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第11話:冒険者を夢見る

「妾の名はラドローズ・ヴァン=ロズレリア・ローゼスティール。ロズレリア領の主にして誇り高き魔王である!」


 ラドローズの声が高らかに響く。

 口に手を当てて決めポーズを取る姿はいかにもそれっぽいが、挨拶されたシャロンは苦笑いである。


 受付口に設置されたデスクライトに淡く照らされる冒険者ギルド。またしても閉店間際のギルド内にミルド、シャロン、そしてラドローズ以外の姿はない。

 あえて補足しておくと、お馴染みの客足状況はミルドが特に人のいない時間に訪れているだけで、普段はそれなりに繁盛している。


「ええと……冒険者ギルド【ウォーセン支部】のシャロンです〜あの、ミルドさんこれは一体……」


 困惑し、逃げるようにミルドの方へ視線を向けるシャロン。

 既に仕事は片付いているらしく、冒険者ギルドの制服である緑色のジャケットではなく、私服姿となっている。

 といっても彼女が着ているワンピースもまた緑色なので視覚的にあまり変化はない。


 ミルドは「信じられないかもしれないが」という前置きをしてからラドローズに関するこれまでのことを話した。

 余計な不安を煽りたくない、という配慮から黙っていた王都スウェーズルで魔族と遭遇したことも余すこと無く伝える。


「その……本当に魔族というか、魔王様なんですか〜?」

「うむ!しかし、シャロン嬢、警戒はしなくても良いぞ。妾に攻撃の意思はない」


 怪訝そうなシャロンの頭には様々な疑問が浮かんでいるのだろう。


 ヒューマン族と魔族の溝は深い。

 それはかつての戦争以降、各種族に根付いている敵対意識に限る話ではない。そもそも魔族と遭遇経験のあるヒューマン自体が少ないのだ。


「俺からも言っておくが、コイツに悪意は無い。まあ、本物の魔王なのかは知らないがな」

「妾は本物じゃ!」


 ある程度のリスクを自覚しつつも、シャロンに伝えたのは信頼しているから。

 彼女ならば情報を噛み砕き、理性的な判断ができるはず。


 黙り込んだシャロンはやがて意を決したように顔を上げる。


「話して下さってありがとうございます〜私はミルドさん……いえ、おふたりを信じますよ〜それで何を聞きたいんですか?」


 少し微笑んでいつもの調子でシャロンは言った。

 その反応に安心すると同時に、ここからが本番だとミルドは気を引き締める。


「コイツを魔王城とやらに届けるにはどうしたらいい」

「それが依頼内容ですもんね〜ラドローズ・ヴァン=ロズレリア・ローゼスティール様、魔王城の場所を教えて頂けますか?」

「……シャロン嬢、妾のことはラドローズで良い」

「ではお言葉に甘えますね。私のこともシャロンでお願いします〜」


 そんなやり取りを交わしながら、シャロンは背後の本棚から折り畳まれた古い地図を取り出して机上に広げる。

 かなりの大きさで、完全に広げるには両手を存分に使わなければならなかった。


「大陸全体の地図か?初めて見るな」

「普段は使いませんからね〜私も数年ぶりです」

 

 ミルド達が遠出する際に活用する地図にはヒューマン領の地形や地名が事細かに載っているが、これは魔族領も含めた大陸の全体図だけが大々的に描かれていた。

 大陸はよく見ると、不釣り合いな腕を持った蟹のような形している。

 

 身体を南西に置き、それと等しい大きさのハサミを北東へ向かって下からすくい上げるようにした蟹。

 その付け根を境に、西に『ヒューマン領』、東に『ロズレリア領』と書かれている。


 思わず目に留まった『ロズレリア領』の文字。

 ミルドとシャロンはほぼ同時に顔を合わせた後、受付台へ背伸びをして地図を覗き込む少女を見た。


(子供の頃、魔族が棲む地は『魔族領』だと教わった。だが本来は『ロズレリア領』……?コイツの名前は確か……)


 《嘆きの洞穴》での人相の悪い魔族達の発言、血を使った未知の魔法、宿屋『跳ねる牛』での太陽光への拒絶。極めつけには大陸名を冠した名前。


 どうでもいい、と一蹴していた出来事が積み重なり、確信へと繋がり始める。

 あれこれ考えるミルド達をよそにラドローズは声を上げた。


「妾の城はここじゃ。ロズレリア海が目下に広がる崖の先に立派な城を構えておる」


 指差したのは蟹のハサミの先端。

 おおよそ予想通りの場所にミルドは気を取り直して嫌な顔をした。


「遠いですね〜」


 シャロンの言った通り、遠い。

 ウォーセンと王都スウェーズルは大陸全体から見れば目と鼻の先。そんな距離でも馬車で3時間程以上かかる。

 加えて、魔族領への横断は王都の定める規則により禁じられていた。何にしても一般的な交通手段では辿り着けそうにない。


「王都からここまで飛んだだろう。アレと同じようできないか」


 あの夜、移動にかかったのは1時間もかからない程度だった。

 ラドローズ自身が息も絶え絶えだったこともあり、思ったより早くないが空に邪魔が少ないことは確かだ。


 地形を無視できるのは勿論、数十分以上の飛翔魔法を使えるヒューマン族は記録上存在しないし、空の魔物ならばぶら下がりながらでも撃退できる自信がミルドにはあった。休憩を挟みつつ向えば可能な気がする。


「無理じゃ。飛翔前に言ったであろう?力を失った今、血象魔法第二『血塗られた双翼』をもう一度使うには数十年かかる。それに我がロズレリア領は凶悪な魔物が上空にも跋扈しておるからのう」


 ラドローズの返答に一同は再び黙り込む。

 魔王と名乗る存在が平然と受け入れられている現状、『血象魔法』という未曾有の単語に追及する者はいなかった。


 そもそもミルドとシャロンが己の嗜好以外にあまり興味を示さないことも大きく関係しているが。


「それではラドローズさんが冒険者になるのは如何でしょう。各地で路銀を確保しつつ成果を挙げて、正式に"冒険"しに行くんです。試験日はちょうど明日ですし」

「却下だ」


 シャロンの提案はそれなりに現実的で正攻法なのだろう。

 しかし、ミルドにとって嬉しいものでは無かった。あまりにも時間がかかりすぎるし、故郷を長期間離れることにも反対だ。


「じゃあこの話は無かったことにしますか〜?」

「……冒険者ギルドの方で何とかならないのか?それこそ経費を使って送迎するとか」

「ミルドさんにしては面白い冗談ですね〜」

「つまらない人間で悪かったな。おい、ラドローズはどうなんだ」


 先程から黙りこくっていたラドローズに話しかける。

 すぐに返事が返ってこなかった為、顔を覗き込むと、口を僅かに開いて点を見つめていたが、呆けている訳ではなさそうだ。むしろ、その瞳は輝いているように見えた。


 ミルドの背筋に走る嫌な予感。

 その輝きをミルドは知っていた。


「妾は冒険がしてみたい」


 ボソリと呟いた言葉。

 小さくてもハッキリと聞こえる確かな言葉。


「……話を戻すが、翼を持った魔物で飛ぶのはどうだ?」


 ミルドは無視を決め込んで話を続けようとする。

 だが、ここに『愉快』を好む怪物がいることを忘れてはならない。


「魔物の使役の成功例はありませんよ。それより、ラドローズさんに返事をしてあげてくださ〜い」


 シャロンは微笑みを浮かべてラドローズの方を見た。

 どこかのお調子者B級冒険者が『シャロンちゃんの笑顔は天使級だぜ』と称していたが、おそらく悪魔級の間違いだろう。


 嫌な顔をしたミルドが顔を背けていると、服の裾をクイッと引かれた。反射的にその方向を見ると──


「ダメか……?」


 瞳を潤ませるラドローズ。魅了の渦に吸い込まれそうになったミルドは慌てて強く目を閉じた。


 ラドローズの『夢』に興味はない。

 冒険がしたいならば一人ですればいい。


 喉元まで出かけた否定の言葉を呼吸とともに飲み込む。

 ラドローズといい、王都スウェーズルの教会で出会った斧使いの女といい、夢に憧れる者達にミルドは壊滅的に弱かった。

 

 なぜなら彼もまた同じ夢を持っていた者なのだから。


「冒険者試験には必ず付き添いが必要だったな?」

「はい。『経験3年以上且つ、D級以上の冒険者による護衛』が受験条件のひとつですね〜」

「で、ソイツには謝礼が支払われるんだろう」

「ふふっ、そうですよ〜」


 やれやれ、と頭を掻くミルドに優しい眼差しを送るシャロン。そんなふたりを髪を揺らしながら交互に見るラドローズは不安げだ。


「旅をした経験は?」

「ない。妾は統治する身として長年城に籠もっておった」

「冒険は思ってるほど楽しくないかもしれないぞ」

「それは妾とお主次第じゃ!というか、楽しいに決まっておる」


 ある種奇妙な返答にミルドは口を緩ませる。

 夜風に胸の奥をくすぐられるような感覚に懐かしさを感じながら、落ち着かない様子のラドローズと顔を合わせて小さく頷いた。


「ラドローズ、目的地は魔王城だ」

「よ、よいのか!!」

「遅れをとるなよ?」

「ふん!誰に向かって言っているんじゃ!妾達の進む道は万雷の祝福が約束されておる」


 ラドローズは身体を弾ませて喜ぶ。

 渋々ではあったが、ようやくミルドも決意を固めた。


 こうして、金と夢に魅せられたふたりの冒険の幕が開けた。

 


 D級冒険者と夢見る魔王が去った冒険者ギルド。

 出発は明朝。「金がかかるから準備は必要無い」と正気ではない発言と判断を下したミルドは、ラドローズを連れて『跳ねる牛』へと向かった。


 灯りの消えた冒険者ギルド。

 心淋しい受付口には1人の女が立っていた。暗闇と同化する黒髪、蝋のように真っ白な手には厚い革製の手帳。


「2人きりで冒険ですか……ふふっ、そう簡単には行かせませんよ〜?」


 目を細めて微笑む女の笑顔もまた、人のものとは思えなかった。

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