第13話:ベテランの威厳
冒険者ギルド【カルーズ支部】を出た一行は北東、ラズンの森へと向かっていた。課題は『新鮮な薬草の採取』。魔物の棲息地を観察しつつ、簡易ポーション2本分の薬草を持ち帰れば課題達成だ。
縦に広がって進むミルド達。
先頭は不貞腐れたように歩く刺々しい赤髪の少年ジス。
次に、傍観していた男女、幼馴染だという2人の名は、平凡そうな少年ヨルムと金髪の少女イズーナだ。
彼らから少し離れてC級冒険者の青年キース、ラズン村の少女ヨシロを含めたミルド一行が続いていた。
ローブに身を隠したラドローズは物理的にも距離を置かれて最後尾となっている。それでも同じく後方を歩くヨシロとは早くも打ち解けていた。
「ミルドくんはウォーセン出身なのか!ウォーセンといえば『剣闘の集い』のB級冒険者アルシードさんだよね!」
「……ああ」
軽々しく話しかけてくるキースに微妙な返事をするミルド。
それが、彼の性格によるものなのか、或いはミルドが格下だからと舐めているのかは定かではないが、会話に登場したアルシードとの扱いに差が生まれているのは確かだ。
その間、やはり世評には興味のないミルドはキースの頭髪を眺めながら「芝生みたいだな」と感想を抱いていた。
「一度会ったことがあるんだけどさ、快活ながらすごく謙虚な人だったよ」
「謙虚?」
「うん!『ウォーセンにはオレよりずっと強い奴がいるぜ』だってさ。アルシードさんはゴブリンロードを倒したんだろう?彼より強い人なんて中々いないのにね。まあ『四聖』には敵わないんだろうけどさ」
そこでキースの間違いを指摘しようとするも止めた。
ただ、己の存在を言いふらしてるらしいアルシードには話をつけておかなければならない、と決意する。
それから形式上の格上であることを口実に、苦労話や自慢話を声を大にして話すキース。
前を歩く若者達はひそかに聞き耳を立てているようだったが、ミルドは適当な相槌を打つだけだ。
「じゃあ僕はそろそろ指導に入るよ!D級じゃ大変だろうけど、ミルドくんも頑張って。何かあれば助けに行くから!」
全く弾まない会話に飽きたのか、キースは列の先頭へ意気揚々と走っていった。
ミルドが唯一知りたかった、【本部】の遠征にキースが参加していない理由についてはついぞ語られることは無かった。
(というか俺にも遠征の話は来てないな)
頭に浮かんだ疑問符をすぐに払い除けたミルドは、ラドローズとヨシロが並ぶ背後を見た。
ラドローズが高慢ちきな顔で威張っているのを、控えめなヨシロが苦笑交じりに頷いている光景を頭に描いていたミルドは首を傾げる。
なぜか全身をわなわなと震わせていたラドローズが話しかけてきた。
「お、おい……ヨシロから聞いたんじゃが、冒険者というのはD級よりC級の方が位が上なのか?う、嘘じゃろ?」
「嘘じゃない。お前が合格すれば見習いのE級だからすぐに追いつけるぞ」
「そ、そ、そんな……お主が下から数えたほうが早いのか?ヒューマン族はそこまで力をつけたというのか……ありえぬ!でも……え、冗談だよね……?」
ラドローズの顔は真っ青になっていく。
この世の終わりみたいな顔と元々青白い肌が相まって、もはや死人のようだ。
「俺より上の階級はわんさかいる。どうする?あの依頼は俺以外の奴……B級冒険者のアルシードなんかに頼んでみるか?」
ミルドはハッタリをかます。
実際のミルドは、アルシードに稽古を頼まれることもあり、その上模擬戦では斧を抜くことさえない。
その嘘に深い意図はなく半分冗談のつもりだったが、ラドローズは震えていた表情を一変させて──
「いや、妾はお主と魔王城へ行く」
と言い放った。
凄みすら感じさせる言葉に、逆にミルドが返答に困ってしまう。終いには一瞬昇格試験に受けてみようか、とすら思った。
何とも言えない空気がふたりの間に流れた。
ラドローズはあんな事を口にしたものの、やはり納得はいってないようで、「じゃが……」、「しかし……」などの言葉を漏らしていた。
「あのう……口を挟んでしまいすみません」
背後から聞こえたか細い声。
すっかり存在を忘れていたヨシロの声だ。
ミルドにとっては願ってもない助け舟。ホッとした気持ちが顔を表れぬよう取り繕ってから顔を傾けた。
「そ、その……ミルドさんはどうしてD級なんでしょうか。ゴブリンロードを討伐したのは、アルシードさんではなくミルドさんですよね?」
ヨシロの質問、今度はラドローズにとっての助け舟となった。
ラドローズの難渋さに満ちた表情は一気に晴れ渡り、期待の眼差しがミルドに突き刺さる。
「面倒くさいんだ。その、昇格試験が。金もかかるし。あとゴブリンロードを倒したのは……俺だ」
「ですよね──」
「フハハハハ!!此奴、阿呆じゃ!!じゃが、妾は間違っておらんかった!!ハーッハッハッハ!!」
「うるさいぞ」
鳴り止まぬラドローズの高笑いがミルドを除いた全員の注目を集める中、一行はラズンの森へと到着した。
先頭はジスと変わってキースが担っている。
「ここがラズンの森だ」と誰が見ても分かる情報を口にした後、森のアーチをくぐり抜けようとしたキースにミルドは声をかける。
「ここからは小規模のパーティを組んだほうがいい。お前達は良いかもしれないが、俺達は得物を振り回せない」
『お前達』と若者達の腰にぶら下がっている大小様々な剣に目をやって、『俺達』と背中に背負った斧を親指で指した。
口裏を合わせたように誰も彼もが使用する剣。ショートブレードもロングブレードも扱いやすく汎用性が高い武器で、複数の剣士による連携攻撃も可能だ。
ミルドとヨシロが持つ斧は小手先の技量というよりは腕力と判断力が問われる武器。尚且つ、そのリーチの長さと破壊力から集団行動には向いていない。
複数人で冒険を進めるのならば、そういった武器の得手不得手も考慮しなければならない。
「そ、その通りだね!じゃあお互いに見える範囲で別行動しようか!何かあれば報告し合おうね!」
キースの言葉に、ミルドは頷いてラドローズとヨシロに先へ行くように促した。
反対方向では逆にキースを先頭にしたパーティが先立って進んでいた。
ラズンの森、というより危険度の低い各所の物資採取では奥まった所まで進む必要がある。
薬草に限らず、浅瀬で見つかる物の殆どは市民や商人などに取り尽くされているし、そうでなくても冒険者という職業に就いた以上、採取の際には奥へ進むのがマナーだ。
冒険者試験の課題で『薬草採取』が採用されるのにはそういった世間のマナーが学べるという理由もあるのだろう。
「あ!ありましたよ!」
「うむ、本当じゃ」
奥に進まなければならない、といってもここにいるのは魔王と現地人。コツさえ知っていれば容易いものだ。彼女らの前には薬草の群生地帯が広がっていた。
ヨシロは丁寧に、ラドローズは適当に集めた薬草をそれぞれ鞄に詰めて目的を達成させた。ふう、とため息をつくふたりの表情にはかなりの温度差が見て取れる。
ミルドは少し離れた別の群生地帯にしゃがみ込み、辺りを弄り始めた。続いてヨシロもぎこちないながらも距離を詰めてきた。
「ここにはよく来るのか?」
「い、いえ!村は反対方向なのでカルーズ方面にはあまり……」
「ヨシロは近くの村に住んでいるんじゃったのう」
「そうなんです。獣料理とか、パンが凄く美味しいので機会があればぜひ!」
「パンじゃと!?」
パンに対して謎の盛り上がりを見せるふたりをよそにミルドは一束の薬草を手に取った。根っこから丁寧かつ迅速に、慣れた手つきである。
「あ、ミルドさん!その、それは?」
「ほう……中々質の良い薬草じゃのう」
「ああ、こうやって太陽光に当てると輝くだろう。これはハイポーションの材料になるんだ。悪質な買い取り手だと、ただの薬草の対価しか支払ってこないことがあってな。自分で見分けられるようになったほうが良い」
そうしてミルド流の冒険者の極意をヨシロに叩き込む。
金稼ぎには大層役に立つのだろうが、まず初心者が覚えるべき情報ではない。ただ、ヨシロ本人は嬉しそうに頷いている。
「ならばコレは知っておるか?粗末な薬草でもスライムの体液と混ぜればハイポーションと変わらぬ効力を発揮するのじゃ」
「なんだそれは」
「聞いたことないです」
「ふふん、妾の臣下に調合が好きな者がおってのう。ヨシロも帰ったら試してみると良いぞ。まあ妾は飲めないんじゃが──む?」
ミルド達が全く知らなかった情報。
もしこれが本当で、冒険者ギルドに情報を持ち込めば間違いなくヒューマン族にとって歴史的な発見だと大騒ぎになるだろう。これに関しては、さすがのミルドも感心せざるを得なかった。
そして、ラドローズが話を中断したのには理由があった。
ラドローズに倣ってヨシロとミルドも視線を移動させる。その先にいたのは幼馴染2人組のヨルムとイズーナだった。
「ちょっと!ヨルム!」
「イズーナも気になってたじゃないか……あの、すみません!僕達にもその薬草の話、聞かせて頂けませんか?」
少し恥ずかしそうにしながらヨルムが話しかけてくる。
腕を引かれるままのイズーナは困ったような顔をしつつも、その場から去る気配は無い。
キース率いるパーティから強引に抜け出してきたのだろう。
奥を見てみれば芝生頭を掻くキースと口をとがらせるジスの姿があった。
「うむ!よいじゃろう!意欲のある若者は嫌いじゃないぞ!ほれ、ミルドよ話してやれ」
ラドローズに言われるがまま先程と同じ説明を始めたミルド。その顔はどこか嬉しそうであった。




