帯に隠された血豆。

 汗の滲んだ持ち手、丹念に磨かれた刃先、その背中の重みと、それを支えられる身体は見せかけではないはずだ。


 ミルドの想いに応えるようにヨシロは強く頷いた。


「まともな戦闘は初めてだな?」

「は、はい!頑張ります!」


 キース一行に背を向けて、後方から現れた3匹のフォレストウルフを前にふたりは斧を抜く。


 後ろでは既に戦闘が始まっているらしく、雄叫びと共に剣が肉を裂く音、氷が奏でる涼しげな破裂音が鳴り始めていた。


「よし、斧はタイミングが重要だ。破壊力を過信するなよ。闇雲に突っ込むと痛い目を見る」


 そう言って、ミルドは群れに一歩近付いて斧を下段に構えた。

 一瞬の沈黙の後、痺れを切らしたフォレストウルフ達が飛び出してくる。


 先鋒の突進攻撃を横跳びで躱す。次に飛び込んできた尖った牙を寸前の所で後退、蹴りで薙ぎ払う。

 そして、必然的に一騎打ちの状態となったフォレストウルフを前に、予め沈ませていた斧に力を込める。

 

 フォレストウルフの芸のない突進攻撃。尖った牙を並べた大口目掛けて、地面を抉りながら斧で斬り上げた。

 果実が潰れるみたく、変形した狼頭から血飛沫を撒き散らしたフォレストウルフは宙へ浮かび、ドサっと絶命の音を立てた。

 

「こんな感じで常に隙を探すんだ。やってみろ」

「いや、無理じゃろ」

 

 鼻から軽く空気を吐き出して、ヨシロ達の元へ向かう。

 仲間を瞬殺された2匹のフォレストウルフは狼狽えて動かない。

 獲物を前に爛々としていた眼は今や恐怖が浮かんでいるように見えた。

 

「……分かりました。ぶちのめします」

「「ん?」」


 ミルドの戦い方を見逃すまいと一心に見つめていたヨシロ。ラズン村を救った英雄の活躍を目の当たりにして、次第に荒い吐息を漏らし始めたヨシロは一種の興奮状態に陥っていた。

 口元には笑みが溢れていた。

 

「お、おい。気を付け──」


 ラドローズの呼びかけが終わる前にヨシロは飛び出して、先程のミルドと似た構えを取った。


 同じく突っ込んできたフォレストウルフ達を躱す、躱す。

 それは完璧な動きではなかった。危うく攻撃が脇腹を掠めそうにもなっている。だが、いつかチャンスはやってくる。


(今だ)


 ミルドは"隙"を見出す。

 横へ回避行動を取ったヨシロは、後ろへ走り抜けた一匹を追いかけ、斧を叩きつけた。ズドン、と地面が鳴る。


 見事な一撃だったが、その攻撃に最後のフォレストウルフが黙っていない。ヨシロの背中を目掛けて大きな口を開けた。


 思わず助けに入ろうとしたミルドだったが、その心配は杞憂に終わる。


「もっとぐちゃぐちゃに……!」


 後ろを見ること無く小さく呟いたヨシロ。

 次の瞬間、彼女の白い袖口がフワリと舞ったかと思えば、フォレストウルフの身体は真っ二つになっていた。


 返り血で真っ赤になったヨシロは恍惚とした表情で微笑んだ後、糸が切れたように倒れ込んだ。

 そこへ我に返ったラドローズがすぐに駆け付ける。

 

「はは、狂戦士、か」


 渇いた笑いが森に響いた。

 ミルドは気付いていた。ヨシロの回避行動が僅かに速度を上げていたこと。振り向きざまにヨシロが放った横払いが、自身がフォレストウルフに放った一撃に負けないほどの速度だったことを。

 

 後ろを振り返れば、氷の結晶に閉じ込められたフォレストウルフが見えた。


(これがギフトスキル……やはり貰っておくべきだったか?)


 ミルドが額に浮かんでいた汗を拭うまで、暫く時間がかかった。


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